目覚め、最初にした事は何だったか。

あまり覚えていない。

些細な事だったかもしれないし、今の在り方を決める重要な事だったかもしれない。

ただ一つ、忘れられないものがあった。

約束だ。

私は約束した。

あの日、あの時、助けを求める手に応じたのに、私はそれを引っ込めてしまった。

名前も知らない少年。

私の、オリジナルの記憶に残る、後悔の残滓。

血の硬貨を求めたあの小さな手に、希望を乗せてあげられなかった。

戒めとして、残してしまった血色のコイン。

それが悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて、堪らなかったのを“覚えて”いる。

ああ、そうか。

私が最初にした事は、これで約束を果たせる、そう思った事だ。

私のオリジナルは余程に情が深いのだろう。

自分の手に抱えた想いを、誰かに分け与えてあげたい……。

喜びを、楽しさを、情熱を、愛しさを。

叶うのなら同時に分かち合いたい……。

痛みを、辛さを、恐怖を、哀しみを。

その想いだけが私の中で際限なく積もっていた。

ええ、そうね、分け与えましょう。

私が、この私が与えられるだけのもの全てを。

受け取ればまた積もる。

それでは、私の器は満たされない。

既にもう、過ぎる程に満ちている。

だから、私は分け与えなくてはならない。

己の肉体しか捧げられない身の上だけど、それでも目一杯の愛を分け与えよう。

それが、私の役目だ。

私は、自分を、そう定めた。

温かさを求めるなら抱き締めよう。

肉の欲を求めるならこの身を差し出そう。

心の放棄を望むのなら惑わそう。

苦しみの解放を求める殺そう。

私が与えられる全てを与える。

全てを! 全てを! 全てを!

私は全てを愛する!

愛されず、憎まれさえせず、暗く湿った世界の隅で身を縮める事しかできないモノのために。

故に、私は断頭の斧を手に取る。

安楽を、安心を、安寧を、安全を、その全てがある死の果てへ送るため。

多くの者には、私の愛は浅薄に映ったかしら?

軽薄で、爛れていて、温かみがなく、怠惰で、傲慢で、吐き気のする、そんな愛に映ったかしら?

ええ、ええ、それで良い。

私はただひたすらに与えるモノ。

与え続けるだけのモノ。

愛されてはいけない。

愛されるように振る舞ってはいけない。

それは私には過ぎたものだから。

……でも、そうね。

少しだけ、誰かに愛される、そんな気持ちも味わってみたかったかしら。

いいえ、後悔はないわ。

私は影。

もう一人の私が生み出した、後悔と未練の泡沫。

だから、私は消えなくてはならない。

後悔は、未練は、消えなくてはならない。

困るのも、悩むのも、落ち込むのも素敵だけれど、それは私がして良い事ではない。

だから、ええ、だからこそ、私は何も抱えずに果てなくてはならない。

与えられる全てを吐き出して、空っぽの器にしなければならない。

逝く時は、何も遺さずに死ななければ。

それこそが、自らからを悪と定めたモノが手に出来る唯一の花束なのだから。

未練を残してしまうのは、後悔をさせてしまうのは、可哀想だもの。

嗚呼、もうすぐ終われるかしら?

彼等はその与えられた生を全う出来るかしら?

私は刃を向けなくてはならないけれど、そんな私を、彼等はちゃんと殺してくれるかしら?

私は、ちゃんと恨まれて死ねるかしら。

嗚呼、私は最期にどんな酷い言葉を吐いてあげられるかしら。

少しだけ、楽しみ、ね。


(魔都のどこかで風に舞い、どこへとも知れず消えていった一枚の便箋。そこに書かれた何者かの詩)