神域第三大戦 カオス・ジェネシス113

「どうした?想定が外れたか??」
「…まぁ、外れたと言えば外れたね……」
凪子は得意気な相手の台詞に曖昧にそう返しながら、思い浮かんだ可能性を悟られないように静かに立ち上がった。
近年の創作神話とはいえ、相手の言うとおりそれが“実存の神を観測したがゆえに描かれた”のであれば、曲がりなりにも相手は神だ。であれば、そんな間抜けなことはないはずだ。さりとて油断と無知が重なれば犯しそうなミスでもある。
折角考えるのはやめにしたというのに、また疑念と疑問が沸いてきてしまった凪子は、チッ、と小さく舌打ちをした。そうして惑わすことこそが相手の目的ではないか、そうとすら思えてくる。
「……そうなのだとしたら、うん、やっぱり考えるのは愚策だな」
「うン?」
「いや何、神様殺しはいつの時代でも大変だなって」
「…あぁ、というと貴様は“神殺しを為した時間軸”から来ているのか」
時間軸、という言い回しに、おっ、と凪子は眉をひそめる。
「あら、平行世界を観測できると?」
「いいや?それは僕の役割ではない。そういうの、興味ないのよね」
「やつ…?なんかキャラ変わってなぁい??」
急に口調が変わった相手に、また新手の惑わしか、と考えた凪子は、その動揺を隠すようにおどけた口調で問いかけた。相手は自覚がなかったらしく、ぱちり、と目を丸くすると口元に手を当てた。
「おっと、ついつい。いやぁ、僕とて肉体には引かれてしまうらしい。星の執行人というだけはある、ということなのかな?」
「ふぅん?まぁどうでもいいけ、ど!」
「おっと」
会話の途中で凪子は前触れなく飛び出した。突き出した槍を相手は容易くかわし、軽々と跳躍して距離をとる。
「(……とにかく、あと2つ。残りの手と胸の……他のことはそれを取ってからだ…!)」
凪子はそう考え、無理矢理思考を闇に落とした。きゅ、と引き締められた唇と感情の消えた瞳に凪子が考えることを再びやめたことを察したか、相手はどこかつまらなそうに目を細めた。
「……器用だねえ。“考えずにはいられない”はずなのに」
「なんでぇそれ、概念勝負か?“考えなければならない”、みたいな?ざーんねん、私相手に“私を定義しよう”なんて、通用するはずなかろ」
「…!」
「そういうのは、無意識下であれこれ自分に定義を抱えてるやつにしか通用しないもんだから、ねっ!」
凪子はそう言いながら槍を振り下ろした。後方に跳躍して相手はそれをかわし、着地した先で残念そうに肩を竦めた。だがすぐに、口角をつり上げた凶悪な笑みを浮かべると、凪子目掛けて勢いよく飛び出した。
「!」
カウンターのように飛び出してきた相手に凪子は踵で己の勢いを殺し、すれ違い様に互いを弾き合う。くるり、と身体を一回転させて弾かれた勢いを殺すと、相手も同様に勢いを殺したところだった。互いに言葉をかわすのはここまで、ということなのだろう。
凪子は相手の挑発的な笑みに返すように口角を片方、つり上げた。



―――――



「………っ………」
一方、ルー達の方はというと、それなりの苦戦を強いられていた。
弾き飛ばされたクー・フーリンは衝撃でつまった息を吐き出しながら、どうにかこうにか着地をした。彼の視界の先には立ち上がった片足を子ギルの鎖で固定されたバロールと、それに正面から相対しているルー、その援護に徹しているダグザとタラニスがいる。子ギルとマーリンは自分同様吹き飛ばされたところだ。
バロールの片足は現状固定できているが、彼の武器である多節鞭が縦横無尽に動き回るために、片足の固定自体はあまりデメリットとして働いていないようだ。また、いつダグザのように振りほどかれるとも限らない。呑気している余裕はないだろう。
『マーリン!!』
「はいはい、援助はしているよ!」
ロマニの鋭い声と、マーリンらしからぬどこか苛立ったような声色が耳に届く。その後に身体に蓄積したダメージが少し和らいだのを感じた。
マーリンは基本的にサーヴァント二人のサポートに徹していて、それがあるからクー・フーリンも子ギルもまだ消滅していない、と言えるような状況だった。視線をあげて子ギルを探せば、彼もまだ無事なようだった。
「おいおい、へばったかぁ?」
「はっ…抜かせ、」
たんっ、と軽やかな音をさせて、まだ余裕を感じさせる声が上から降ってきた。タラニスのからかいに言葉を返しながら、クー・フーリンは杖を構え直した。