もう自分に、金輪際諦めてほしいことがある。
多分、恐らく永遠に、わたしが思う世間一般に考えられる正しい反応というのを、わたしが出来ることはない。

出来ることはないっていうか、わたしがどう感じようがわたしの人生なんだから良いだろ。

わたしが、夢みたいな夢を今さら持っても、「それに失望した」とか、「わたしは自分がもっと堅実な人間だと思った」とか、言われる筋合いがない。
お母さんでさえそんなこと言わないし、わたしの周りの人はわたしの選択を受け入れてくれた。

夢を見つけるの遅かったけど、誰よりも叶えようとするのが早いだけだ。

後ろめたさはない。
でもわたしが分かってくれなくて、わたしが、わたしが夢見ること、夢を叶えること、わたしの夢みたいな夢を現実にすることを許してくれなくて、それが悲しい。
わたしの夢を叶えてもいいだろ。
受け入れてくれてもいいでしょ。

だからもう、わたしに「わたしの考えた普通」とか、「世間一般に正しいと思われていそうなこと」を押し付けないでほしい。
わたしはそうはなれないって分かってるくせに。分かってるから押し付けてるのも分かってるけど。

諦めよう。永遠にわたしはわたしでわたしのためにしか生きられなくて
超自我主義です。

…価値観を押し付けるのは親だと相場が決まってるけど、うちの両親は本当に子供を信じてるので、そんなことしない。
だから、憎むべき対象がいなくて、わたしは自傷するのか。