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始まりの始まり2(SH/双璧兄蠍)

思えば、ポリュデウケスがその赤と正面から向き合ったのはそれが初めての事だった。


明るい色をしたその目は焔に似た動きで瞬き、冷酷な赤の奥にひっそりと控える静かな瞳は、焔に寄り添う陰のように暗い。

視覚から伝わる、眩暈がする程の闇の匂いに堪えるように、ポリュデウケスは目を眇めた。



(これが五歳児の目か…)


目眩い王の懐に抱かれているだけに、幼子を囲む闇の深さがより一層増す。

今までの候補者達の切実な訴えが絵空事めいていく程に、スコルピオスの目には甘えを許さぬ強さがあった。


じっと見つめてくるポリュデウケスを不審に思ったのか、切れ長の目がすっと細くなる。
途端に鋭さを増す気配に野生動物を思い浮かべたポリュデウケスは、思わず苦笑を浮かべた。

その笑みに不審感を募らせたらしい幼子は、父の膝の上で苛立たしげに身を揺する。

ポリュデウケスを威嚇するように瞬きの回数が増えて、落ち着かなげに白い手で自らの懐を探った。

衣の上から何かの感触を確かめた王子は、ふっと視線を自分の腹部に落とす。

不意に落ち着きを取り戻した幼子の様子に、ポリュデウケスは眉を顰めていたが、



「ポリュデウケス」


威厳に満ちた王の声に呼ばれ、夢から覚めたように顔を上げる。

珍しくぼうっとしていた自分を面白そうに眺めているデミトリウスと視線が合った。


「貴様の番だ」

「はっ」


慌てて立ち上がる。

大広間の意識が糸を引くように自分に集まるのを感じながら、ポリュデウケスはぼうっと王子を見ていた自分を悔いた。


(何も浮かばない)


元から口が上手い方ではない。

王の手足となり、僅かな言葉でより多くを知り、余計な事は語らず実直に遂行する。
そうやって生きてきたからこそ信任されるようになったのだが、こういう時ばかりは己の口下手が疎ましい。


(カストルだったらなぁ…)

熱にうなされているであろう双子の弟は、自分の倍は口が回る。
それが良い事かどうかは別としても、こういう場に向いているのがどちらかは比べるまでもない。


にやにやと人の悪い笑みを浮かべていた王が、ふっと形の良い唇を解いた。


「お前は我が子スコルピオスに何を教える?」


「お前の横に居る者達は、帝王学、歴史、戦術に戦略、神学なんてものも教えるつもりらしいが、お前はこれに何を与える」


こつ、と赤い頭に顎を乗せて尋ねる王に、弱り果てて視線を下ろす。

父王のスキンシップに白い顔を強張らせた王子は、ぎゅうっと衣を握り締め、床を睨みつけていた。


(……あ)


先程からずっと王子が押さえていた腹部。
握られる事によって衣の上から見ても明確に角ばった、幼子の手には大き過ぎる『それ』の形が浮かび上がる。

急速に心がしんとしていくのを感じて、ポリュデウケスは我知らず口を開いた。



「それでは私は、自らを守る正しい術をお教えしましょう」


ぴくりと幼子の手が揺れる。


「アルカディアの双璧との呼び声も名高いお前に教授されたら、これもさぞかし強くなるだろうな」


満足げな王の言葉に恐縮しながらも、ポリュデウケスは言葉を続ける。


「剣でも槍でも王子のお好きな物をお教えしましょう。
けれどそれは先の話。先ずは短刀についてお教えします」


目に見えて王子の手に力が篭る。

それまで頑なに床を見つめていた緋色の瞳がポリュデウケスを捉えた。

警戒、不審、その奥に潜む、僅かな好奇心。

ほう、と呟いた王には目もくれず、ポリュデウケスは静かで冷たい赤に向かってのみ話す。

何故かそうしなくてはいけない気がした。


「短刀は確かに剣に比べて殺傷能力が低い。
しかし使い方も知らずに持ち歩くのは危険です。
どれ位の人を切ると刃こぼれしてしまうのか、致死傷を与えるにはどれ位の力が必要で、何処を切るのが効率的か…幼い貴方は恐らくお分かりでないでしょう?」


ポリュデウケスの静かな問いに、ぐっと幼子は唇を噛み締める。

まだ五歳の子供、そんな事は知らなくて当然だが、彼の立場上そうも言っていられない。

母親という後ろ盾を亡くした彼は、彼自身を守る為に、生き残る為に一刻も早くその術を身につけなくてはならない。


(痛ましい事だがそれもまた運命…)


死すべき人間の身ではどうしようも出来ない。


だからこそ彼は、自分を選ぶべきなのだ。


「また、短刀は人を殺すばかりではありません。
獣を裂いて調理する時にも使えますし、夜営の際に使う薪を作る時にも重宝します。

その武器では何が出来、何が出来ないのか、日常生活や戦場ではどういった能力が必要なのか。

その知識こそが身を守る正しい術。

私ならそれを殿下にお教えする事が出来ます」


力強く言い切りながら、自分が珍しく感情的になっている事を自覚したポリュデウケスは僅かに困惑していた。

元々は弟の代役でやってきた、乗り気ではない選考。

万が一選ばれたとしても弟に任せてしまおうとすら思っていた筈なのに。


(何故、この子供に選ばれたいだなんて…)

確かに王子ではあるが世継ぎではない。

王になるべき子供はこれから生まれてくるのだろう。

その証拠に、アルカディア王家に代々伝わってきた雷神の力を彼は全く受け継いでいない。

王兄として王を輔ける道を生まれた時から敷かれていた子供。

恐らく、父王以外の誰からも愛されていない子供。


下手をすると、遠からず火種に成りかねない危険な存在。



(それなのに、何故なのだろう)


彼に選ばれたい。

彼に望まれたい。

その身を助ける知識を与え、少しでも幸せに近い生を送らせてやりたい。


それは王子に対して抱くには不遜な思いではあったが、常に冷静で先を読む力に長けたポリュデウケスには珍しい、抗いようのない強い衝動だった。


スコルピオスは僅かに目を見張ったまま動きを止めていたが、ポリュデウケスの強い視線に耐え兼ねたようにふいっと視線を逸らした。

様々な感情を掻き立てる緋色が逸れて、内心安堵する。

闇を孕みながらも何処か無垢で純粋な緋色の目は、ある意味毒にも等しい。


(だが少し…)


淋しい、と続けそうになった自分の心に気づいたポリュデウケスは、静かに狼狽した。


「良かろう」


広間に響き渡る声にはっと顔を上げたポリュデウケスは、慌てて他の者と同じように跪ずいた。

王がいよいよ楽しげに候補者達を見渡して言う。


「これで全員の意見が出揃った。
後はお前の意思次第だ、スコルピオス」


王が膝に乗せた我が子の耳に唇を寄せて囁くと、小さな体が小さく揺れる。

上目遣いでちらりと父を見上げた後、幼い王子は端から順番に候補者達を見つめた。

その強い目が自分と合った瞬間、僅かに戸惑いに揺れるのを感じながら、ポリュデウケスは体の中から沸き上がってくる焦りのような何かを抑えつけていた。


(私をお選びなさい)


これ程までに強く何かを願ったのはどれ位ぶりだろう。

我ながららしくない強い希求に戸惑いながらも、知らず眼差しに力が篭る。


(貴方に生きる術を与えられのは、貴方を守る事が出来るのは、私をおいて他にいない)


それは自信でも予感でもない。

自分の気が狂ったのではと恐ろくなる程にはっきりとした確信。


緋色の目がぱちりと震える。

無言の内に何かを問うてくる幼子に、ポリュデウケスは小さく頷いた。


(お選びなさい。
私はきっと、貴方を独りきりにしない)


小さな手が躊躇いがちに懐の『それ』から離れ、ゆっくりとだが確かに自分を指差すのに、ポリュデウケスは自然と微笑んだ。




「決まりだな。
ポリュデウケス、お前を我が子スコルピオスの養育係に命じる」


王の華やかな声。

わっと起こる歓声と拍手。


しかし当の本人達に、その音は全く届いていなかった。







「これからどうぞ宜しくお願い致します、スコルピオス殿下」



言葉と共に向けられた微笑に困惑したのか、幼子は無理矢理顰っ面を浮かべる。




「ん…精一杯励むがよい」




ぼそりと呟かれた、小さな澄んだ声。


その不自然な不機嫌顔に笑みを深めながら、ポリュデウケスは一人心に誓った。




(嗚呼、私はこの方に生涯仕えよう)




(この命が終わるまで、ただこの方の為に…)






一日三食(SH/蠍受/冬賢)

カタン


射手「お帰りスコピーお疲れさま〜」

蠍「……ただいま…来てたのか、オリオン」

射「相変わらず酷い顔色だなぁ。オリオン様の特製弁当、ちゃんと食べた?」

蠍「ん…美味かった」

射「当ー前!
この俺様の愛情がたっぷり詰まってんだから、美味くない訳がない!
ちゃんと夕飯も作っといたぜ。風呂とどっち先にする?」

蠍「いや…」

射「あ、ここは『それとも、お・れ?』って聞く場面だったか?
ごめんよスコピー!そうだよなそれが男のロマンだよな!」

蠍「いや、そうじゃなく…夕飯はいい」

射「?どっかで食べて来た?
もしや上司に連れられて綺麗なおねいさんのいるお店に行ったとか…俺というものがありながらこの色男め〜」うりうり

蠍「違…っ!腹が空いてないだけだ」

射「夕飯食べてないのに?
会社でお菓子とか食べたり…はスコピーはしないよなぁ」

蠍「…」

射「冗談はここまでとして、いい加減白状しちゃいなよ。
スコピーは俺様が夕飯作って待ってんの知ってて何か食ってくるような奴じゃないだろ」

蠍「…夕飯は食べてない」

射「じゃあ夕飯以外のものは食べた訳だね。何食べた?」

蠍「…お前の弁当」

射「何時頃?」


蠍「……20時頃…」




射「…スコピー」

蠍(ビクッ)

射「俺言ったよね?外出ちゃって弁当食べるタイミングがなかったら、弁当はいいから何か買って食えって、言ったよね?」

蠍「あ、ああ…」

射「弁当を粗末にしまいとしてくれるのは嬉しいけど、俺が休みの時だけでも弁当作ってんのは外食続きのスコピーの体が心配だからであって、スコピーの健康を損なう為じゃないんだよ」

蠍「…」

射「ねぇスコピー…俺がいくらスコピーを大事にしててもいつだって一緒にいられる訳じゃない。
結局の所、自分を大事に出来るのは自分しかいないんだよ」

蠍「…すまん」

射「(俯いた蠍の髪に鼻先を埋めて)
分かってくれたのならいいよ。
余計なお世話ってのは俺も分かってんだけどさ、スコピーってばちっとも自分を大事にしてくんないんだもん。
仕事で忙しいんだろうけど、スコピーを大事に思ってる奴がいるって事、お願いだから忘れないで」

蠍「ん…すまない、オリオン…有難う」







狼「ただいまー……玄関先で何してんのあんたら…」

蠍「?!」

射「(びっくりして離れようとした蠍の腰をがっしり固定しながら)
お帰りエレフーお邪魔してるよ☆」

狼「うざったい星付けて話すな。
遊びに来んのはいいが人の通行の邪魔をすんな。
それから義兄さんの耳が有り得ない勢いで真っ赤だから離してやれ」

射「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまうぜ不細工ちゃん」

巫女「そうよエレフ!お義兄様達の邪魔したら一週間口利いてあげないんだから!」

狼「えっ何で?!(滝汗)
つーかミーシャいつから家に居たの?!」

巫「勿論最初からよ」

蠍「なに…?!」

狼「て事はずっとこいつらのイチャコラ劇場見てた訳?止めろよ!」

巫「こんな面白いの止める訳ないじゃない。ねーオリオン」

射「ねー!」

狼「さりげなく仲良し?!畜生ミーシャに話しかけんじゃねーよオリオン!」

射「うっせーよシスコン!」

巫「私だけじゃないわよ、勿論兄様もいるんだから!(ずるりと獅子の首ねっこ掴み引きずり上げながら)」

狼「兄貴も居たの?!でもそれ全力で死んでない?!髪の毛とかしおしおだぞ!
どうしてこんな事に…」

巫「お義兄様とオリオンのやり取り見てたらこうなったのよ。
大丈夫、お風呂に浸かれば戻るから」

狼「乾燥ワカメじゃないんだから!おーい兄貴!生きてっか?」

獅子「エレ、フ…」

狼「しっかり兄貴!傷は浅いぞ!…多分!」

獅「ツンな義兄上と、デレな義兄上…どっちが可愛いと思…う?」

狼「知るか!!!
何だよ思いっきり元気じゃねぇか!つーかどっちも可愛くねーよお前の目がおかしいだけだ!!」

射「え、スコピーは可愛いよ?」

狼「お前は黙ってろバカップル!!」

巫「お義兄様は可愛いわよ」

狼「え…?
ミーシャ…俺は?」←何でもミーシャの一番でいたい人

巫「エレフも可愛いわよ。ヘタレな所が特に(にこっ)」

狼「そっか俺も可愛いのか…ならいいや何でも(にこっ)」

射「エレフはミーシャが絡むと途端におバカになるなぁ」

蠍「…その意見には全面的に賛成するから、いい加減に離せ」

射「いーやーだ。二人羽織でスコピーに夕飯食べさせるまで離れないからね!」

蠍「貴様…正気か?」

獅「義兄上と二人羽織…グフッ(吐血)」

狼「あ、兄貴?!ちょっしっかりしろ!重い…!!」


射「想像するだけで昇天出来るなんて、レオン兄さんってば爽やかな顔して割とムッツリだな…」








賢者「イヴェール…君は一体何を読んでいるのかね」

冬「あ、いらっしゃいサヴァン。
姫君達が暇潰しにってくれたんだ」

賢「(よりによって何故BLを…)私がお話をしてあげるから、それを読むのはもうおやめ」

冬「本当っ?(目ぇきらっきらっ)」

賢「本当だとも(話題が逸れてほっとした様子)」

冬「わーい!
今日は朝までいてくれる?姫君達がいなくて退屈なんだ」

賢「ああ、いいとも(やはり子供だな…)」

冬「でも何で僕ら此処にいるんだろうね。
何だかかなり唐突だった気が…」

賢「それ以上言ってはいけないよイヴェール?(冬の唇に指を当て)
これは私達を書きたいという管理人の所謂大人の都合って奴さ。…といっても、君にはまだ早いかな?」

冬「よく分からないよサヴァン」

賢「分からなくていいんだよ。さて今日はどんなお話をしようかね」

冬「そこに物語があるのならば何でも!」
賢「ウィ・ムシューイヴェール。
君が眠るまで語り続けよう…」





冬「ところでサヴァン、二人羽織ってどうやるの?」

賢(ギクリ)




始まりの始まり1(SH/双璧兄蠍)

その細い背には、歪つに編まれた緋色の髪が、いつもゆらゆらと揺れていた。


きつく編み込まれた緋色の髪は尖端に向かうにつれ細くなり、紐で結ばれた部分を境にピンと跳ね上がっている。

その独特な形はまさに、蠍の尾を思わせるものだった。

母を失ってから決して誰にも頼らなくなった幼い指により生み出された三つ編みは、子供の利き手である右側に向かい斜めに傾き、編み筋もがたがたに歪んでいたが、無精さや見苦しさとはまた違う、鋭く輝く刃のような印象を見る者に抱かせた。


髪と同じ色をした瞳には、無邪気さの代わりにほの暗い焔が宿る。

その暗い陰りは、一国の王子として生まれながらも、正妃の子ではなかった為に王位から遠ざけられた少年の不遇な身の上も相まって、齢六つにも満たない少年に、年齢以上の風格と威厳を与えていた。



王の器を持ちながら生まれによってそれを拒まれ、王族にあるまじき『蠍』の名を戴いた子。

眼で、髪で、体全体で自らを産み落とした世界への憎悪を燃やさせる、血の色をした焔の子。


アルカディアの勇者デミトリウスとその愛妾の間に生を受けた赤子は、明るい眼の色とは裏腹に、酷く冷たい眼差しをした少年に育つ。


アルカディアの王子、スコルピオス。


未だ子のない正妃をこよなく愛するデミトリウスにより、母子は離れでひっそりと暮らしていた。

明るい宮殿の暗部で育ったスコルピオスは、その奇妙に大人びた態度と高潔さから次第に周囲から孤立していき、その孤独は病で母を失った事で決定的なものとなった。


その出来事は、それまで歪つではあっても表面上では穏やかだった宮中に、極小さな波紋を立てる。


考えようによっては自立心を養う機会とも言えるが、王子はまだ五つ。
いくら何でも一人立ちにはまだ早い。

周囲と馴れ合わぬ我が子を案じた王は、それまで母親に一任してきた教育を別の者に托す事に決める。

世継ぎではないとはいえ、王子の信任を得ておけばこの先は安泰とばかり、無数の者が名乗りを上げ、王の振るいにかけられた。

王の目に留まった者の多くは、予てより王子に勉学を教えていた者ばかり。


最終決定は王子自身に、と父王から判断を委ねられた幼子は、五歳とはとても思えない冷徹な目で傅いた候補者を見渡した。









(参った…)


磨き上げられた石の表面に映る自分の顔に、ポリュデウケスは俯いたままそっと溜め息を吐いた。


普段祭典に使われる時には何十という人が集まる大きな広間には、彼を合わせ十人の男が跪いている。

その向かいには宝石をふんだんに散りばめた豪奢な玉座。

奴隷が見たら目眩を覚えそうな程華美に飾られたその場には、王族とは思えぬ簡素な衣に身を包んだ人物が腰掛けていたが、宝石以上に華やかなその容貌は黄金に優る輝きで人の目を引き付ける。

眩いプラチナブロンドに一筋混ざる金色の光。
明るく透ける瞳は、見た者の目にしばしの残像を残す艶やかさ。

緩やかに弧を描く唇は、整っているが故えに何処か酷薄な印象を与える。


彼こそがアルカディアの勇者デミトリウス。
ポリュデウケスが仕えている偉大な王である。


その膝の上に腰を下ろしている幼子、スコルピオスは、いつも無表情な彼には珍しく、落ち着かない様子で焔の色をした三つ編みを揺らし、血を固めたような眼を頻繁に瞬かせている。

人に触れられる事を極端に嫌っている少年が、父とはいえ他人に身を任せているのは極めて珍しい光景だったが、力強い王の腕がその腹に回されているのを見つけたポリュデウケスは、何となく少年に同情心を抱いた。


見るからに華やかな存在、これぞ貴族といった風格を持つ父子二人はそれぞれ美しいが全く似ていない。

今の所デミトリウスの唯一の子であるスコルピオスは、殆ど彼の母親の生き写しで、それがまた彼の立場を微妙なものにしていた。



(しかし、長いなぁ…)


跪いて床石を睨みつけてどれ位の時間が経ったろう。

王子の養育係候補十人のアピール合戦は、静かに熱気を増しながらポリュデウケスに近づいてくる。

左端に跪いた男を皮切りに、今まで教科を教えてきた彼らの熱心な長口上を聞きながら、何度か眠気に襲われつつ、ようやっと隣の男の番になった時、思わずポリュデウケスは溜め息を吐いた。


(恨むぞ、カストル)


本来なら自分の代わりにこの場に来る筈だった双子の弟に、頭の中で恨み言を呟く。

普段は全くの健康体なのに、いざという時に体調を崩すとは武人として如何なものか。


アルカディアの双璧として名を馳せる双子の兄弟は、古くから武人として名高い名門の生まれである。

今回の養育係の件も真っ先に話が来た辺り、王からの信頼も篤い。

王にならずとも将来必ずその補佐役となるだろう王子の世話係とあれば、非常に名誉な事である。

王からの誘いに考えに考えた双子の兄弟は、次男であるカストルがその選考を受ける事にした。

長兄はあくまで次期国王の側近として仕えるべきだというのが二人の下した結論だった。


(それなのにあの馬鹿、怪我などしおって…)


カストルが負った怪我は軽いものであったが、入り込んだ細菌のせいで昨夜から高熱が下がらなくなった。

これではとても王の前に立てない。

王から誘われた以上不参加など以っての外。



多忙であるポリュデウケスが、仕事の時間を割いて広間で長々と跪いているのはこうした訳であった。

代理である分どうしても他人事めいた感覚は否めず時間を持て余していただけに、解放の予感は甘く心を解す。


だがしかしここからがまた長かった。



(よくもまぁそんなに語る事があるな…)


ポリュデウケスが感心する程隣の文官の論説は長い。

基本的に無口な自分ではこうはいかないだろうとぼんやりと思いながら、磨き上げられた石から目を僅かに上げる。

自分の渋い顔もいい加減見飽きてしまい、何となく目標物を探して視線だけをうろつかせる。


中央に腰掛ける優雅な父子に自然と目を引き付けられる。


改めて種類の違う美貌に感嘆しながら、ポリュデウケスはおやと目を眇めた。


面白がる子供のような顔で話を聞いている父王に対し、膝の上の王子は俯いたまま如何にもつまらなそうにしていた。

白い額にくっきりと刻まれた皴に、ポリュデウケスはその心中を察し同情を深める。


(人嫌いなお方なだけに、こういう場は苦手なのだろうな)


ポリュデウケスが彼と接点を持ったのは数える程しかなかった。

双璧の片割れである彼は弟とともに王に付き従うのが常であったし、武芸の稽古をつけようにも王子は昔から体が弱く、師弟という関係には程遠かった。


(だが私達に打診して来た事から考えても、王はこの状態をどうにかしたいとお考えなのかもしれない)


アルカディアの男達は武芸を極めた者を支持する傾向が強い。

ましてやこの戦続きの御時世では分かりやすい英雄が必要不可欠、王族なら尚更である。


(それを考えると私かカストルを教育係にという陛下の判断は正しい…だがそれと養育係とは別の問題な気がしてならんのだが…)


一国を率いていく王族ならば、武芸だけ秀でていても策謀にだけ長けていてもいけない。

武芸、戦略、教養、帝王学、その全てに通じてこそ国を動かしていく事が出来る。


あくまで一武官である自分やカストルに、そんな事を教える才覚があるとはとても思えなかった。



(武芸を教える位ならいいが…正直言って荷が重い…)


万が一自分が選ばれてしまったら、教える分野を武芸に留めてくれるよう、謹んで具申しようとポリュデウケスが密かに決意をしていると、視線に気付いたのか、俯いていた緋色の瞳が正面からポリュデウケスを捉えた。


gift(SH/射手蠍)

運命って言葉は元から好きじゃない。

普通の感覚を持つ奴、ましてや奴隷の生まれなら珍しい話じゃない。

だってそうだろ?
生まれた瞬間から誰かに傅いて生きていくのを定められて、喜ぶ奴がいる訳がない。

主を選ぶ権利も、贅沢とも言えないようなささやかな欲求も許されない。

自由なぞ欠片も存在しない、そんなどうしようもない人生を、自分以外の誰かから強いられるなんて理不尽極まりない。





(でも、それでもさ)


(あんたに出会って俺、ちょっと考えを改めたんだ)


あの日、真っ赤な夕日に照らされた、全身を血で赤く染めたあんたに出会った。


返り血で汚れた顔を拭いもせず、爛々と輝く瞳に射られた時俺は腹立たしい事に、ああ全くもって腹立たしい事に、胸糞悪い運命とやらを悟ってしまった。


自分は彼に殺される為に此処まで来たと。


実際、あの後俺の人生は急転直下の勢いで奈落へと駆け降りる嵌めになった。

折角王子になったってのに、俺の世界をまた真っ暗闇に戻しやがって、全くなんつー悪人だ(悪いのは人相だけにしとけよそんなだから友達いねぇんだ不器用ちゃん)


それでもその先を知っていながら、全力であんたの背を追い、ひた走る事しか出来なかった俺は、あんたから見たら恰好の道化だったろうよ。



でもよ、あんたには意外だろうが、あんたが俺をどうする気なのか、ある程度予想はしてたんだぜ?

こう見えて俺、あんたが思ってる程お馬鹿ちゃんじゃないつもりだからさ。


女神から与えられた星屑の矢。

遂行しなければならない、運命に定められた任務。



そんなんはっきり言ってキャラじゃない。

でもいい加減この理不尽極まりない世界には嫌気がさしていたし、失うものなんて何もなかったから、どうせなら一矢報いてやろうだなんて我ながら青臭い考え。


どうせなら少しでも納得出来る死に方がしたかった、なんて言ったら、生きたがりのあんたは不可解そうに眉を寄せるだろうか。


死ぬ事を負けだと考えてるあんたには、きっと一生分かんないんだろうな。

あんたのそういう所、個人的に嫌いじゃないよ。



例えロマンチストと嘲笑われようと、少しでも納得のいく死に方がしたかった。

星屑の矢でかつての英雄を殺しても、見ず知らずの一介の兵卒にやられんのは、何かちょっと淋しいだろう。


どうせなら自分が認めた奴の手で…好いた奴の手で屠られたいだなんて言ったら、あんたどんな顔したろうな。


嘲笑?困惑?憐憫…はないなぁきっと。


どうしていいか分からない、仮面のような無表情。


多分きっとそれが正解。




劇の途中で素に戻る、そんな詰めの甘い野郎だなんて思っちゃいなかったが、俺を切り捨てたあんたが泣かなかった事に正直ほっとした。

ほら俺ってば人気者だからさ。
もしかしたらもしかするかも…って心配してたんだ。

だってあんたも多少は俺の事を好いてくれてただろ?

言わなくたって伝わってたぜ。
俺空気は読める方だから。



あんたの性格上、泣きはしないと分かっていた。

そもそも立場が許さない。

父王を射殺した射手の為の涙。
それは絶対に許されないもの。



だから、その代わりっちゃあなんだけどさ。


運命って奴に抗うのを辞めてから、密かに抱いていた願い。



最期にあんたの顔を見て逝けますように

最期にあんたの痩せっぽちな体を俺の血で汚せますように

最期に聞く声があんたのものでありますように

最期にもう一度、あのひやりとした手に触れられますように――




それだけでも結構欲張りなのに、駄目だなぁ俺ってば奴隷上がりだから自分でも言うのもあれだけど貪欲でさ。






「ね…笑って、くんない…?」




けったくそ悪い、逃れようのない赤黒い足枷を解く為に、それはどうしても必要だから。

このままじゃきっと俺、冥府にだって行けやしない。



(だから、与えて?)



(最初で最後の贈り物)



ぬるりと血に濡れた掌で白い頬を撫でる。


ふっと、微かに震えながらも不器用にめくり上がった唇に束の間瞬いて、射手は最期に弾けるような笑みを見せた。










鮮烈で理不尽な運命の赤い使者


(最後の最期に惚れ直させるなんて、全くこれだから運命って奴は!)

緋色(SH/獅子蠍)

「ねぇあにうえ、あにうえのみぐしはなぜ真っ赤なの?」



赤いマントを絡め取られ、振り向くと腰の辺りに小さな顔。

暖かな茶に金色が混ざった柔らかな髪の間から、きらきらと見上げてくる色の薄い瞳に、スコルピオスは溜息をついてその手からマントを救出した。


「何故って、理由なぞない。
母上の髪が赤だった、それだけだ」


何のことはないただの遺伝だ、と吐き捨てるスコルピオスを見上げて、幼い弟は小さな手を伸ばす。


「きれいでいいなぁかっこいいなぁ!

ねぇあにうえ、わたしもいつかあにうえのようになれるでしょうか?」


無邪気な唇から放たれた言葉に、一瞬スコルピオスは凍ったように動作を止めた。

不自然に固まった兄を気にするでもなく、幼子は細い背中に流れる豊かな赤いうねりに触れようとする。

まだ柔らかなその指をやんわりと捉え引き離しながら、スコルピオスは頬を歪め、笑った。



「お前は私のようにはなれないよ」




生まれた時から血で塗れた道を行くと定められし者

生まれた時から光の溢れる道を行くと定められし者


両者の背には、決して交わる事のない鮮やかな色の髪が、行く先を暗示するように揺れていた。



スコルピオスの静かな拒絶に、幼子の丸い目が見る間に潤んでいく。


今にも雫が落ちそうな眦に目を細め、スコルピウスはじっと何かを考えるように首を傾げていたが、不意に身を折り、小さな白い耳に囁いた。


「どうしても私のようになりたいというのなら、そうだな…一つだけ方法がある」


「ほんとうですか?」


忽ち見開かれた薄い瞳が明るく透けて、金色に輝いた。

たったそれだけで、まるで雲間から陽が顔を出したように、辺りが明るくなったような錯覚が起きる。


眩い光はスコルピオスの目を鋭く射て、彼の心に深い闇を投げかける。



(金色の光)

(雷神の系譜)


(私は受け継ぐ事が出来なかった父の力)


(王位を約束する血の証)



(私には決して手に入らないもの)



ただそこにいるだけで人の目を引き付ける、王者としての先天性の才を持つ幼子に、スコルピオスの胸はどろりと崩れる。

「どうすればあにうえのようになれますか?おしえてください!」


僅かに陰った兄の顔に気づかずに、再び伸ばされた幼子の手が、マントをくしゃりと花びらのように歪ませる。

喜色満面の幼い弟に微かに目を細めて、スコルピオスはふっと微笑んだ。





「自分で考える事だな。

人が示した道を唯々諾々と辿るようでは良い王にはなれぬぞ、レオンティウス」


「はいっあにうえ!」



















(雷光に愛された小さな獅子よ)



(幾千もの命を屠りその血を浴びれば、お前もきっと私と同じ道を辿るだろう)

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