話題:創作小説

 自分の体が消えかけている。

 その事に気がついた時、自分一人で良かったと心の底から思った。いつかは訪れる終末。目覚めた瞬間からわかりきっていた事なのに、体の内側臓腑から凍てつく様な恐怖を、咄嗟に歯を食い縛り押し殺した叫びを、誰にも見られる事がなかった事実に言い表し様のないほど安堵した。こんな無様を彼らに見せたくなかった。この期に及んで生にしがみつこうとした惨めさを、見られたく等なかった。

 死ぬ時は一人で。
 そう自分で決めたじゃないか。

 だから一人、そっと仲間達の元を離れた。深夜、宿で眠る彼らに解けない魔法をかけて、姿を消した。簡単な話だ。はじめから僕という存在をなかった事にしてしまえばいい。人間には禁術として伝えられて来た記憶を操る魔法も、人間じゃない僕は使えた。それだけの話。さようなら。大切だった人達。せめて君達の未来に幸多からん事を。

 あの日から幾月か経った。
 そこは人里離れた所にある一面の花畑だった。月の光を浴びて白い花達が美しく咲いている。いつか、僕のお気に入りだと彼らに教えるつもりだった場所だった。
 手袋を取りそっと手を翳す。透けた掌から青ざめた月が見えた。このまま、夜の闇に溶ける様に消えられれば良い。綻びはもう体のほとんどに及んでいた。もう時間は残ってない。死は恐ろしくなかったが、彼らに二度と会えないというのが寂しくてたまらなかった。

 指先からだった。砂になる様にぼろぼろと瓦解していく。滅多に褒める事のない彼が綺麗だと褒めてくれた手が、崩れ落ちた。恐怖はない。怖くはない。だけど、気がついた時には僕は泣いていた。悔しくて仕方なかった。彼らと同じ人間じゃない事が、悔しくて仕方なかった。人間だったらきっと同じ時を生きていられたのに。人間だったら。

 そこからの浸食は早かった。
 意識すらも溶けていく。
 大切な人達の顔を思い浮かべると、それは薄く笑んで目を閉じた。
 唇が何かを紡ぐ。
 だけど既に音はなく。
 静かに、静かに溶けて消えていった。

 その日。
 臆病者の怪物が、世界からいなくなりました。


***

(心がもやもやする話が書きたかっただけですだいぶ弄ったけど元の話はもっとえぐい)