話題:やっぱり、好きだ。

いつだって、彼がわるいと思っていた。喧嘩するたびに、愚痴を聞くたびに、その態度から彼は性格がよくないことを実感していた。別れたほうがいいと友人たちはよく言った。あたしの話を聞いて、それしか手段はないよと言いくるめかのごとし、話を聞いてくれるたびに言っていた。それでも、あたしは別れなかった。距離を置いていた時期もあったけれど、結局は、彼のところへ戻ってしまう。それは、彼もおなじようだった。離れていた時期、あたしはろくでもない男に恋をし、彼は夜遊びや風俗にハマった。あたしは精神を病ませる恋に疲れ、彼はお金が底を尽きていた。そんな時に、離婚した父が亡くなった知らせを受け、気がかりであった彼のことを思い出した。そこから、やり直すまで時間はかからず、彼とこうして今一緒にいるのは大嫌いであった父のおかげなのかなと頭の片隅で思っていた。

それでも、彼と喧嘩すれば傷ついて、疑って、疑心暗鬼になって、かなしんで、落ち込んで、もういやだと思いながらもそれ以上に彼と以外はこんな風にはなれないと思った。
あたしは、彼がすきだった。喧嘩ばかりの日々で薄ぼやけてしまった記憶の彼方に、彼と過ごした明るい日々が再生される。初めて会った日、デートをした日、電話をした日、名前を呼ばれた日、キスをした日、セックスをした日、家に行った日、泊まった日、プレゼントをもらった日。知らないものに出会い、世界がひろがった。あたしは、彼と過ごした日々で構築され、その日々をこれからも積み上げていきたいと思った。

やさしいひと、いつだって、夢をみるような無垢さを持ち合わせながら、現実の辛辣さに打ちのめされひねくれる。社会は、彼にもあたしにもつらいもの。余裕を失い、ストレスをぶつけてしまうのは一番近くにいるひと。癒し癒され、やさしくされたいだけなのに近すぎるゆえ、正確に汲み取ってしまった気持ちを傷つける。わかってあげたいだけなのに、わかってほしいだけなのに、言葉はこんなにも無力だと思い知らされる。発せれば発するほどに、歪んでしまう。そんな八方塞がりのような関係は、ほんのすこしやさしで色を変えた。係決めた家事を代わりにやってあげたり、(なにも意見を述べず)共感するだけでよかった。認められたいだけなんだ、近くにいるひとに。大切なひとに。

あたしは、彼がすきだと思った。思い出した数々の記憶が込み上げてくる想いが涙を誘う。会いたい、彼にすきだと伝えたい。今が一番生きてる実感がすると伝えたくなった。