お礼は只今一種類(レイリタで召喚士&精霊パロ)

です。















(「嗚呼、俺は此処で死ぬのか」)



暗く深い暗澹へと堕ちる中、ぼんやりと白む頭で男は思考した。

あれ程ぎゅうぎゅうと握り潰される様に締め付けられる痛みを訴えていた心臓は嘘の様に楽になり、男の心は終わりを目前としているのに月明かりに照らされた満潮の海の如く穏やかだった。

暗い海を漂う、魚の気分であり…母に抱かれた幼子の気分でもあった。

黒一色の何も無い空間にて、墜ちていく訳でも浮かぶ訳でも無く−−只存在している。ゆっくりと男は目蓋を閉じる。どうせ己の濁った双眸は何も写さない。無駄や浪費の多かった人生、最期まで締まりの無いまま終わりにするのは余りにも失礼だと思った故の行動である。

終わりを実感して、左眼からは涙が零れたが冷たいそれの感触は既に分からなかった。



不意に闇を漂う男に覆い被るように落ちた黒い影。『誰か』の吐息を間近に感じる。感覚を失った今、最期迄残った聴覚だけでは…吐息が暖かいのか冷たいのか、はたまた本当に吐息であるのかすら分からなかった。だが、明確に届く鈴の音。聞き慣れた音に…男はほんの僅かだがこの世に未練を抱いた。



(「リタ…」)



翡翠を嵌め込んだ様に澄んだ双眸、茶の毛並み。首には鈴の付いた可愛らしいチョーカー。先天性の奇形だったのだろう−−長い尾を二つ持った猫。化け物だと疎まれていた彼の猫を拾って来たのは何時の事か。ざあざあ降りの雨の晩、夕暮れの街の広間でぐったりと倒れていた茶色の猫。助けたその猫は何時の間にかに家に住み着いていたのだ。

飼っていた猫の名前を呟こうとも、唇が微かに動くだけで音の形を為さない。



(「リタ…俺はもう駄目かもしれない」)



「そうね…あんたはもう直ぐ死ぬ。残念ながらあたしもね。」



「……はっ?」



脳内の呟きに対する返事。

頭の中に凛と響き渡る声。揺れる鈴の様に高い声は淡々としている。

男は思わず素っ頓狂な声を上げていた。其処で、違和感に気付く。



「…声が、出る…?」



「声だけじゃないわよ。触覚も嗅覚も視力も…冷温感、圧感とかも元通りに出来る。あたしが介入すればね。」



「あの、おっさん…状況が掴めないのよねぇ…」



「おっさんに理解能力なんて物はなっから求めて無いわよ。ちょっと待ってて。」



余りにも死に掛けの人間に対して容赦無い言葉が飛んでくると同時に唇に触れた柔らかい感触。半分程開かれた隙間から舌が捻込まれると、身体に流れる熱い奔流。得体も知れない恐怖からかっと目を見開けば…視界に映るのは伏し目がちの少女の姿。茶色の髪と同色の長い睫毛に縁取られた翡翠の双眸。燃え上がる真紅の着物を纏う少女。少女の首には見覚えのあるチョーカーが輝いていて。男の視界に映った彼女の臀部には本来ならば存在してはならない物−−二本の尻尾が揺れていた。

男が呆然とする中、ちゅ、と小さなリップ音を立てて少女は彼から唇を離した。男の薄い唇はわなわなと震えているが、少女は動揺一つ見せない。



「痛覚関連以外の感覚を一時的に元に戻したわ。のた打ち回られちゃ話が進まないし。」



「……」



「んで、あんたとあたしはダングレストの狭いボロ一軒家に在宅中…何者かの襲撃に遭う」



「……」



「運悪く心臓病の発作を起こして碌に雑魚の相手も出来なかったあんたは…斯く斯く然々、家ごと吹っ飛ばされて生死を彷徨っている。」



「……」



「…あたしも、不覚にも仮…猫の姿のまま爆発に巻き込まれちゃったから身体が吹き飛んで消滅し掛け。此処まで理解した?」



「……」



「……何よ、何か言いたそうな目ね?」



仰向けに横たわったまま、男は怪訝そうに眉根を寄せ空を切り取った様な色合いの双眸を細める。



「お宅は誰よ?」



「…あんた、あたしが誰か忘れた訳?あんなにウザイ位ベタベタと−−」



「…俺様のリタっちはこんなに生意気なガキンチョじゃありません!!」



少女が四つん這いで上に跨る故、身動ぎ出来ない男は力強く述べた。次に呆けたのは少女の方だ。暫しの沈黙の後…握り締めた拳を振り上げ、男の頭をごん、と一発殴る。ぐわんぐわんと揺れる視界に男は呻く。

尻尾をピンッと逆立てると同時に爪を男の派手な色彩の衣に立てるのは…猫又と罵られた哀れな子猫の癖であった。

ピンクのシャツの上に羽織る紫の羽織−−胸襟を両手で掴んで引き起こされる。ぐえっと男の口からは潰れた蛙の様な情けない声が漏れた。



「折角恩返しで助けてやろうってのに…この駄目おっさん!!」



「だからって殴るのは酷くない!?おっさん、病弱………あれ?助けるって…」



「言葉通りよ。あんた…本当は弓使いじゃなくて召喚士でしょ。あたしと契約しなさい。そしたら、あんたを助けられる。」



男はハッと目を見開く。眼前の少女を愛猫のリタであると仮定すると…矛盾が生じた。この猫の前で裏の仕事−−召喚士として魔獣や精霊…時には天使を従え危険な任務を行ったり、魔物の逆召喚−−本来存在するべき場所へ強制的に送り返す−−数々の儀を執り行った事は無い。なのに、何故?

だが、猫が『只の猫』では無かったとすれば…話に辻褄が合う。

男は飄々としたもう一人の自分を繕うも立場や複雑な身の上、警戒心が異様に強かった。顔は何時もの締まりの無い笑みだが、空色の瞳は冷たく氷付き…少女を見据える。冷たい瞳を一身に受けても少女は二本の尾を緩やかに揺らすのみで動揺の色は見せない。

男の疑問に答えるかの様に、揺れる二本の尾の先にはパチパチと弾ける焔が灯っていた。



「何が目的だ、魔物。」



「魔物とは心外ね…火の精霊直々の申し出よ。命も助かるし、若年とは言え高位精霊のあたしを正式にあんたの物に出来る。美味しい話だと思うけど?」



「…対価は?」



「あたしを必要として。精霊の命はそれで保たれる…消えるのは嫌なの。」



「そうか…」



消えたく無い。

少女は先程と変わらぬ淡々とした口調で呟く。しかし、その声は微かに震えていた。俯き、喉から絞り出すかの様な声。

リタが精霊ならば、もしや自分以外に認識している人間が居ないのでは?

愛猫は男の家から一歩たりとも出ようとしなかった。人に知られぬ精霊−−人から必要とされる事で生を得た精霊にとっては、致命的である。一人の男から忘れられた瞬間、その命が尽きるのだから。

少女の様に誰だって消える事に対し恐怖する。男の様に消えるのに恐怖しないで受け入れようとした方が異常なのだ。

男は逞しい褐色の腕を持ち上げた。時間が限界なのだろう…持ち上げた右腕は所々焼け焦げ、血糊に濡れていた。左腕の感覚は無い。これが真実−−小さな精霊が掛けた幻影が解けつつある証拠であった。

少女の柔らかい髪に太い指を絡めて梳けば、再び搗ち合うのは翡翠と蒼天の瞳。



「俺は帝国騎士団専属召喚士−−シュヴァーン・オルトレイン。君は…『リタ』で問題無いか?」



少女は男の堅い筋肉に包まれた腹の上に座り込んだまま、一つ頷いた。ピンと立っていた尻尾は力なく落ちて丸まっている。気丈にも顔には出さないが不安なのだろう。男は努めて普段と変わらない緩い笑みを口元に浮かべた。



「…いい子だ」



半身を起こし頭を撫でた流れで、少女の後頭部に掌を添える。そのまま今度は男から柔らかい唇に口付ける。深く繋がるべく舌と舌を絡めさせれば少女の身体は小さく跳ねた。細い両手首を掴んでゆっくりと押し倒す。深い底へと沈んでいく身体。



「ふぅ……はぁっ」



漏れ出た吐息を口内に飲み込めば、次第に熱い渦と化した少女の−−火の精霊の魔力が流れ込む。逆もまた然り。人間と違って純粋な一つの『属性』しか持たない彼女にとって…男の持つ風や氷、微弱な地や光と言った属性の魔力は一種の毒なのであろう−−熱に浮かされたかの如く薄く開かれた双眸は虚ろだった。



(「手早く済ませなければ…苦痛なだけ、か」)



自身にも精霊にも、タイムリミットが迫っていた。

契約には、互いの魔力を交換し認識させる必要がある。魔物相手には特殊な装具で無理矢理に行うが、人型の場合は…契約の同意を得た上で口付けやその他類似した行為で行う。極端な場合では魔力循環を司る心臓を交換してしまった例も有る、と彼は伝え聞いていた。

男は時折苦し気に呻き声を漏らす少女に心中で謝罪すれば、揺らぐ視界の中…和服の合わせ目−−細い紐を解く。左肩から胸までを肌蹴させ、真っ白に透き通った肌を露にした所で体温の感じられない冷たい肌に右手を添えた。少女がきつく目蓋を閉じると同時に彼女の全身に拡散していた男の魔力が一点−−男の掌下、心臓へと集まり始めた。白い肌に紋が這うように広がる。

紋が出現したのと、己を包む暗闇がガラガラと音を立てて端から崩壊し始めるのは同時の事。



「…間に、合えっ!!」



全てが白に塗り替えられる中、男の叫び声と燃え上がる焔の奔流が唯一の色。



まばゆく、爆ぜる。



仮初めの世界が無に還った。









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