でてくるひとたち
砕けたガラスの上を歩き
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つづき。安っぽくて、綺麗とは言えない
ホテルに親しみを持てたのは、初めてかもしれない。
◇
すぐにでも崩れてしまいそうなくらいの眠気がこみ上げてくる。頭はまだ痺れていて。
ゆうは起き上がって、ベッドの端に、わたしに背を向けて腰かけた。サイドテーブルの煙草に手を伸ばす。箱から煙草を取り出すカサカサという音がやけにはっきりと耳に届く。他には何も音がしない。
ゆうの黒くて短い髪と、裸の背中を眺める。
眠気を無理やりにひきはがすように、ゆっくりと体を起こす。腰まで伸びた髪が、背中をくすぐる。自分の髪なのに、それすら新しい感覚に思える不思議。
ゆうの後ろまで、ベッドの上を移動して、左の肩甲骨あたりにそっと口づけてみる。深い考えはなくって、なんとなくそうせずにいられなかったから。
魅力的なものには、口で触れてみたくなるのね。
一度だけそうして、そのままゆうの後ろに少し離れて座る。ゆうが少しだけふりかえって、横顔が見えた。
「もっとして」
予想していなかったゆうの言葉に、驚く。
「ほら、かえ」
「ん?」
ゆうは前をみたまま、長く煙を吐き出して、ふっと短く笑った。
もう一度ゆうのすぐ後ろに移動する。さっきと同じところに口を近づける。そのまま骨に沿って唇を滑らせる。ゆうの匂いがする。
ゆうの肩にあごを載せて、腰に腕を回す。
煙草はゆうの指のあいだで燃えて、灰が床に落ちてくのが見えた。
好き、と言ってしまいたい。ゆうのことがいちばん好きとか、愛しているとか、告白とか、そういうのじゃなくって。「好き・嫌い」の「好き」、2択のうちの、片方。そんな感じ。
沈黙を少しだけ埋めるものとして、口にしてみたくなった。
でも、思い直して、頭の中だけでつぶやく。わたしみたいな奴が軽々しく口にすると、ろくなことにならないだろうから。
代わりにまた「幸せ」と言ってみる?
それも、やめておく。
そんなこと考え始めると、永遠に口が聞けなくなってしまうんじゃないかと思った。何を言ったらいいか、ぜんせんわからないよ。
ゆうは何を思う?
知りたい気もするし、なんとなくわかる気もする。でも全く違うかもしれない。本人の口から聞いてみたい気もするし、聞きたくない気もする。…うん、聞きたくないかな。
ゆうの背中にぴったりとくっついて目を閉じた。使い古されすぎた表現だけれど、結構本気で、時が止まればいいと思った。しんと静かな部屋にゆうと2人きり。素敵。
頭の中でグリーン・デイの21 Gunsが鳴っていた。あのMVとなんとなく似た部屋だからかもしれない。少し汚れた白い壁と同じ色の腰板。楕円の壁かけ鏡。
「なあ、かえ」
ゆうが口を開く。
「なに」
語尾を上げずに、静かに答える。
「もっかい、しよか」
「どれぐらい本気?」
「まあまあ本気」
「若すぎるわ、ゆう」
「普通や。かえのほうが若いやろ」
「寝るわ」
「おい」
2人して笑う。やっぱり、ゆうとはこうやっていつまでもふざけたこと言っていたい。
ゆうの耳をゆるくひっぱって、こっちを向かせる。目線を合わせて、笑ってみせて、久しぶりに、わたしからキスした。
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