ラヴェントとメイアンという同期生コンビです。
この二人のやり取りは何気に好きなのです。
後、ラヴェントが如何せん自分を大事にしない性格っぽいなぁ、と。
基本的に運がいいので死ぬような怪我はそうそうしませんが、
うっかりすれば死ぬような事態には多々あってそうな気がします。
そしてそれを昔から知ってるメイアンは心配してたら良いなぁ、と。
ともあれ追記からお話です!
深深と、溜息を吐き出す。
こうした時に他の皆はどうやってストレスを解消しているんだろうなぁ、などと思いながら、紫髪の青年は軽く髪をかき上げた。
空は生憎の曇り空。
雪が降るには少々気温が高く、冬にしては珍しい、じとりとした空気。
もうじき雨が降るかもな、と思いながらもう一度、溜息を吐き出した。
「こんな所にいた」
聞きなれた声と同時、そっと差し出されたのはホルダーつきの紙コップに入ったコーヒー。
香ばしい匂いのそれを差し出しているのは、同僚である金髪の青年……メイアンだった。
ラヴェントは苦笑まじりにそれを受け取る。
青年と呼ぶには少々女性的な同僚は勿論ただコーヒーを届けに来ただけのはずがなく、ラヴェントの隣に立つ。
「どうかしたの?そんな浮かない顔して」
「いつものことだよ」
気にしなくて良いから、と苦笑して、彼はコーヒーを一口飲む。
思ったより冷えていたらしい体がほかほかと内側から温まっていく。
「ライシスのこと?また逃げられた?」
「あぁ。……まぁ、何だかんだいって仕事はちゃんとするだろうからそこまで心配はしてないんだけど」
そういいながらラヴェントは軽く肩を竦めた。
彼の頭痛の種といえば、彼の部下である少年、ライシス。
自由奔放、といえば聞こえはいいが、実際のところは何とも破天荒で自分勝手な気質の少年。
淫蕩なところもあるものだから、一層のこと性質が悪い。
それでいて仕事は出来るものだから、上層部からは期待もされていて、結果的に叱られるのは上官であるラヴェントの方。
上手く使えないお前が悪いとお叱りを受ける結果になることもしばしば、である。
「何というか、理不尽ねぇ」
そういいながらメイアンは少し不服そうに自分のカップに入ったものを啜る。
少し甘い香りがするから、ココアだろうか。
ラヴェントはそう思いながらふ、と笑みをこぼして首を振った。
「まぁ、俺に実力がないのは事実だからなんとも言えないよ」
「実力、そんなにないかしら?」
メイアンは緩く首を傾げる。
ラヴェントは少し迷うように目を伏せてから、一つ溜息を吐き出して、呟くように言う。
「思えば最初からむいてはいなかったかもなぁ」
「何が?」
「警官の仕事が」
ラヴェントはそういいながら眼を伏せた。
元よりリーダーシップが取れる方ではない。
そういう性格でもないし、そういうことをしたいと思った訳でもない。
大した実力があった訳でもないのだけれど、前の代の騎馬隊長にぜひお前にと推されて頷いただけなのだ。
そもそもの話向いていなかったのかもしれないなぁ、とラヴェントは呟いた。
「そうかしら?私は十分、貴方は警官むきだと思ったけれど」
初めて会った時から、というメイアンの声。
少しだけ驚いて、ラヴェントは彼の方を見る。
同期生である女性顔の彼は、揶揄うでもなく、穏やかに微笑みながら言っていた。
ラヴェントはそれを聞いて緩く首を傾げる。
「そうかな?」
自分ではそうは思えない。
ラヴェントがそういうと、メイアンはくすりと笑う。
「確かに体術だって剣術だって強くはないし、射撃の命中率も高くはないけれど」
「……何気に刺さるこというな」
彼は励ましたいのか、貶したいのか。
そうラヴェントが言うと、メイアンはくすっと笑って、緑の目を細めた。
そして付け足すように言う。
「でも貴方は優しくて正義感が強い人だわ」
その言葉に、ラヴェントは大きく眼を見開く。
メイアンはそんな彼の眼を見ながら、言った。
「馬鹿なくらい真っ直ぐで、優しくて、お人よし。
貴方、犯人検挙の時だって、むやみに傷つけたりはしないじゃない」
そんな彼の優しさは、自分もよく知っている。
メイアンはそういう。
そしてふっと目を細めながら、彼に問いかけた。
「覚えてる?最悪の場合は射殺もやむなしって言われてた犯人を騎馬隊で捕らえにいった時のこと」
私は留守番だったけれど、と彼は言う。
ラヴェントはそれを聞いて少し顔を顰めた。
「忘れるはずないだろう、死にかけたんだから」
未だに、記憶にある。
まだただの隊員だった頃の話だ。
潜伏中の凶悪犯の捕縛任務。
相手が抵抗するようであれば射殺もやむなしと許可が出ていた。
ラヴェントはそんな凶悪犯の捕縛に向かい……結果からいえば大怪我をして帰ってきたのである。
そんな事件を忘れられるハズがない。
「許可は出ていた。他に怪我人が出かねない状況だったから攻撃しても警察はきっと責められなかった。
それなのに、貴方は射殺しようとしなかった」
むやみに傷つけることをしない。
例えそれが、犯罪者であったとしても。
メイアンはそう言う。
皮肉ではなく、心の底からそれが彼の美点だと。
ラヴェントはそれを聞いて少し戸惑う顔をした。
それからへらりと笑って、言う。
「それは……単に俺に、狙撃の腕がなかったからだよ」
それだけのことだと彼は言う。
しかしラヴェントはゆっくりと首を振って、言った。
「嘘よ。貴方犯人のすぐ傍に居たじゃない。
まったく警戒されていなかったから、その気になれば殺すことだって出来た。
……それでも、しなかった。貴方自身が撃たれてもそれでも武器を抜こうとしなかった」
そう言われて、ラヴェントは笑みをひっこめる。
それから、軽く首を振って、言った。
「……俺が臆病なだけだよ」
人を傷つける勇気がないだけ。
それは優しさではない、とラヴェントは言う。
「もしその所為で友人や家族、大切な人が傷つけられるなら、俺だって何するかわからないよ」
珍しく表情を消してそういう彼。
しかしメイアンはゆっくりと首を振った。
「貴方ならきっと、貴方が傷ついたとしたって敵を傷つけたりはしない。
そして、それと同時に大切な人を守ると思うわ」
ラヴェントはむやみに人を傷つけない。
メイアンはそう確信していた。
それは確かに彼の臆病さ故もあるだろうけれど……
それよりも強い優しさを持っているからだと、そう思っている。
ラヴェントはそれを聞いて少し照れくさそうに笑った。
軽く頭を掻いて、呟くように言う。
「それで犯人に逃げられたんじゃあ世話ないけどな」
そうならないように頑張るよ、と彼は言う。
メイアンはそれを聞いて苦笑まじりに溜息を一つ。
「まぁ、それもそうなんだけど……私が心配しているのはそこじゃないのよね」
「ん?」
どういうことか、とラヴェントは問う。
メイアンは軽く彼の額を小突いて、言った。
「貴方はそうやってすぐに無理をするでしょう?
誰かを傷つけるくらいなら自分が傷ついた方がマシ。
自分が割を食うことで周囲が無事でいられるならそれで良い、なんて」
その性格は一概に悪いとは言えないかもしれない。
でもね、とラヴェントは言う。
「貴方が傷ついたら、ましてや死んだら悲しむ人が居るわ。
それを忘れない方が、大事だと思うの」
誰かを傷つけないことは美徳である。
メイアン自身も争いは好まない。
けれども、その所為で傷を負うなら、まして命を落とすなら……それはあってはならないことだとメイアンは言う。
ラヴェントは一瞬ピンと来なかったようで、ぱちりと瞬きをする。
それからふっと微笑んで、言った。
「あぁ、わかってる。
誰かに迷惑をかけるのは本意じゃないからなぁ」
ちゃんと気を付けるよ、といって笑うラヴェント。
メイアンは全く、というように溜息を一つ。
―― まぁ、彼の傍に居る誰かさんがそれをわからせてくれたら良いか。
そう思いながら、メイアンは残ったココアを口に流し込む。
すっかり冷めてしまったそれは甘く、少しだけほろ苦く感じた。
―― 大丈夫、だいじょうぶ ――
(そんな言葉が少しだけ、不安なの)
(貴方はもう少し、自分を大事にしてくれたら良いのだけれど)