彼女との仲

7月末に付き合ったので、もう5ヶ月目に突入したことになる。
喧嘩もせず、電話はしないけどLINEの交換は良くしてて、何でもない会話を楽しみながら仲良く過ごしていると思う。

最新実家にて、2匹猫を飼っていたがそれに+して新たに2匹引き取ることになった。
どうやらうちの庭に住み着いていた母猫が育児放棄したらしく、やむなく引き取ったかたちになる。

オス猫とメス猫、去勢するまで檻の中で生活はしているものの、家族には大変なれゴロゴロと喉を鳴らしながら、俺にも甘えてくる。
膝の上に乗せて撫でてやりながら、ブラッシングをし、落ち着かせてから檻に戻す生活をもう1ヶ月ほど続けているだろうか。

撫でている際、猫が尻を上げるのは気を許した時・親愛の情を抱いている時と言うものの、俺にも頻繁にその格好を晒すのはそういうことなのだと思う。

この2匹は俺が休職期間を終えた際、話の流れで引き取ることになっている。
さすがに猫4匹を母一人で見るのは不可能に近いし、それもまぁありかな…と思いつつも、彼女に「俺と同棲したら猫2匹もついてくるんだけど…」と話したら、彼女は大喜びだった。

元々犬を始めとした動物を飼った経験があるため、動物好きな彼女で良かったと思う。
やがてお世話になるかもしれないオス猫とメス猫の子猫を写真で送ると、嬉しそうな返事が返ってきた。

美人で料理が上手くてスタイルが良くて、動物や子どもが好きで優しい彼女…あんたには勿体ないねと言われつつも、そんな揶揄などどうでも良くなるくらい彼女とのこれからを楽しみにしている。

ネットでの死亡報告の続き

あれから後ほど、俺が所属するクランに彼女の彼氏が訪れた。
2人で話したかったらしい。

そこで聞いたのは
・難病指定の持病を持っていたこと
・薬を定期的に飲まないと、死に至る病気だということ
・たまたまが重なり薬を飲めず、出てきた症状を胃腸炎と勘違いし、数日放置したこと
・具合が悪いという彼女に対し、救急車を呼ぶことを諭せなかったこと
・様態が急変し、もう寝るねという彼女に対して、明日は必ず病院に行くようにとしか言えなかったこと

自身が医療系の学生でありかつ、「いつか私の病気を治してね」と言われていたにも関わらず、自分が殺してしまったようなものだと後悔しかない日々ですと、文字のやり取りであったが、明らかに泣いているのがわかった。

彼女が死亡したことがわかったのは、全て済んだ後に彼女の家族から連絡を貰ったらしい。
合わせてもらえるか分からないが、彼女の実家である千葉に電車に乗っている途中とのことだった。

誰かに話しても解決することは無い。ただ、誰かに肯定も否定もなく、話を聞いて欲しいことがあるのは分かる。
話を聞いて一言だけ彼を諭した。

「彼女のことは忘れないでいてあげて欲しいけど、君はまだ若い。時間は優しく記憶を薄れさせてくれるから、それに身を委ねてこれからを生きて欲しい。
それが残されたもの・生きていくものの務めだと思う。
やがてまたいつか、人を好きになることがある。その時はその人を全力で愛してあげて下さい。
君は悪くない。誰も悪くないから気に病むことは無い。

君の幸せは彼女も願っているはずだ」と。


俺もずっと待っている。初めてブログで友人になったみみちゃんからの連絡を。
例えLINEの登録者が変わった=携帯が解約され、別の人が使っているとしても、俺の携帯には君の名前で登録しているから。

癌を克服し、再発した記事を最後に連絡が取れなくなった。
赤羽で焼き鳥を食べに行こうと約束したじゃないか…これ以上誰かの死を見たくない。生きたい人に生きて欲しい。
やっと好きな人と付き合えた彼女、旦那さんと結婚し、新婚生活を満喫し始めたみみちゃん。

なぜそんな仕打ちを繰り返すのだ。
死ぬべき人間は他に沢山いるじゃないか。慎ましやかな幸せを奪うな。

ネットのでの死亡報告

とあるオンラインゲームをもう4年ほどやっている。
老若男女問わず楽しめる点が気に入っているが、その中で今年の5月から仲良くなった女性がいた。

異性というより、1プレーヤーとして楽しかったので、相手のクランに寄ったり個別に連絡をとったりしていた間柄だ。
8月には実際に話したこともあり、20代後半の普通の女性だった。

昨日、その女性が病気により亡くなったと風のうさわで聞いた。
見てみると、彼女がリーダーを務めていたクランは閉鎖になっており、亡くなったことが事実かどうかは別として、クランが閉じたことは間違いがなかった。

ネット上での付き合い、けれど気の合うユーザーに何かがあるというのは酷く気分が落ち込むものだ。
また何よりも9月に実際に話したことがあり、12月に亡くなったとするならば、病気は進行していたことになる。

癌なのか?それとも全く別の物か。3ヶ月で命を奪う病気とはなんなのか…考えても仕方ないけれど、死んでしまったら何も残らないじゃないか。
あまりに悲しすぎる出来事、言葉を失うしかなかった。

休みの日何してた?っていう問い

会社の食堂にて、そこらじゅうで見聞きするタイトルの問い。

本当に無意味で嫌いだ。なんて答えて良いのか分からないのと、仮に聞いたところで興味が無いから。

家族連れの父親社員なら子どもと遊んでいたとか、買い物行っていたとかあるけれど、独身男性に聞いたところで「遊びに行っていた」とか「寝てました」くらいしか返ってこないだろう。

会話を広げる一環としての社交辞令的なものなのは解る。解るが、この「休みの日何してた?」って下らないし興味もない問いを、一斉にやめるだけでどれだけ過ごしやすい空間になるだろうなと思う。

ちなみに俺が正直に答えるならば、
・スマホずっと弄ってた
・脱サラのための事業進めてた
・ラーメン食いにいってた

だが、表向きには
・知人と遊んでいたが、夜はうちにいた


で済ませる。
程々にアウトドアと思わせつつも、インドアも好きという全く印象に残りたくない回答を心がけている。


〇〇さんのとこの娘さんが3歳になった→正直興味ない、顔も知らないし。
△△さんのとこの息子さんが有名私立に受かった→同上
さんのとこの嫁さんが妊娠した→同上


ほんと興味無い。
だから俺にも聞くな。

俺なりの優しさ

気の合う人に出会う時がある。
言葉では言い表せないが、波長が合うということだ。

幼い時からその事に気づいていて、母を失い、多感な青春を過ごす中で疑問は核心へと変わっていった。
その波長が合う人達をこの掌で数多の意図を操るごとく、様々な感情・関係性へと育てていった。
同時に当時流行っていたガラケーによるメル友を毎日数人作り、彼女らとのメールを通じて、偶然にも必然的に人の心模様の特性を感覚として理解するようになった。

見てきた人模様の延べ数は数千人は下らない。それを一過性ではなく、長くて数ヶ月から数年のやり取りをするわけだから、人たらしにもなるわけだ。
話は戻り、その関係性を好意・友情・敵意へと育てる術を身につけ、同時に「その相手とはどう育っていくのか」を、瞬時に見抜く感性がいつの間にか備わっていた。

過去にも書いた通り、20代はほぼ女性とのお付き合いはない。お付き合いはないのだが、好意を持たれた女性の数は数十人は下らない。
何故ならば、出会った時にどんなふうな関係性に育つのか理解をし、そう育つように仕向けたから、だ。

だからモテた。普通のスペックでも関係なく。
しかし付き合わない。当然か相手の女性は遊ばれたと感じ、離れていく。
そう仕向けたのは自分なのに、追いかける。その無味無臭の日々を送りながら、いつしか元カノと付き合った際に、「回避性依存性じゃないか」と言われ、今に至る。

そう、本当はわかっていた。異常性がモテさせるのだと。
同じ波長の女性がよってくるのは、そのせいなのだと。
ただ寂しかったから、好きでいてくれることに安心したかったにも関わらず、あと1歩を踏み込むことが怖かっただけだ。

もう被害を増やしたくないと、それだけは切に願う。だから言うのだ。同じ波長の者には「俺は回避性依存性だからね」と。
距離を詰めても無視をして欲しい。仮にそれに対して行為を抱いたとしても、弄ぶくらいで留めて欲しい。

誰も傷つけたくない。人は本来、いつでも笑顔で生活を送るべきだ。悲しませたくない。回避性依存性だと伝えるのは、俺の最後の良心。
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