よいしょ、と声をあげて、大きめの箱を床に降ろす。
送り主は母親。
随分と重たい箱を一瞥して、黒髪の青年は溜息と苦笑を漏らした。
「よくもまぁ、こんなに送ってきたなぁ」
やれやれと呟きながら、箱を開ける。
その中には少し古いアルバムが何冊か入っていた。
ぱらりとページを捲る。
そこには幼い頃の自分や、今より幾分若い父母の写真がおさめられていた。
ルカは一人っ子であるためか、写真がやたらと多い。
兄弟が多いと写真の枚数が減る、なんて聞いたけれども本当だろうか?
そんなことを考えながら小さく笑ったその時。
眼に留まったのは、長い亜麻色の髪を背に揺らす少女の写真だった。
「あぁ、そうか」
これも、あるよなぁ。
そう呟いたルカはそっと、指先で写真をなぞる。
写真の中で笑う少女は、今も自分の傍に居る騎士、フィア。
あの勇ましい従弟が、まだ愛らしい少女”だった”頃の姿だ。
長い亜麻色の髪を高い位置でくくった、愛らしい少女。
ふり向いた顔はあどけなく、その腕に抱えられているのは剣ではなく、花束だ。
自分で摘んだのであろうそれを抱きかかえて、"彼女"は楽しそうに笑っている。
懐かしいなあ。
そう思いながら、ルカはアルバムを捲っていった。
幼い頃の、彼女の姿。
ルカと一緒に写っている写真もあるし、フィアが一人で写っている写真もある。
おそらく、ルカの母か父が撮ったものだろう。
それに……フィアと、フィアの両親が一緒に写っている写真もあった。
懐かしいと同時に少し、切なくなる。
何の心配もなく笑う、従妹の姿。
楽しそうに父に、母に縋り笑う姿。
もしあの日がなかったなら、今もこうしていたのだろうか。
フィアが騎士とならない未来があったなら……
ふとそう思ってしまい、ルカはゆっくりと首を振る。
駄目だ、こんなことを考えていては。
あの子の……"彼"の決めた生き方を否定することになる。
そんなことを考えた、その時。
軽いノックの音が響いた。
どうぞ、と応えれば、ドアが開く。
ひょこりと顔を出したのは、今思い浮かべていた張本人。
とっ散らかっている室内を見て、盛大に顔を顰める。
「何をしているんだ、そんなに散らかして」
そう言いながら、彼は視線を床に散らばるものに向ける。
そして、少し驚いたように目を丸くした。
「それ……」
「アルバムだよ」
そう言いながら、ルカは彼に、アルバムを見せる。
丁度、幼い頃の彼が写っている写真の頁を開きながら。
「お前が小さい頃の写真もあるぞ」
わざと少しからかうような声音で、そう言う。
しめっぽいことを考えた自分を元気づけるかのように。
そんなルカの言葉に、案の定フィアは大きく目を見開いた。
一瞬原因を理解出来なかった様子の彼は、次第に頬を赤く染めた。
「な……っ!?」
パクパクと酸欠の金魚よろしく言葉を失っている、フィア。
その様子を見てルカはくつくつと愉快そうに笑う。
「何でそんなもの!」
裏返った声を上げる、フィア。
ルカはそれを聞いて可笑しそうに笑いながら、言った。
「俺の家にあったやつ、母さんが送ってきた」
そう言われると、流石に強く言えないのだろう。
何か言いたげな顔をした彼だったが、やがて口を閉じた。
そして深々と溜め息を吐き出す。
「……何でそんなものを、送ってきたのやら」
「さあなぁ」
そういって肩を竦める、ルカ。
フィアはじとりとした眼でルカを見つめて、ぼそりと呟くように言う。
「……誰かに見せたら叩き斬るからな」
絶対に、と彼は言う。
それを聞いてルカは可笑しそうに笑いながら、肩を竦めた。
「わかってるわかってる」
そういってひらひらと手を振った彼は、アルバムの一冊をフィアに差し出す。
唐突な彼の行動に、フィアは目をぱちくりと瞬かせた。
「なんだ」
「これ、お前に。
お前の家にあったやつは、全部なくなっちまっただろ?」
そういって笑う、ルカ。
フィアはそれを聞いて少し驚いたような顔をした後、ふっと表情を綻ばせた。
そしてルカが差し出したアルバムを受け取る。
「受け取っておいてやる。
……有り難う」
少し照れくさそうに笑う、フィア。
ルカはそんな彼の表情に、写真の中で見た笑顔を重ねながら、穏やかに表情を綻ばせたのだった。
―― 想い出の… ――
(形に残る、記憶)
(それは、今の彼にとっても大切なものなようで)