旅立ちの準備……それは、様々な形がある。
買い出しもそうだし、狩りもそうである。
今回は武器や防具調達組と、道具調達組、そして狩り組に別れた。
「釣りは狩り扱いで良くない?」と訊いたリュウの意見は「武器防具一新するのにお前がいないとダメだろう」というランドの一声で即却下された。
と、いうわけで。
狩り組は棒使いリンプーと弓使いボッシュ、それから「ここが一番楽そう」という理由でディースがついてきた。
「じゃあみんなが驚くぐらい成果あげるか!」
「そうだね!あたし達にかかってるもんね!」
そう言って、息を殺して獲物を仕留めていくリンプーとボッシュ。
ディースは、しばらく木陰で昼寝していたが、いざ起きても劇的に獲物が増えていたわけではなかった。
息を潜めて、獲物の行動を先読みし、的確に急所を突いて仕留める。
その様子は、ディースにとってはとてもかったるいものだった。
「あぁ、もう……面倒だねぇ、何もかもを焼けば良いじゃない……かっ!」
ドーンと森を爆発が揺るがす。
あっという間に辺りは黒焦げになっていた。
無論……森も獲物も、である。
「ディース、これどーすんのさ」
リンプーの狩った分と、ボッシュが狩った分はまともな肉だが、ディースが狩ったものは全部丸焦げだった。
しかも、ディースが狩ったおこげと化した獲物が少ないのならまだしも、リーチの短い棒で狩るリンプーや集中力が必要な弓で狩るボッシュに対し、適当に魔法を乱打するディースの狩りは大胆且つ一頭を狩るための所要時間も短時間だ。
……つまり、リンプーとボッシュの獲物を合わせた量より、ディースの作り出した黒い山の方が量が遥かに多かった。
「…………まぁいい。取り敢えず共同体に戻るか」
「これからの旅のためにたくさん獲物を狩ってきてくれよ」と、言っていた相棒に、どう説明したら良いんだ……と、ボッシュは考えながらそう呟いた。
■□■□■
女性陣に持たせるのも酷だからなのか、ボッシュが狩りの成果を持って帰ってきた。
重いのか何なのか、ボッシュの足取りまで重そうだ。
期待しながらその『狩りの成果』を見て、リュウは絶句した。
「女性二人に自分一人男という逆紅一点だからって、適当にしてたんじゃないのか」という気持ちを全力で込めて、リュウは恨めしそうにボッシュを見る。
対してボッシュは「違う!オレじゃない!」と主張するべく全力で首を横に振った。
「どうするんだ、捨てるか?」
「ノンノン、生き物の命を捨てるのは良くないデスね。ワタシが食べマスね」
夕食時。
不安げに見守る一同にニッコリ笑うと、タペタは自ら皿に大量のおこげを乗せて、まるでおこげではないかのようにフォークとナイフを使い、優雅な所作で口に運ぶ。
食べはじめた時は「オー!ちょっと苦いけど、まさにおこげって感じデスね」等と楽しそうに言っていたのに、皿の半分ぐらい食べた辺りで、タペタが全くの無口になっていることに気がついた。
「タペタ……?」
びっしょり脂汗をかいたタペタがリュウの視界に入った。
「大丈夫デスね、おこげ欲張って食べ過ぎてお腹痛くなっただけデスね」
どう見ても大丈夫じゃない様に、一同不安になる。
「お腹痛くなったので、先に休みマスね」
おこげの威力に驚愕するべきなのか、食べようとしたタペタの体……というよりは頭を心配すべきなのか。
食堂の一人離れたところで、ディースが神妙な顔でタペタが席を立つところを見ているのが、ニーナの視界に映った。
「ディース……?」
「あー、あのおこげは全部ディースのヤツだからね、やっちゃった〜って感じてるんじゃないの?」
リンプーが苦笑いする。
それだけとは思えない雰囲気を、ニーナは何となく感じた。
■□■□■
翌日。
消化不良から起こる腹痛は一晩では収まらなかったらしく、流石にタペタを休ませることになった。
「いいよ、元々はアタシが原因だから、ちゃんと看病してやろうじゃないか!」と、ディースが看病のために共同体に残る事になった。
ディースが責任もって看病すると、ディース自身が名乗りをあげる。
……ディースが、自分で看病すると言い出す気持ちはわかるが、狩りで火力を一切調節せずに魔法をぶちかますような大雑把な彼女は、そもそも看病にあまり向いていないのではないかという疑念があった。
ディースに看病させたばっかりに、一日休めば良かっただけのタペタが一週間ぐらい寝込んだり、共同体が半壊なんて事になったら、目も当てられない。
「ディースは看病とか出来るのか?」と、何気無くリュウが問う。
無論知識が豊富なディースの事だ、普段はともかく……いざというときは頼りになると思って、『一応』訊いてみた。
……それだけだったはず、なのだが。
「大丈夫さ、こんなの『万能薬』と『気付け薬』と『元気玉』を適当に腹一杯ぶちこめば良いんだろう?」
自信満々に、ディースは言った。
その言葉に一同は戦慄する。
明らかにディースの看病は被害が甚大になる。……誰もがそう思った。
「相棒!ダメだオレが看病する!ディースはタペタを殺しかねない!」
ボッシュがこの世の終わりのような表情をしてリュウに詰め寄る。
「俺も、ディースはヤバイ気がするな。がさつそうだから、この手の状況には一番向いてないぞ」
呆れたようにランドもそう呟いた。
回復のエキスパート二人がそういう時点で、残りのみんなも、「ディースに看病させるのはまずいのでは?」という空気が流れ出す。
「アンタたち、アタシを誰だと思ってるんだい!アタシは、大魔導師ディース様だよ!」
「ディースは回復とか出来たっけ?」
不安な表情でボッシュが問う。
対してディースは自信満々な笑みを浮かべている。
「回復魔法?そんなの、アタシは一切興味ないから知らないよ。覚えようという気すらないね」
「…………回復魔法については、この際置いといてだな。流石に応急措置についてぐらいはわかるだろ?」
ランドが、頭を抱えながら次なる質問をする。
そもそも食あたりで意識を失ったりするわけがないし、本来なら食あたりが原因の腹痛だとわかって寝ている時点で、応急措置も必要ない。
胃に負担をかけないようにして、安静にしていれば良いだけの話だ。
大人しく普通に看病するなら別に何の問題もないはずだ。
……普通なら。
ただ、ディースの看病がそもそも普通につつがなく終わる可能性が低そうな以上、『何かあったら』は想定しておく必要がある。
ランドは、そう考えたが故に、質問したのだった。
ちなみに、最早ランド……むしろディース以外の全員がマトモな回答は来ないだろうな……と、薄々感じていた。
「当然じゃないか、そんなのバルハラーかドメガでドカンとやりゃ衝撃で起きるはずさ」
案の定、大味な答えにボッシュは戦慄した。
無論、『攻撃魔法で衝撃を与えて気絶した相手の意識を戻す』という荒唐無稽な発言は、ディースの冗談の可能性もある。
だが、昨日のディースの狩りを間近で見ていたボッシュには、それが冗談だとはとても思えなかった。
「相棒!!やっぱりオレが看病する!っていうかさせてくれ!」
すがり付いて直談判するボッシュに、ディースの気持ちを尊重しようと思っていたリュウも、流石に本気で悩み始める。
「何言ってんだい!看病ぐらいアタシにかかれば余裕だよ!」
「別の意味で余裕ってやつだな……どうする?リュウ」
リュウは頭を抱えた。
頭が痛い。
むしろ今の自分は、タペタより重症なんじゃなかろうか。
……しかし、ディースの看病は何がなんでもお断りしたい。そう思った。
■□■□■
結局、話し合いの結果
・魔法禁止
・アイテムは適量以上使うの厳禁
・根性論で無理をさせるの禁止
という条件で、ディースが看病することになった。
「珍しいよね、面倒だから看病なんてやらなさそうなのに」
不思議そうに、リンプーが呟く。
「きっと、責任を感じているんじゃないかしら?ディースは、結構タペタを気に入ってるみたいだから」
朝、珍しく誰にも起こされずに起きてきて、みんなに
「アタシがやらかした事だから、アタシがアイツを責任持って看病するよ」と、言ったディースの姿を思い返して、ニーナは楽しそうに微笑んだ。
■□■□■
「……アンタ、本当にバカじゃないのかい?」
ボッシュがお粥を作っておいてくれたので、タペタの部屋に持っていく。
いくらズボラでがさつなディースでも、流石にお粥を盛り付けるぐらいは出来る。
……作れと言われたら、また一つおこげが増えるか、あるいはデスおじやを作ってしまったかもしれないが。
ほら、と無理矢理押し付けるようにお盆ごとタペタに手渡すと、タペタは笑ってそのお盆を受け取った。
「私の国の食べ物、リュウたちの口には合わなかったデスね。つまり、リュウの食べたくないものはワタシにとって美味ってことデスね」
「子供の屁理屈の方が、まだ筋が通ってるよ……。んで、結果は?」
「とっても苦かったデスね」
「……だからバカじゃないのかって、言いたくなるんだよ。そんなのやる前からわかってただろうにさ」
おこげが苦いのは、何百年前からそうだったし、何百年後もそうだろう。
晴れた日の空は青く、燦々と輝く太陽は赤く、風を受けてなびく草が緑で、生物や植物を支える土が茶色なのが変わらないのと同じくらい、おこげは黒く苦い。
「ノンノン、ディースさん……それは違うデスね」
「は?」
「やる前からわかってることなんて、この世に存在しないデスね」
「それは時と場合によるじゃないか……。『おこげ』が焦げてて苦いことぐらい、食わなくてもわかるだろ?」
自分が作った大量のおこげを思い出して、気まずそうに頭を掻くディースに、タペタは微笑む。
ディースは馬鹿にされてるのかと一瞬思ったが、すぐに思い直した。
タペタがそんなことをする気なんて微塵も持ち合わせていないことは、この旅で呆れるくらい痛感している。
おこげの山をにこにこと見つめるタペタ。
対してディースは非常に居心地が悪かった。
責められてないとしても、このおこげを量産し、タペタに腹痛を与えて休養を必要とさせてしまったのは他ならぬ自分だという自覚がある故に複雑だった。
「おこげと言ってもなかなか面白いデスよ、時々、焦げてるのが外側だけの獲物、あったデスね」
気品溢れるタペタは、食事の際には基本的に食べるものをナイフやフォークで一口大に切り分けてから口に運ぶ。
かぶり付くのではないから、その際に切り口から焦げ具合がわかるのだろう。
「今から切るところ、見てるといいデスね」
タペタは、残っていたおこげを、フォークとナイフで丁寧に一口サイズに切り分ける。
切った断面を見せると、確かに物によって焦げ具合が全く違っていた。
「ホラ!切ってみないとわからないデスね」
満面の笑みで嬉しそうにそう告げるタペタに、ディースはため息をついた。
「……アタシには、どれもこれもただの焦げの塊にしか見えないけどねぇ」
「それに、焦げかたで苦味、全然違うデスね。一言で『おこげ』と言っても、奥が深いデスね」
「……あっそ」
「だから、『おこげ』に耐性が付けば、ワタシはおこげの良さを追求出来マスね」
その言葉に、思わずまじまじとタペタを見つめてしまう。
全くもって理解しがたい言葉に、ディースは軽く……でも、ちゃんと痛みを感じる程度には強めに、タペタの頭を小突いた。
「耐性付けなくても良いし、良さを追求もしなくていいだろう!ったく、本当にアンタは……。頭はちゃんと付いてるのかい?少しは物を考えて喋りな」
おこげが奥深いとタペタは簡単に言ったが、正直おこげに奥も手前もあってたまるか、とは思うし、体に害を及ぼす塊に対してなんて、何をしたって耐性なんて付くわけがないと思う。
ただ、タペタが言うと嘘や冗談にに聞こえないのは何故だろう。
頭の中ではちゃんと『有り得ない』とわかっているのに、心で『もしかしたら……』と思わせる不思議な力がタペタには存在した。
(違う、力なんて崇高なモノじゃ無いねぇ)
タペタはただ、自分が思ったことを信じて疑わないだけだ。
しかも、頑なに自分を騙すような信じかたをするのではなく、息をするのと同じように……当たり前のように自分の考えを信じているから、タペタが言うことも自然で当たり前のように聞こえてしまうのだろう。
「ワタシの知らない世界を知るのって、楽しいデスね。世界は広いデスから、まだまだ知らない世界たくさん有りマスね。こんな世界もあると教えてくれたディースさんには、感謝してマスね」
タペタの言葉に悪気や嫌味はない。
純粋に感謝が伝わってきて、ディースは呆れ返る。
しかし、確かに能天気な言動に呆れはしたが、嫌気を感じることはなかった。
「こうやって話まで聞いてくれるなんて、嬉しいデスね」
「……本当に、バカだよ。アンタは」
タペタに見られないように俯いて、ディースは嬉しそうに微笑んだ。
■□■□■
「タペタ!生きてたかぁぁあ……」
共同体に戻ってきたボッシュは、元気そうなタペタを見て安堵した。
「お粥、おいしかったデスよ。おかげでほら!もうピンピンしてマスよ」
「ディースにいじめられなかったか?」
一番の不安はそこだった。
しかし、見る分には大丈夫そうだった。
「ディースさんは、優しかったデスね」
「本当か?」
ランドが嘘か本当か一応訊いてみるが、答えは何となく訊かなくてもわかった。
「ええ、本当デスね」
タペタは、満足そうに笑った。
■□■□■
「タペタが元気になって良かったわね、ディース」
ニーナが、ディースに微笑んだ。
「良くなんか無いよ……あんなやつに付きっきりで、こっちが却って疲れたよ」
ディースが首を動かすと、軽くコキコキと音が鳴った。
鈍い痛みを振りきるように腕を回すと、悪かった血行が多少良くなったようで、凝りから来る不快感が少し薄れる。
食堂から持ってきた酒瓶の底をグリグリと押し付けて、更にほぐそうとしたところで、ニーナは席を立った。
ディースの肩を、ニーナはマッサージする。
首筋が固い。確かに疲れているようだった。
「ずっとタペタを見守っていたのね」
「アタシの知らないうちに倒れられても困るからねぇ」
素直じゃないんだから、と内心思いながらニーナはゆっくりと肩を揉みほぐす。
「タペタはずっと寝てたの?」
「いーや、アタシがいらないぐらい元気だったよ……ったく、心配して損したね」
「それでも一緒にいたのね」
「何かあったら攻撃魔法でドカンと証拠隠滅してやろうと思って待機していただけさ。……まぁでもみんな戻ってきたし、疲れたからアタシも休もうかねぇ」
「そうね、今日は一日お疲れ様」
ニーナが手を握ったり解いたりしている。
自身は楽になったが、ニーナの方が疲れてきたようだった。
……そろそろみんなに任せて身を引く頃合いだろう。
「さてと、じゃあ本当にそろそろアタシは自分の部屋に戻るよ」
酒瓶を片手に、ディースが椅子から立ち上がる。
「タペタが、ディースは優しかったって」
「そうかい、アイツにしてみたら誰だって優しいと思うだろうけどねぇ……まぁ、有りがたく称賛の言葉を受けとるよ」
そう言って、酒瓶を振りながらディースは自室に戻った。
そう、きっと誰が看病したところで「優しかった」って言うのだ、あのカエルは。
自分は特別じゃない、わかっているのに小さなトゲが刺さったようで。
「アタシもまだまだ未熟だねぇ……」
ただ、それでも。
こちらの想像もしないことをあっけらかんと言い放つタペタといる時間が、割と嫌じゃなくて。
……認めたくないけど、結構好きで。
特別になんてならなくて良い、面倒なだけだ。
ただ、長い間閉じられていた誰かに恋愛感情を持つという気持ちがうっすら開きかかっているのは、薄々感じた。
いや、やっぱり気のせいだろう、何でよりによって相手があんな能天気なカエルなのか。
もっとマトモなヤツが良いに決まってる。
強引に自分にそういい聞かせる。
「あっ……つまみ忘れたよ。……何か無いかねぇ」
しぶしぶ、適当に鞄をあさったら、おこげの入った袋が出てきた。
しばらく考え込んだ後に無言で手で焦げた部分を取り除く。
そして、粗方黒い部分を取り除くと、そんなに悪くない感じだった。
「まずかったら、酒で胃に流せばいいか」
ため息ひとつを吐いて、焦げを取り除いたおこげだったものを齧る。
ほろ苦いけど、焦げを取り除いただけあって、食べられないほどじゃない。
むしろ、見た目や歯応えは悪くても、程好い苦味が酒のつまみに合うな……と、思った。
「うん……まぁ、見てくれは悪いけど、味は思っていたより美味いじゃないか」
それがさっきのタペタと共に過ごした時間を思い起こさせる。
見た目は悪くても、中身がそうでない辺りがまるで自分等のようで。
「…………まぁ、悪くないか」
何に対しての『悪くない』なのか、呟いたディース自身もわからないまま。
ディースは、楽しそうに顔をほころばせた。
妹が居て育ちも良いタペタは『人に優しく』を自然に行える、とてもいい人なんだな…と思います。
何千年も生きてきて細かい事も気にしなくなって、それでも自分の価値観にある程度の自負があるディース。
そんな彼女が、タペタの並外れた『おおらかさ』と『優しさ』に触れたとき、自分の価値観を喉元の小さなトゲに感じたんだろうな…と思いました。
とてもほんわかできる、イイ話をありがとうございました!
個人的に、タペタとディース様書きたいな〜ぐらいの気持ちだったので、タペタが良い兄で云々とか、ディース様が長く生きてて云々とか、そこまで深く考えてなかったです……(小声)
ただ、ヘビとカエルペアって良いよねって個人的に思ってます。