話題:鬱

主人が生活保護を受けに役場に行きました。
しかし、申請書は貰えませんでした。
私は、役場は働けない人間は死ねばいいと思っているんだな。と思いました。
同時に働けない私は死ねばいいと思われてるんだな。と思いました。

主人が主人の両親に頼みこみに行きました。
しかし結果は無い袖は振れない。
私は、主人の両親は私が死ねばいいと思っているんだな。と思いました。

主人が私のことを『お荷物だ』と言いました。
私は、主人も私のことを死ねばいいと思っているんだな。と思いました。

そのうち、皆が私のことを死ねばいいと思っているんだな。と思うようになりました。
そのうち、皆に死ぬことを願われてる…私は生きていてはいけないのではないのか?死ぬことが正しい選択ではないのか?と思うようになりました。

ODしました。
しかし、直ぐに主人に見つかって、全部吐き出させされました。
主人に心療内科に連れていかれました。
時折、不整脈や呼吸困難、心臓部の痛みなどがあったので検査されました。
結果は異常なしでした。
性格(人格)診断のテストも受けました。
結果は知りません。
そして私の病気の診断名が告げられました。
双極性障害T型。所謂、躁鬱病です。
薬が処方されました。
少し楽になりました。

主人がいなくなりました。
自殺しそうなくらい憔悴しきっていた主人…
私は主人が心配でした。夜も眠れず、ただひたすら主人の帰りを待ち続けました。
でも…朝になっても主人は帰ってきませんでした。
私は、勇気を振り絞って、警察署に向かいました。主人がいなくなったこと、主人が自殺する可能性があることを訴えました。
とりあえず、捜索願いを出すことになりました。
そして、その帰り道、私は左足の異変に気付きました。足が痛い…歩けば歩くほど痛みは増しました。立っているだけでも痛い。座ることも出来ないほど痛い。やがて、左足は痛みで曲がらないほどとなり、私は足を引き摺って帰宅しました。

主人が家にいました。
主人は私の様子を見て、直ぐに私を車に乗せ、整形外科へと向かいました。
結果は椎間板ヘルニア。
私は整形外科にも通うことになりました。
しかし、治療の一環で注射があるのですが、私の血管はもともと細く、注射が射ちにくいのです。案の定、手こずる看護婦さん達。
私はそれを見ながら思いました…
私が太っているからいけないのだと。そして、看護婦さん達も、そう思っているに違いない!と…
そして私は注射をやめて欲しいと先生に伝えました。注射はなくなりました。が、看護婦さん達が、陰でコソコソ私の話をしている気がしてならず、私が太っているから…私が太っているから…という思いも消えず、看護婦さん達が私の悪口を言っていると思って、整形外科に行くのがスゴく辛くなりました。

心療内科診察日。
私は、そのことを先生に話しました。
薬が増えました…