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□サンセットサンライズ
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 ゼミ室内に佇む衣類かけには、生乾きの白衣が何着か。染みになって、もうまっさらには戻れないそれには、いくらか持ち主の性格も滲んでいるように感じる。

 午前4時頃。うっすらと空は白み始めていた。6月下旬、夏の朝は早い。とは言え街はまだ眠りの中にいて、夜の静けさが続く。パソコンや空調、その他諸々の機器が織りなす待機音がこの空間の静寂をより引き立てていた。
 ただ、その静けさに反比例するように心の方は騒々しくなっていって、寝たのが2時間前のことであるとか、たまにしか入れないコンタクトレンズを外し忘れたとか、そういうことはどんどん後ろへ追いやられていく。

 デスクの上には、宴の跡がうっすらと残っていた。いつものメンバーで、深夜のティータイム。徹がバイト先からもらってきたドーナツを囲んでちょっとした雑談を。
 ドーナツの袋が載ったデスクから床に目をやれば、いつものように徹が寝ている。きっと彼はついさっき寝付いたところだろう。あくまで、これは私の推測に過ぎない。
 下手に椅子を並べたり、デスクに突っ伏すよりは床の方が寝やすい。それがこのゼミ室に寝泊まりするようになって、彼らが見つけたこと。私は彼らに気を遣ってもらっているのか、ソファで眠るけれど。

 少しずつ白み始めていた空に、昨日が灼かれていくような錯覚。同じような毎日だろうと同じ日は二度と来ないし、記憶からなくなってしまったとしても、それはなかったことにはならないのに。
 そう言えば、床がやけに広く感じた。いつもなら、床に寝そべるのは二人。だけど今は、徹だけ。私が目覚める前、最後にこの空間を認識した時には、片割れもいたように思ったけど。

 課題や研究なんかでゼミ室に泊まる、ということは決して異質なことではない。もちろんずっとがずっとという訳ではないし、研究室を実質的な住所にしている人がいるという言い伝えこそ耳にしたことはあったけど、事実の程は定かではない。
 ただ、星港大学理工学部応用化学科岡本ゼミ3年には、住所にしているという程でもないけど、限りなくここにいる時間が長い学生がいる。本来なら今頃徹の横のスペースを埋めているはずの、林原雄介。彼がそれに当たる。

 姿の見えない彼の行方が、少し気になった。あまり家族と会わないとか家にはあまり戻らないということを聞いていたから、今にしても家に戻っているとは考えにくかった。
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