神域第三大戦 カオス・ジェネシス111

「activation!」
「!?」
深遠のが踏み込んだ瞬間、鋭くヘクトールの声が響いた。直後、深遠のの足元が光り、バチン、と鈍い音が響き渡る。
「ぐっ…!?」
設置したトラップのひとつが、トラバサミのように深遠のの足を挟み込んでいた。肉に食い込むそれは酷く痛々しいが、痛覚を遮断でもしているのか、それは忌々しげに眉間を寄せただけだった。
一瞬とはいえ止まった隙を凪子は見逃さない。槍に魔力を急速に籠めると、足に力を込め、バネに弾き出されたかのように勢いよく跳躍し、一息に距離を詰める。凪子は急速に迫った己に相手が反応するよりも早く、その右手を斬り飛ばした。
「………!!」
「まずは1つ。お前が乗っ取ってくれたお陰だ、ありがとよ!!」
凪子は弾き飛ばされくるくると宙を舞った右手を空中でキャッチすると、にやっ、と笑ってそう皮肉を贈った。そして直後、パリン、と硝子の割れるような音が凪子の身体から響いた。
「凪子さん!」
「大丈夫、防壁が呪いを防げた!けど、3枚くらい持ってかれたな、こりゃ後半は喰らいながらになるわ!!」
「大丈夫なんですか!?」
「まぁいけるっしょ!!」
焦ったような藤丸の声に心配をかけぬよう、だが端的に事実を伝えながら凪子は着地した。手首から先を斬り飛ばされた深遠のは不愉快そうに顔を歪めたが、すぐにその切り口から右手が再生した。再生された右手に、要石はない。そして同時に、凪子が掴んでいた右手には要石を軸としてヒビが入り、ぼろり、と脆く崩れ落ちていった。
「…成る程、これで対処もオッケーと。確かに私の身体って脳を基軸にそうやって再生するよな、そこはちゃんと同じかぁ」
「なんで知ってるんですかとか突っ込みませんからね!!」
「あっはっは!」
「………おのれ忌々しい。被造物の分際で…!」
不快さを隠さない相手の言葉に、凪子ははんっ、と嘲笑うように笑って見せる。陳腐な台詞だとでも言いたげな表情だ。
凪子はくるり、と槍を回して持ち直す。
「どのような被造物もいずれは創造主の支配から逃れていくものだ。異なる生命を産み出す、というのはそういうことだよ。お前子育てしたことないのか、まぁなぁさそうだよね」
「これは異なことを言う。異なる生命?そうであるとして、被造物と創造主の命が等しいものであるはずがないだろう。下等生命が反逆するなど…馬鹿馬鹿しくて話にならないな。あまりに愚かな話だ」
「ふぅん?」
凪子は相手の言葉に意外そうにそう声をあげた。じろじろと相手を見据えたのち、ふむ、と困ったように顎をかいた。
「うーんチンピラ神が言う台詞第六位、凪子さん調べ。まぁどうにもお前さんは異質な感じがするから私が言うことでもないんだろうけど……煽りでそういうこと言うのはともかく、本気で見下していると、それが油断になって下剋上されるで??」
「ははっ、そんな無様な不覚をとると??随分と馬鹿にしてくれる」
「いやぁ、馬鹿にしているとかでなくただの経験則なんだけど…ま、いいか」
凪子は相手がまるで自分の話を聞いていないらしいことを確認すると、早々に会話を切り上げ槍を構え直した。相手は右手を斬り飛ばされてなお、凪子を驚異とは感じていないようだ。要石が壊されたことを大したことではない、と捉えているのだろう。
「(…ルーとの話を統合するに、この時代の私は星のバックアップを受けている。なら、要石を取り除いてしまえば、支配くらいはね除けられそうだ。この時分、特に私は神が嫌いだからな……)」
「どうした?怖じ気づいたか?何、無理もない。ではひとつ、面白いものを見せてやろう」
「あ?」
考え事をしていただけなのだが、筋違いなことを言ってくる相手に思わず無遠慮な声が出る。相手はにやりとした笑みを浮かべながら、すっ、と両手を差し出した。
「――フングルイ ムグルナフ クトゥグア フォウマルハ、がぁっ!?」
相手がなにか詠唱を唱え始めた。その直後、反射的に地面を蹴った凪子が遠慮なしに深遠のの顔を蹴り飛ばした。
相手がなんであろうと身体は身体、深遠のの肉体は凪子の蹴りにきりもみ回転しながら数メートル吹き飛んだ。
「…っ、き、さま!」
べしゃり、と地面に落ちた身体はごろごろと何度か回転してから起き上がった。相手はそれなりに不快を露にしていたが、飛び蹴りから着地し、体制を整えた凪子の顔もそれに負けず劣らずの不快を表していた。
「はー!!出たよ、出ーたー!!最近流行りの似非神話!なんだお前、その系列か!」
「なんだと…!?似非とはどういうことだ!」
「そのまんまだわ!神話ってのは、人間が合理的に説明できない現象に人格を当て嵌めて説明しようとした、謂わば現実逃避の産物だ。それが本当に存在するかどうかはまた別にしてだけど。だけどお前のそれはフィクション出身だろ、100年ぽっちで神話を語るとか凪子さん的には大分片腹痛いわ」
「…?成る程、貴様はフィクションだと思っているのか、あれを!それならばこれまでの愚かさにも説明がつこうものだ。しかし、それを目の前にしてなお認めぬと言うのは、度しがたいにも程があるぞ」
「お前がフィクションから形をとったのか、観測されてフィクション化されたのか、はどうでもいいし興味もない。ただ、お前らは神というには新参すぎるし理由付けもない、それが神を語るのは神の連中に失礼ってもんだ。大体、実在しようがしまいがなんであろうが、この星にとっちゃお前らなんぞただのエイリアンだ、エイリアン。素直にそう名乗れってんだ」
―どうやら凪子は件の神話をあまり好いてはいないらしい。随分な物言いではあるが、それはかつての神話に詠われた神をその目で見て、知っているが故の感傷なのだろう。
両者は互いに罵倒と煽りを繰り返したのち、双方額に青筋をたてると激しくぶつかり合った。