夕暮れ後、貴方は、



俺と鎮也さんは何も言わずに見つめ合う。
波音立てる海風だけが、二人の間を行き来していた。心地よく髪を撫で、穏やかに身に響く。
けれど、俺の心は何気ないそれらにさえ、気に留める暇(いとま)もない。だくだくと脈打つ胸と冷めた感情とが、必死に互いを打ち消し合っていた。 

 何と答えたらいいのだろう、
 わらえわらえ、いつものように、
 めをそらせ
 やさしさから…、…

はぁっと息をのんで、頭を伏せようとした時だ。先に動いたのは鎮也さんの方だった。
前のめりになっていた背を伸ばし顔を海に向け、ゆっくり開口する。

「そろそろ…帰ろうか」

鎮也さんの望む海は、朱の鮮やかさをすっかり失い、静寂を湛えた宵の闇と化していた。
洋上をどこからともなく現れては消える白波は、まるで行き場を失った俺の感情そのもののようである。
安堵か不安か、何方ともつかない情けない返事を一つして、俺は立ち上がった。腰を下ろしていた防波堤に立つと、空がやけに近く思える。
春寒の夜空は黒くくろく澄んで、このまま吸い込まれてしまいそうだ。
俺は思わず伸ばしたくなる手をきつく握りしめ、鎮也さんを背にするかたちで防波堤から飛び降りた。そして、我ながら下手糞だと思う笑みで振り返える。

「俺、走って帰ります」

 そう言って一歩、踏み出した。

少ない街灯を辿りながら、来た道を直走る。すれ違う車もなく、俺の息遣いと走る足音が辺りに鳴り渡っていた。
あの後、鎮也さんと少しばかり会話をしただろうか。思い出せない。ただただ、振り返り狭間に見た彼の空虚な瞳と、孤独な微笑みが強く脳裏に刻まれている。

俺の海になりたいと語った彼。
いつ、どうしてそんな風に思ったのかわからない。
俺は、俺自身の余計なことでも話してしまたのだろうか。
それとも知ったのか。そんなはずは……。
いや、それよりも、鎮也さん自身は、自らの心をどうしているのだろう。
 貴方の心はどこへ帰っているの
眼前に浮かび上がってくるあの姿に、俺は、自分の臆病ゆえ彼を独り残し、逃げてきた事を酷く悔やんだ。
明日、またあした、ちゃんと笑顔で会えるだろうか。
いつも通りにすればいいだけの事、なのにあの時感じた優しさが、たまらなく怖かった。
 
話題:オリキャラ小説/文章
「こころわけ」
慶龍

夕暮れ時、貴方へ、」の続き…
慶龍のこころ。

Thank You!
 +分ち合った日々+*09/14 07:17
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