Remembrance第八話です。
今回は「152年 7月」のお話です。
この話を抜きにするとぴったり十話で終わるのですが…
折角なので、こういうほのぼのパートをいれておこうと思いました。
エルドは孤児院育ちなのもあって海を見たことがなかったのでした。
シストも同じのはずなのですが…
はしゃぎすぎるエルドとバランスをとるためにか反応は控えめでした(笑)
さてさて、今回で既に152年…
次は何年になるでしょう?
そんなことを呟きつつ、追記からお話です!
燦燦と降り注ぐ陽の光。
真っ白い砂浜がそれを反射して、きらきらと輝いているように見える。
揺れる水面も、宝石か何かのように煌めいていた。
押しては返す、波。
独特の潮風の匂い。
ざざん、ざざん、という音を聞きながら、シストはアメジストの瞳を細めた。
「わぁあああすげぇ!」
はしゃいだ声をあげる、相棒……エルド。
彼はブーツを脱ぎ捨てると、波打ち際に向かって、走っていった。
「あちっ」
焼けた砂の上を裸足で走る彼は小さく声をあげる。
しかし何処か、楽しそうだ。
さくさくと、柔らかな白い砂の上を走っていく。
ぱしゃりと水に足を突っ込むと同時に、エルドは表情を輝かせた。
「うわぁ、水は冷たい!」
エルドは嬉しそうに声をあげた。
ばしゃばしゃと水を跳ねさせる彼。
その姿を見て、シストは小さく笑う。
「エル、はしゃぎ過ぎだ」
子どもじゃあるまいし、とシストは言う。
エルドは彼の声にくるりとふり向いた。
いつもならば少し拗ねた顔をするエルド。
それも、今日はない。
「だって、俺初めて海に来たからさ!」
そういって笑うエルドは、心底楽しそうだ。
シストはそんな彼を見て苦笑を漏らした。
「だからって……まぁ、気持ちはわかるけどさ」
そういいながら、シストもブーツを脱ぐ。
それをそろえて置いてから、彼も波打ち際に向かった。
二人は今、任務で海の傍の街に来ている。
海の近くに現れる魔獣の討伐の任務だった。
とはいえ、魔獣は然して強くないらしい。
だから、休暇がてらいってきてくれ、といわれていた。
……部隊長である、"ルカ"に。
「驚きだよなぁ、ルカが部隊長になるなんてさ」
そういって笑う、シスト。
エルドはそれを聞いて、苦笑を漏らした。
「呼び捨てかよ、統率官だろ、一応」
「お前も一応っていってるじゃんか」
そういいあって、くくっと笑う。
彼らに取ってルカは同期生で、友人なのだ。
幾ら、統率官になったとはいえ。
「だって、ルカだぞ?」
「そういう言い方するのかよシス……ふふ」
可笑しそうに笑う、エルド。
シストはそれを聞いて目を細めながら、言う。
「まぁ、彼奴が一番しっかりしてるってのは事実だけどな。
他の統率官からの推薦もばっちりだったんだろ?」
話に聞くに、ルカはほかの統率官からも推薦されて、雪狼の統率官になったらしい。
魔術が使えない挙句に先代の統率官がルカの父親であるということもあって、あらぬ噂を立てられたこともあったが……――
「ああ見えて、実力は確かだからな」
そういって笑う、シスト。
それを聞いてエルドは小さく頷いて、言った。
「魔術使えない分、剣術で彼奴は全部をこなしてきたからな……人望もあるし、間違いないだろ、ルカ統率官」
俺は信頼してるよ。
そういって微笑むエルドを見て、シストもアメジスト色の瞳を細めながら、頷いた。
彼は間違いなく大切な友人だ。
ずっと昔から、その性格もよく知っている。
彼が仲間想いであることも、何処か抜けているところもありつつしっかり者であることも。
「これからも、頑張っていこうな」
エルドはシストにそういう。
シストはそれを聞いて一瞬驚いたように目を見開いた後、ふっと笑ったのだった。
***
柔らかい月明かりが降り注ぐ、宿の一室。
ふと目が覚めたシストは隣のベッドを見て、"あれ?"と声をあげた。
隣で寝ていたはずのエルドの姿がない。
今日無事に任務を終えて、今日一晩此処に宿泊したら城に戻る予定なのだが……
「……?トイレかな」
そう思いながら布団に潜り直したが……
なかなか、帰ってこない。
「?何処にいったんだ、エル……」
流石に、気になる。
シストはベッドから降りて、外に出た。
満天の星空だ。
吹き抜ける風は涼しいが、まだ地面の熱が冷めていないのか、少々蒸し暑さを感じる。
エルドの気配を探すと、すぐに見つかった。
大体、予測のつく場所にいるようで、シストは目を細める。
彼が向かった先は、海岸。
エルドがはしゃいで水を跳ねさせていた海辺だった。
「エル」
そう声をかけると、エルドは驚いたように振り向く。
声をかけてきたのがシストだとわかると、彼はふっと表情を緩めて、"何だ、シスか"と呟いた。
「何だってなんだよ……いきなりいなくなるから心配しただろ」
まったく、とシストが呟くと、エルドは苦笑を漏らした。
ごめんな、と詫びの言葉を述べながら、彼は視線を水平線の方へと向ける。
「……すごいなぁ、海」
「海が見たかったのか?」
確かに明日は城に帰る。
そうすると必然海に行く機会は減る。
それがつまらないから、こうして海に来たのだろうか?
シストがそう思って問いかけると、エルドは苦笑まじりに首を振って、言った。
「いや……単純に、眠れなくてさ」
「心配事か?」
シストはそう問いかけながら、彼の隣に腰をおろす。
エルドは少し迷うように視線を揺るがせた後、ふっと息を吐き出して、言った。
「俺たちが入団してからだいぶたつけどさ……色々、変わったなぁと思って」
ぽつり、と彼は呟くように言う。
シストは彼の言葉に目を丸くした。
それから、ふっと息を吐き出して、いった。
「確かにな……ルカは統率官になったし、新入団員も増えたもんなぁ。
いつの間にか俺たちが先輩だ」
そう思うと、何だかおかしいよなぁ。
そういって笑う、シスト。
エルドもつられたように笑ったが……やがてまた表情を暗くした。
「……何だかそれがちょっと、不安になってさ」
「不安?」
シストはエルドに問いかける。
エルドはこくりと頷くと、まるで独り言のように言った。
「俺たちも、今はこうして一緒に居るし、相棒同士だけど……それもいつか変わっちゃうのかなぁ……なんてな」
に、とエルドは笑う。
まるで冗談だといわんばかりに。
……その表情は酷く、寂し気なものではあったけれど。
変わらないものはない。
それは、よくわかっている。
けれども、成長してきて改めて感じたのだ。
変わりゆくものを。
同時に入団したルカが、部隊長になった。
シストもエルドも成長し、ヴァーチェになった。
世界は少しずつ少しずつ、変わっている。
それを思うと、何だか不安になってきたのだった。
いつまで、このままでいられるだろう。
いつまで……――
シストはそれをみて何度か、瞬きをした。
それから溜息を吐き出して、かるくエルドの額を小突いた。
「いてっ」
小さく悲鳴を上げる、エルド。
シストはそれを見て小さく溜息を吐き出した。
「まったく……いきなりいなくなるからどうしたかと思ったら……
そんなしょうもないことで悩んで一人で夜の海なんかに繰り出すなよな」
風邪ひくぞ。
そうシストは言って、呆れた顔をする。
ぱちぱちと瞬きをしているエルドを見て、シストはふっと小さく笑って、言った。
「心配することないよ、エル。
俺はずっと、お前と一緒にやっていくつもりでいるよ。
何も変わんないだろ、そうすれば」
そういって、シストはにかっと笑って見せる。
彼にしては珍しい笑い方だった。
実際、そのつもりでいた。
基本的にパートナーが変わるということは、ありえない。
そういったことを抜きにしても、エルド以外の人間をパートナーにする気は、さらさらなかった。
それに……
「もし、パートナー同士じゃなくなったとしても……友達同士、ってのは変わんないだろ?」
違うか?
そう問うシストの声に、エルドは大きく目を見開いて……それから、ふっと笑った。
「……そりゃそうか、あはは」
気が抜けたように、エルドは笑いだす。
それにつられたように、シストも笑みをこぼした。
「そうだよ、……ったくもう。基本的に能天気な癖して、そういうとこは変に気にしぃなんだから」
まったくもう、といって笑って、シストはぽんぽんとエルドの頭を撫でた。
潮風に吹かれた髪は少し、ベタついている。
「ほら、早く帰ろうぜ。
風邪ひきそうだし……それに何よりお前、髪べったべた」
「え?うわ、ほんとだ……もっかいシャワー浴びないとなぁ……」
面倒臭い、と呟くエルドを見て、シストは笑う。
それからぽんっと彼の背を叩いた。
「早く帰ろうぜ。
明日、帰る前にもう一回よればいいだろ、海」
折角海の近くまで来たもんな。
そういって笑うシストを見て、エルドも嬉しそうに頷く。
「シストと一緒に来られて、良かったよ」
「はは、また遊びに来ようぜ。
今度は任務じゃなくて、遊びにさ」
泳ぐのも良いかもしれない。
シストがそういうと、エルドはぱっと表情を輝かせる。
まるで子供のように無邪気な笑顔を浮かべる彼。
その姿を見て、シストも表情を綻ばせたのだった。
―― 潮騒の日 ――
(潮騒を聞きながら、改めて誓う。
これからもきっと、この絆は変わりはしない、と)
(不安に思う気持ちはわかるから。
それなら俺が、大丈夫だと何度でも、伝えてやろう)