――その男の最も古い記憶は、自身を包む冷たくべったりとした“おくるみ”の湿った嫌な感触、腐りかけたような饐えた泥の臭い、そしてただひたすらに真っ暗な闇。
その臭いが土の、泥の、溝の臭いだと理解したのは何年か経ってからだったが、男が懐かしいと思えるものはそれだけだった。
その男が自分の住む街の名が『ジャンナ』という事を知るのは孤児として劣悪な環境で過ごし、何年か過ぎた辺りであった。
男は健やかとは到底呼べない世界で生きていたが、それでも死ぬ事もなく闇の中を彷徨い生き続けた。
その男の目は光を映さない。
生まれながらにして盲目だったのだ。
モグラ獣人という生まれ故か、それとも運命の悪戯か。
どちらにせよ、産声を上げた瞬間には不幸が始まっており、また彼を取り巻く環境も最悪に近かった。
彼が捨てられたその孤児院は、暗殺者ギルドが経営する暗殺者養成施設だった。
その手は玩具に触れる前に血を煤っていた。
同胞とも言える孤児達と、まさしく血みどろの殺し合いという訓練を重ねていく。
彼の幸運と不幸は獣人という肉体に恵まれた種族に生まれた事であり、そしてまた半端に才能にも恵まれた事だろう。
耳と鼻はすぐに目の代わりとして機能し、人並外れてよく動く体は彼を生き長らえさせるのに大いに役立つ。
そして何より、彼の心は他者を害する事に一切の躊躇を抱かなかった。
普通に生きる上では無用なそれらは、しかし彼の人生と運命を決定付ける。
彼の能力が暗殺者ギルドの目に止まり、暗殺者としての道を歩み出す事となった。
それまで彼が殺した者は彼と同じく孤児院で戦闘訓練を受けていた者達だけであり、蠱毒のように食い合う事に疲れていた彼等は命の火が消える事を達観し、安らかに死んでいった。
彼はそれがたまらなく不愉快だった。
それ故に、彼が暗殺者ギルドに買われた時、彼は歓喜した。
これでようやく命乞いが聞ける、と。
だからこそだろう、彼は暗殺者として瞬く間に腕を上げていった。
だがしかし、彼は殺し過ぎた。
暗殺の前提は暗殺だと気付かれない、もしくは疑われても証拠を残さない事にある。
しかしながら彼はその辺りを遵守しなかった。
ストイックさの欠片も無く、ターゲット以外でも殺せそうな者は全て殺し、中でも子供は無惨に殺した。
四肢を削ぎ、目を抉り、舌を引き抜き、引きずり出した臓腑を食わせ、そして土葬するかのように土に埋める。
それも慈悲のある埋め方ではない。
乱雑な、土を掘り返した事を隠しもしない、そんな埋め方。
当然、そんな暗殺者は長生き出来ない。
どれだけ腕が良かろうと、暗殺者ギルドは殺人鬼を許しはしない。
彼等には彼等の秩序がある。
そうして彼が暗殺者ギルドから追われるようになったのは自然な流れだった。
生きたいから逃げるのではなく、殺し足りないから逃げる。
そんな逃亡の果て、彼はペティットに辿り着いてしまう。
惨劇は、彼が街に着いて一ヶ月程が経ち、秋から冬へと季節が移り変わった頃に起きた。
自分が殺しをすれば暗殺者ギルドにバレる。
その事を理解していた彼は殺す者を吟味し、そして不幸にも選ばれてしまったのは――朗らかに笑い声を上げて広場を駆け回っていた幼い兄妹だった。
宿屋の子供である、というのも選ばれてしまった理由の一つか。
宿屋ならば見知らぬ者が紛れ込んでも怪しくはない。
兄妹に近付き、素知らぬ振りをして宿の場所を訊ね、宿に泊まり――その日の夜に惨劇は起きた。
最初に宿の主人を殺した。
宿の主人は剣を手に最期まで抵抗したが、それでも決着が着くのは一瞬。
しかし腹が立ったので全身の血を搾るように、滅多刺しにして殺した。
細い体のどこにそんな活力があるのかと思うほど、宿の主人は抗い続けた。
だが、それも分と掛からずに終わる。
主人の妻は子供達と共に裏口へ回り逃げようとしたが、追い付かれ、敢えなくその爪を受け、運の悪い事に裏口のドアをその体で塞いでしまう。
それでも尚、母は殺人鬼の脚に縋り付いた。
その無駄な抵抗が長ければ長いほど、子供達の命の火が永らえるというように。
だが、その思いは爪で払われ潰える。
逃げるためでも母の亡骸を踏んでなど行けない……そう思ってしまった兄妹の兄は、妹を連れて二階から逃げようとしたがそれは悪手でしかなかった。
然りとて責める事は出来ないだろう。
目の前で家族を殺され、妹を守り逃げなくてはならないという、大人でさえ心の折れる状況にあったのだから。
妹は兄に窓から木を伝って逃げるよう言われたが、目の前で家族を殺されて泣きじゃくっている状態ではそれも叶わず、しかし背中を押され何とか木から降りようとした瞬間……兄の手が離れた。
妹が最後に見た兄の姿は、背中から腹へと爪により貫かれ窓枠に押し付けられながら血を撒き散らす姿。
それを、背中から地面に落下しつつ見た。
落ちる。
身体中が痛む。
それでも妹は生きていた。
柔らかな体のおかげか、庭に積もっていた雪のおかげが、ともかく生き延びた。
しかし体は痛む。
遅々と這う妹。
真夜中で方向は分からない。
這って這って這い続けて、辿り着いたのは厩舎だった。
そこに、長く太い爪を持ったモグラの姿をした悪魔が現れる。
運命は潰えた。
こうして一家を惨殺し終えた殺人鬼は、まだ宿の中に獲物が居ないか確かめるために宿の中へと戻り、そこに帰ってきた商人と護衛に捕らえられてしまう。
自警団の詰め所で彼は何も語らず、獄中にて何者かに“暗殺”された。
暗殺であるが故に証拠は無く、謎の変死として扱われた。
死ねば全てが終わる。
それが道理なのにも関わらず、男は死してなお満足しなかった。
だから霊体となってからも宿に彷徨う一家の霊を苦しめ、周囲を――霊道を通った霊を引きずり込み甚振った。
どれだけの間、その惨劇は繰り返されたのか。
殺人鬼は家族を会わせぬように、決して成仏させないように宿を監視し、宿の主人はせめて宿の中に居る家族の亡霊だけでも守ろうと剣を手に絶対に勝てぬ防戦を続けた。
そして、ある年の秋を迎える――
それが殺人鬼となった男の全てである。
そしてその全てを知る者は、この世界には一人として居ない――。
――あの後、宿の権利を持つ人に事の顛末を説明するのと同時に契約書について話をした。
権利者が何とも言えない表情をしていたのを覚えている。
何か苦い物を噛んでしまったような、とはいえそれを表に出すには戸惑っているような、そんな表情。
権利者の方が何を思っていたのかは、正確には分からない。
商人として最初に定めた宿の金額を惜しく感じていたのか、それとも人として一家に起きた惨劇と顛末について感慨を抱いたのか。
とはいえ私も商人の端くれ。
最初に定めた金額が反故にされないよう、然り気無く、でもしっかりと念を押してから退席させてもらった。
もしそれでも値段交渉が起きるようなら、その時はマグナスの名に懸けて断固抗議させてもらおう。
自警団に提出した報告書には幾分か記述が増えた。
と言っても大した量ではない。
その手の話に詳しい友人の手も借りて調べはしたが、あの殺人鬼が何処から来た何者なのかは依然として不明な事には変わらず、なぜ獄中で変死したのかも分からないのだから。
ただそれでもあの宿から一家の霊が解放され、それと同時に引き寄せられていた霊魂達も長い苦しみから解き放たれたのだ。
彷徨い続けた一家は安らかに天国へと旅立ち、これでようやく一家にも周辺にも平穏が訪れる筈だ。
土地の開発が行われるには風光明媚が板に付いてしまっているかもしれないが、その方が竜と共に暮らす先輩方には良いだろう。
そういえば、少し気に掛かることがある。
解き放たれた霊魂達の中には現世で彷徨う事をよしとした者も居たようで、まだ何人かはあの宿に留まっている気配が感じられた。
留まった霊魂がただの同居人となるか、それとももっと別の何かになるかは分からない。
分からないが、時に霊魂は妖精や精霊に変じる事もあると聞く。
死を告げるというバンシーなどは、元はその家に住まう一族の霊が変じたものだとも伝えられている。
もしかしたら、我が家のバンシーもそうだったりするのだろうか?
疑問は尽きないが、ともあれ。
留まる彼等が我々の良き隣人とならんことを切に願う。
――アルーシャ・マグナス
という語りの後に感想です。
うん、長かった。
本当に長かった。
参加されていた皆さん、本当に申し訳ない!
前回も思いましたが、PBCでのマスタリングってメチャクチャ難しいですね。
あれでもイベントとか削ったつもりでしたが、それでも配分間違ったという。
本当、GMを日常的にされている方々は凄いと思います。
さて、参加された皆様におかれましては、話の流れ、顛末はどう感じたでしょうか?
不明な点、疑問な点、様々な事と思います。
それもそのはず、元より関わった者達の思惑が全て異なっていたのですから。
家族を守るためとはいえ父は宿を鳥籠にしてしまい、母は後悔に苛まれて彷徨き、兄は自由にならない体に嘆き、妹は土に埋められ表に出るのも難しく出たら出たで都度に甚振られており、そして犯人である殺人鬼はただひたすらに殺戮を求めた。
出自も異なり思惑も異なり、記録に残る物も曖昧としたものばかり。
これではそれぞれの根まで辿り着けようもないでしょう。
しかし、普通に生きて普通に暮らして普通に友を作り普通に結婚をした者達も、自らの傍らに居る者の全てを知っている訳ではありません。
なので、分からないものは分からないのです。
そしてそれで良いのだと思います。
思いますが、ちょっと不安なので保険は下記に書いておきます。
簡単なNPCのプロフィールなんですけどね。
さてさて、PLサイドからすれば今回の始まりはアイザック氏とギルバート氏から「何か良い感じの物件知らない(意訳)」と訊ねて頂いた事でしたが、自分で作っておいて今更ですが、その時はまさかここまでの話になるとは思っていませんでした。
お二人は『潮風と小波亭』(そんな名前なんですよ)を買われる事に決められたようですが、ちゃんと精霊の住んでいると最終的な差が出るようにはしてあります。
精霊宿の方は「精霊達が留守を守ってくれるので子供が出来ても危険はない」という感じで、幽霊宿の方は「幽霊の何人かが家事をしてくれるから子供が出来ても助けてもらえる」という特典を設定していました。
そしてそれに付随して、その宿に決めていた時の別特典もあったりします。
精霊宿は精霊と契約する事で戦力を増やせて、幽霊宿の方はと言うと――
剣が貰えます。
はい、剣です。
劇中でもアイザック氏が宿の主人から借り受け振るった、あの剣です。
が、それだけでもありません。
あの剣の銘は【守護霊剣シュッツ】というもので、『先端の1/3が両刃の疑似刃状になった、俗に『シュヴァイツァーサーベル』と呼ばれる直刀片刃タイプのサーベルで、剣先から護拳、柄頭に至るまでを聖別のされたミスリル銀で拵えられた逸品。祈りを捧げ振るうことにより悪霊や邪霊などを斬り払う霊剣』という効果があったりします。
そしてこの剣は宿の主人の生家の家宝だったりします。
まぁその家は既に没落しているため、もしお二人が返そうと思っても相手が居ないのですが。
ともあれ、剣の腕がイマイチな宿の主人が曲がりなりにもモグラ獣人の霊を追い払えていたのはこの剣のおかげです。
生前では意味の成さなかった霊剣としての力も相手が死霊となれば話は別で。
その真価を発揮したのが死後というのは些か因果なものですが、だからこそ今日という日を迎えられた訳で。
そしてついでに言うなら上記の剣、実は三振りあったりします。
シュッツガルド、シュッツハイリガー、シュッツエンゲルという三本で、同じ作者が造った兄弟剣という設定。
倉庫に云々と言っていたのは、墓標になってしまった剣の他に二振りある事を指しています。
この辺りは後日、小娘の近況でも触れさせて頂きますね。
ちなみに名前はドイツ語です。
シュッツは『守る』などの意味ですね。
あの家族にはピッタリなのではないかと、自画自賛してみたり←
更に蛇足ですが、宿の主人が使っていたのはシュッツエンゲルです。
エンゲルは天使ですね。
合わせて守護天使となります。
アイザック氏とギルバート氏が三振りの剣をどうなさるのか、それはその時を楽しみにするとしましょう。
ともあれ大団円です。
参加してくださった皆様、お話を持ち掛けてくださったアイザック氏とギルバート氏、本当にありがとうございました!!
また何かあればイベントを行うかもしれませんが、その時は宜しくお願いします。
まず、もうちょい時間配分を学ばんと。
私のポンコツ脳で学べるのかは予定は未定ですけどね。
父親:享年28歳の人間。エディ・エバンス。
赤毛で身長は170cm前後。
ペティットから少し離れた西世界出身で、とある地域の貴族(伯爵)の三男だったが幾ばくかの財産を手に、過去の経歴を全て消した上で妻と駆け落ちしてペティットへと移り住んだ。
本名はエルディナンド・フォン・エステバン。
貴族の嗜みとして剣術を習っていたため殺人鬼へ勇敢にも立ち向かったが、奮戦空しく鋭い爪で切り裂かれて失血死した。
家族を守りたいという想いからか、宿に足を踏み入れた者を無差別に襲う。
成仏させるには息子と娘の発見が必要。
出現箇所は宿全て(エリアを移す毎に誰かが1D12を振り、1を出すと現れる――筈だったが絶対テンポが悪くなるので除外した。念が強すぎるため攻撃しても倒す事はできないが、一時的に撤退はさせられる。強さは人間の一般人より少し強い程度。所詮はお遊戯剣術か)。
母親:享年169歳のエルフ。リリアーナ・エバンス。明るい茶髪。身長は160cm前後。
典型的な森に住まうエルフだったが森に遊びに来ていたエディと出会い、最終的に駆け落ちをしてペティットへとやって来た。
少し天然気味だが、優しく責任感の強い性格。
夫の抵抗を無駄にしないためにランドリーから子供達と逃げ出そうとしたが追い付かれ、最期の抵抗も空しく殺された。
子供達がランドリーの裏口から出られなかったのはリリアーナ自身の体が邪魔になってしまったため。
霊となってからはランドリーだけではなく生活スペースを中心に彷徨い、訪れる者に対して辺りの物を投げ付けて攻撃を行うようになった。常に「アン……ナ……」「ユリ……ウス……」と呻きながら子供達を探していた。
実は攻撃を加えると旦那より厄介な魔法攻撃をしてくる。母はいつだって強いのだ。
息子:享年10歳。ユリウス・エバンス。
腕白だが母親譲りの責任感の強さをもつ少年。
赤茶色の髪。
両親が死んでから妹を守ろうとしたが二階に上ってしまった事で逃げ道がなくなった。せめて妹だけでも逃がそうとしたが捕まり、目玉を抉り出され、舌を切り落とされて死ぬという壮絶な最期を迎えている。
死んだ場所は二階の廊下最奥。
最も悲惨な死に方したため外見が凄まじい事になっている。
上手く喋れず目も見えないが、厩舎の方に妹が居るのを知っていた。
娘:享年6歳。アンナ・エバンス。赤毛。
天真爛漫でいつも笑顔を絶やさない素直な良い子。
家族全員の死に様を見た後に、恐怖に苛まれながら厩舎が建っていた場所に生き埋めにされた。
助けを求める無垢なる者。だが、だからこそ念が強まり結界にも似た異界を作り出してしまった。全ては彼女の家族に会いたいという思いから始まった。
犯人:ジーク・バック。
享年26歳。土竜の完獣人。
ジャンナ出身の元孤児で、殺し屋をしていたが手口が残忍すぎる事と依頼者の意にそぐわない殺しまでする事から追放された快楽殺人者。土竜獣人の特徴故か生まれつき目が見えない。
幸せな者――特に子供――を殺す事に執着しており、広場で兄と遊んでいたアンナに目を付け、客として侵入し殺害に及んだ。
アンナだけを生き埋めにしたのは孤児だったジーク自身が泥水の中に捨てられていた事から、小さな子供を殺す時は可能な限り生き埋めにすると決めていたため。
死後も殺人の渇望に囚われ、最後に殺人を犯した宿へと舞い戻りアンナの作った異界を悪用した。
ジャック・オー・ランタンに導かれ、冥府にて業火に焼かれ続ける罰を受けているとか。
幽霊:ミランダ、マジョラム、オットー、ガストン、ベンジャミン
出る可能性のあった凡百の亡霊達。
一応ネームドなのでキャラはある。
ミランダは世話焼きの細工師、マジョラムはテンションの高い街娘、オットーは宿に何度か泊まった事のある料理人、ガストンはペティットの名士に使える執事、ベンジャミンは子供の扱いに長けたサーカスのピエロ――という設定があったが、明らかに全てを出すのは無理なのでキャラを統合した結果が劇中のミランダ。
そのせいで妙に濃いキャラになってしまった。
ミランダが子供部屋で話した事も、実際はそれぞれの霊が一つずつ持っていたもの。
尚、newミランダはテンションが高く子供の扱いに慣れた細工師で料理人で執事という、スーパー亡霊人になっている。
一人称は普段が『私』で、ふざけている時が『ミランダさん』。
二人称はよく知らない相手や気安い相手なら『アンタ』、それ以外や真面目な時は名前で呼ぶ。
身長は低く150cm程だが、プロポーションは良く長い茶色の髪がチャームポイントのワイルド系美人。享年は31歳だが、幽霊歴は300年を超えるベテラン幽霊。元浮遊霊。