アブストラクト


秋、タレソカレ/20・48



タレカレ

 




星の夜、十代が異世界から還って少し経って、
季節はもう晩秋であった。


十代はひとり、学園島の裏手の、小さな崖に来ていた。
崖といっても崖らしいのはほんの1メートルほどであり、その後には岩肌に海浜植物の斜面がなだらかに続き、波しぶきの立つ岩場へ続いている。
釣りをするつもりだったのだが、気乗りせず崖に大の字になって寝っ転がって、ぼうっと空を眺めていた。


常春の島でも、その端っこに佇んでいれば微細な季節の変化に気づくことができる。寮から森へと抜けるときにはオミナエシが山吹色の花をつけ、海岸線にはイソギクやハママツナが少し冷たくなった潮風を受けて揺れている。

 

「変わってしまった」と言われて、少し感傷的になってしまっているのかもしれない。
十代はそう思わずにはいられなかった。
去年の秋、植物を、吹いてくる潮風を、こうしてじっくり見て、夏との違いを見出したりなど、しようとも思わなかったのに。


卒業を前に、周囲の皆は教師も生徒もせわしなく動いていた。なにしろ異世界へ行っていたタイムラグもあるし、混乱した状況から以前の落ち着きを取り戻すために色々忙しいのだ。
そうした動きに協調できない十代を、以前の彼とは変わってしまって大人になったのだとか言って皆は納得したのだが、十代自身は未だになぜこんなにぼうっとしているのか、納得できていなかった。


「十代」
ヨハンの声がした。
上半身を起こして左隣を向くとヨハンは寝転ぶ最中だった。
「あ、隣いい?」
「もう寝てんじゃねえか」
ヨハンは「まーな!」と言って草むらに大の字になった。

 

二人はしばらく何の会話もなく、青く澄んだ空と白い光を仰いでいた。
「ヨハン、俺を呼びに来たんじゃねえの?」
「十代は寝転ばねえの?ん。」
そう言うとヨハンはぽふぽふと地面と植物とをたたき、寝転ぶように勧めた。十代は質問に応じなかった彼にちょっと渋面したが、言われたとおりに体を横たえて、また大の字に寝た。

 



波の音と、海から吹いてくる風と、秋草の揺れる音の、静かなこと。
遠くの笑い声までもが耳に聞こえてくるようだった。

 


(俺は大人なんかじゃない)


いつまでも塞ぎ込んでいる自分は、もう以前の自分ではいられないことにふてくされているだけの子供だった。
変わらなければいけないことの不安と正面切って、忙しくしている皆のほうがずっと大人に見える。
置いてきぼりを食らったような、戸惑いと、焦りと、諦めがずっと胸に蓄積されてゆく。

 

異世界で何があったのだか、十代の掌には重く理不尽な運命と、使命と、特別な力とが携えられていた。
もうはっきりと、以前の十代ではなくなり、この12世界を守るための存在へと挿げ替えられていた。
けれども十代はそうした事実を受け止めきれないでいた。
かといって、自分以外の誰かに喋ってどうにかなるような問題ではないことは知っている。
ほんとうにひとりになってしまうことを、ひとりで抱えていかなければならなくなった。


なので、十代はぼうっとするよりほかなかった。

 


「十代、」
俄かに、ヨハンは十代の左手を取った。

「十代、十代と会えてよかったぜ。楽しかったし、何回も助けてもらった。ありがとう」
首だけで振り返って見るとヨハンは笑っていて、映る左目、枯草の中に青い髪と目がよく目立った。
何故か、あの時の、水晶の結晶に閉じ込められていた横顔を思い出した。
そして初めて会った時のことも。


「十代がいないとさみしいな。皆も」

 


「ヨハン、俺は」
右目に橙色の光が染みた。いま、海面に夕日が沈もうとして、大きく輝いている。
来たるべき夜のために。

「俺もさみしい。けど、ほんと楽しかったな。皆に会えて。デュエルもスゲーいっぱいできたし、ありがとな」


他には何も言わなかった。




 

ヨハンは勢い良くすっくと立ち上がると、服についた草をぱんぱんと払い、よし!と言った。
「帰ろうぜ!真っ暗になる前に」

黄昏時も終わって、そろそろ星が見えてくるほどの薄暗さになる。
「今日はエビフライだぜ、早く行かなきゃな」
十代もゆっくり立ち上がり、同じように草を払い落として、「そうだな」と笑って返す。

 


結局、林の中ですこし迷ってしまい、すっかり日が暮れてまっくらになった後、二人はやっと食堂にたどり着けた。

 

 

 



アトガキ
03/05 21:32
[GX]
(0)




・・top ・・

category
DM(9)
GX(7)
5Ds(13)
雑記(8)
未分類(1)


-エムブロ-