神域第三大戦 カオス・ジェネシス79

「…お前は、あれか?あいつの恋人か何かか?」
「恋人??…あぁ、“彼女”という表現をしたのがまずかったかな?彼女に正確には性別はないようだから」
「いやそういう話じゃねぇよ。死に体に鞭打ってまで助けたいってのは、それだけ深い間柄なのかってことだ」
クー・フーリンの言葉にリンドウはきょとんとした表情を浮かべる。まるで考えたことがなかった、とその顔は語っていて、うーん、とリンドウは首をかしげた。
「………ううん、何をもって恋人とするのかによって貴方への答えは変わってしまいそうなのだけれど…恋人、というのは確か、恋愛関係にある間柄の男女を指すのだろう?私は彼女が、見た目が男だったとしても、人間の見た目をしていなかったとしても、きっと同じことをする。だから、恋人ではないさ」
「………………」
「それとも、恋愛感情がないと、命を睹しても助けたいと願うのは違和感のあるようなことなのかな?すまないね、私はどうもそうした世情には疎くて…昔からうまく人と会話ができないんだ、感覚がずれているというのかな」
「………いや、別に変なことではないさ。珍しくはあるけどな。無粋なことを聞いた、忘れてくれ」
「?そうかい」
どこか寂しそうにそう言ったリンドウにクー・フーリンは目を細め、早々に話題を切り上げた。リンドウは急に話を切り上げたクー・フーリンに疑問を持つこともなく、あっさりと頷くと視線を前へと戻していた。
「(………………)」
クー・フーリンは何か言いたげに口を開いたが、そこから音が漏れ出すことはなかった。

「あっ、お帰りなさ……えっ、大丈夫ですか!?」
キィ、と扉の開く音に真っ先に振り返ったのはマシュだった。マシュは振り返るなり、支えられているリンドウに気が付くとぎょっとしたように声をあげた。マシュの反応にクー・フーリンが改めてリンドウの顔をみれば、リンドウの顔色は真っ白になっていた。
「おい、大丈夫か?」
「………大丈夫だ、ありがとう。心配は無用だよ、マシュ」
「で、ですが……」
リンドウは心配を見せる二人ににこ、と笑ってみせ、そっとクー・フーリンの腕を離した。マシュは尚も何か言いたげだったが、有無を言わせぬリンドウの視線に口をつぐんだ。
リンドウはクー・フーリンを振り返る。
「キャスター、貴方は何か伝えることがあって出てきたのでは?」
「…あぁ。ルーが目覚めた」
「あ、キャスター!おかえり!そうなんだ、よかった」
どうやら通信機をいじっていたらしい藤丸が遅れてクー・フーリン達に気が付き、知らせにほっと胸を撫で下ろした表情を見せた。クー・フーリンは肩を竦め、こきり、と首をならした。
「春風が顔にあった呪いを解いてな。手を組むかどうか、交渉する機会をくれるそうだ」
「む、あの子は…休まないとと言ってるのに」
「だから大人しくまだあの泉にいるよ。ただタラニスはまだ目覚めてねぇ」
「……そうか。免疫自体を高めた方がいいだろうか。参考にしよう」
「で、マスターは何やってんだ?」
「あぁ、通信が全然繋がらなくて…」
「何?」
クー・フーリンの話を聞いたリンドウは下げていた袋から薬草を取りだし、作業場だろうか、奥の部屋へと向かっていった。一方のクー・フーリンは、通信機をてしてしと叩く藤丸への問いかけの返答に眉間を潜めた。子ギルとマーリンの方へ視線を向ければ、両者もお手上げというように手をあげた。ヘクトールは、と視線を向けるのもすやすやと眠っていたので見なかったことにした。
「故障か?」
「んー…というより雑音しかしないというか、変な音だけが聞こえるというか…?」
「変な音?」
「ちょっと切ってたけど、音量あげるね」
的を得ない藤丸の言葉に首をかしげれば、藤丸はそういって通信機の音声を調整した。ザー、という砂嵐のような音の中に、確かに何か、声のような音が混じっているのが聞こえてきた。しかし雑音がひどいので何と言っているかまでは聞き取れない。
「ずっとこんな調子で…」
「…んー………?」
「………待った、君たち何てものを聞いているんだ、聞くんじゃない!」
「!?」
スピーカーにクー・フーリンが耳を寄せたとき、何か荷物を取りに来たのか、藤丸たちのいる部屋に戻ってきたリンドウがぎょっとしたようにそう叫んだ。藤丸とマシュはその声に肩を跳ねさせ、クー・フーリンは反射的に通信機の電源を切った。
音声はぷっつり止まり、しばらく通信機を凝視していたリンドウはそれ以上音声がしないことを確信すると、はぁー、と長く息を吐き出していた。藤丸とマシュはあわあわとしながら目を合わせ、マシュがリンドウの方を見た。
「今の音声が何か分かるのですか?リンドウさん」
「……あぁそうか、貴方はドルイドの見た目だけれど元は戦士だから、馴染みがないか。長時間は聞いていないね?」
「途切れ途切れには聞いちゃってたけど、別に長時間は…」
「……なら大丈夫かな。今のは言霊を用いた呪詛だ」
「!!」
リンドウ以外の5人に、緊張が走った。リンドウは棚をごそごそと漁ると木の蔦のようなものを取りだし、それを簡単にリース状にすると輪投げの輪を入れるような要領で通信機を囲うように上から置いた。
「これが何かはしらないが、音を発するものだから利用されたんだろう。君たち、呪い殺されるところだったよ」
「大丈夫なのか?」
「……うん、見たところ呪詛は成立していないようだ。でもそんな物騒なものは私としては破棄してほしいところだけれどね。なんだか君たちは…随分なことに巻き込まれているようだね」
「………詳しいことはあとで春風にでも聞いてくれ」
―この状況でカルデアに呪詛をかけようとするものなど、答えはひとつだろう。
思わぬところからの攻撃にクー・フーリンは眉間をもみながら、深く息を吐き出した。