完結したと思いこんでいたFallenシリーズの最終話です。
ブランの過去の話は実は昔一度書いているので、ちょっとあっさり目に。
フォルが操り人形を集めたのは自分の手ごまとするため。
世界に負の感情を抱いたものならばきっとうまく扱えるだろう。
そう思って、操り人形にしていたのでした。
…まぁその結末は本編通りなわけですが。
ともあれ、追記からお話です!
低いモーターの音が響く研究所(ラボラトリ)。
静かな人の声が聞こえるその中を亜麻色の髪の青年と、黒髪の青年とは歩いていく。
彼らの姿を見ると、白衣姿の人間たちは、少し慄いたような顔をした。
「主、此方です」
先導していた黒髪の青年……ノアールはそう声をかけ、自身の主人であるフォルを連れて歩き出す。
そうして辿り着いたのは、ある一室。
"Marionette"と書かれたプレートがかかったそのドアを開いた。
中には数人の、白衣姿の所員たちの姿があった。
フォルはそちらへ歩いていって、にこりと笑いかける。
「どう?新しい操り人形は出来たかな。
僕の魔力だけで操り人形を作るのにも限界があってねぇ」
そういって笑う、フォル。
それを聞いて、研究者たちは困ったような表情を浮かべながら、言った。
「……これは、失敗ですね」
そういいながら彼らが示すのは、大きな水槽のような機械。
その中には、小柄な少年の体が浮いていた。
フォルはそれをみて、すぅとサファイア色の瞳を細める。
「失敗?」
何が?
そう問いかける、堕天使。
それを聞いて、研究者たちは、説明した。
「この操り人形は、身体能力が著しく低い模様です。
魔力はそれなりのようですが……出来損ないですね」
「出来損ないは、処分しなくては」
そう呟く、研究者たち。
フォルはそれを聞いてふぅん、と声をあげた。
「……そうだね、残念だけど。
処分しておいて、また適当な魂拾ってくるから」
フォルはそういってひらりと手を振る。
畏まりました、と返事をする研究者たちは何やら機械を弄ろうとする。
それと、同時。
「御主人(マスター)……ちょっと待ってくださいませんか」
静かな研究室に響いたのは、そんな声。
それを聞いて、フォルは少し驚いたような顔をした。
声をあげたのは、フォルの部下である、ノアールで。
唐突に彼が声をあげるのは、珍しい。
瞬きを繰り返しながら、フォルは彼に声をかけた。
「ノアール?どうしたの?」
いきなり、とフォルは声をあげる。
それを聞いて、ノアールは視線を、新しい操り人形が入ったケースの中を見る。
そして静かな声で言った。
「そいつ、俺に譲ってはいただけませんか?」
そういってノアールが示すのは、新しい操り人形。
彼の発言は意外なものだったようで、フォルは何度も瞬きをする。
「え?でもこれ……」
「"失敗作"なのでしょう?それでも構いませんよ。
此奴は……使えます」
そういって、ノアールは小さく笑う。
ぴくり、と操り人形が動いたような気がした。
***
Side ***
ずっと、僕は独りぼっちだった。
一番最初の記憶は、薄汚い孤児院で、一人きり泣いている記憶。
名前を呼ばれた記憶などない。
お前、貴様、アンタ。
そんな言葉で呼びつけられては怒鳴られ、虐げられていた。
誰も僕を愛そうとしなかった。
誰も僕を気にかけようとしなかった。
誰も、僕と共に生きようとはしなかった。
甘えたくとも甘えられる相手はなく、泣いていても慰める者はなく。
そんな生活に酷い孤独を味わっていた。
―― 早く何処か行きなさい、邪魔だわ。
―― 煩いな、あっち行けよ。
―― 何あの子、暗いし気持ち悪いわ。
そんな言葉ばかりをぶつけられていた。
命を失ったのは、病気故。
大した治療をされることもなく、一人静かに息を引き取った。
誰も、その死を悼みはしなかった。
一度。
たった一度だけでいい。
誰かに愛されたかった。
誰かに……必要とされたかった――
そんな想いを抱いたままに死んだ僕の魂を拾い上げる、優しい手があった。
"君なら僕の力になってくれるだろう"
そんな声が聞こえて、僕は必死に頷いた。
きっと、きっと、力になるよ。
だから、どうか、僕を……**して。
***
少年は服を与えられ、名を与えられた。
異国の言葉で白の意味を持つ、ブランシュという名前。
ブランシュ、は少々呼びにくいからと、先に生み出された操り人形の仲間たちは"ブラン"と愛称をつけて、呼んだ。
首に巻いた、仲間の証の黒いリボン。
自身を"使える"と、連れ出してくれた漆黒の青年と対になる名前。
それは、ブランにとっては幸福な贈り物だった。
今まで得ることが出来なかった、仲間。
今まで得ることが出来なかった、温もり。
それを得られて、ブランは泣きたいほどに喜んでいた。
操り人形としてのあり方。
それは主人である堕天使(フォル)の命令をきき、彼らの目的のために動くこと。
「良いかい、ブラン。
君はほかの操り人形と違って、身体能力が高くない。
だから戦闘能力は高くないだろう」
慣れてもいないだろうしね、と彼に声をかけるのはフォル。
彼は短剣をブランに渡して、言った。
「これは魔力を増強する短剣でもあるからね?
これを使って、戦えば良いよ。
君は炎属性魔術使いだから、きっと全てを焼き払える」
「ありがとう、御主人……」
ブランはそれを素直に受け取った
綺麗な宝石のはまった短剣。
それは確かに、ブランの中にある魔力を強めてくれるようだった。
「わぁ……すごい」
「ふふ、気に入ってくれた?
その力も、武器も、僕たちのために使ってくれるかい?ブラン」
そういいながらフォルはするりとブランの頬をなぞった。
優しい、蒼の瞳。
微笑むその姿はまるで、天使のようだと、そう思いながら、ブランはこくりと頷いた。
「わかりました……どんなことも、してみせます。
僕が、出来る限りで頑張る。
だから……捨てないでね、御主人」
そうブランが言うと、フォルは嬉しそうに笑った。
満足げに頷きながら、彼は言う。
「大丈夫さ。
僕たちは君が今まで一緒に居た人たちとは違うからね。
ちゃんと、君の傍にいてあげる」
安心していいよ。
そういいながら、フォルはブランの頭を優しく撫でる。
その手を感じながら、ブランは思わず涙ぐんでいた。
***
静かな、月明かりが降り注ぐ部屋。
そこに佇む堕天使は小さく笑う。
その後ろ姿を見て、黒髪の青年は目を細める。
「上機嫌ですね、主」
「ふふ、駒がそろったからね……」
絶望の操り人形。
憎悪の操り人形。
孤独の操り人形。
虚無の操り人形。
それらすべてがそろった。
「これできっと、僕の目的は遂げられる……君にも、頑張ってもらうよ。ノアール」
フォルはそういいながら、ノアールにも微笑みかけた。
ノアールはそれを聞いてふわり、と笑みを浮かべる。
恭しく頭を下げながら、彼は言った。
「勿論、主の御心のままに。
私は貴方のために、この力を尽くします」
そういいながら、ノアールは魔力を解放する。
ばさり、と翼が開く音。
片方しかない漆黒の翼が、羽ばたいた。
フォルはそれを見つめて、蒼の瞳を細めた。
そして、歌うような声で言う。
「ふふ、心強いなぁ……よろしくね、ノアール」
柔らかい風が吹き抜ける。
サファイアブルーの瞳が妖し気に光る。
僕たちに苦しみを与えたこの世界に復讐を。
僕たちを虐げた者たちに苦しみを。
そのために僕は力を手に入れよう。
そのためならばどんな努力だって厭いはしない。
そう呟く堕天使の声に、黒髪の青年は目を細める。
彼らの姿を、ただ静かな月明かりだけが照らしていた。
―― Fallen 〜堕天使の操り人形たち〜 ――
(これですべてがそろった。
僕の夢をかなえるための、全ての欠片が)
(君たちを苦しめたこの世界に復讐を。
歌うその声は美しく、麗しく……)