神域第三大戦 カオス・ジェネシス72

「ほぉ。ルーがそのようなことを」
「そう、タラニスは言っていた」
「まぁでも、そういう風に思っているんだと、君の参戦を物凄く望まなそうではあるよね、ルー」
「……………」
クー・フーリンは凪子の言葉に黙って視線を落とす。本人も自覚があったのだろう。

―“人間にとっては英雄であっただろう。だが所詮、死に急ぎの親不孝ものでしかない“
そのルーの言葉は、本気で息子のことを親不孝ものだと考えているわけではないことが容易に察せられるものだった。
彼が英雄になるかならないかなど、恐らくどちらでもよかったのだろう。助けが必要だと思ったときに少しの手助けはしたが、彼の死の運命をねじ曲げることはしなかった。
積極的に肯定はしないが、否定もしない。放任的ではあるが、ある意味ではクー・フーリン自身の意志を強く尊重しているとも言える。ルーを父親という概念でとらえるならば、そう表現できるだろう。

―ただ、それでもどうか、死に急いではくれないでほしかったものを。
ルーの言葉の裏にはそういった思いが隠れているように、凪子やクー・フーリンには感じられていたのだ。
俯いたクー・フーリンの顔を覗き込むように凪子は泉をかきわけ近寄った。
「君の早い死を容認したことを、ルーはたぶん後悔はしていない。あいつはそういうタマじゃない。だけど、二度目の容認を己に許すこともしないんじゃないかと思うぞ。それが自分の関わることであるなら、なおのことだ」
「……………俺は死者だ。生きた時はもう変わらない。それにサーヴァントだってそう悪いもんじゃねぇさ」
「だがサーヴァントが“使役されるもの”であることに違いはない。正直、他所からみれば、大切な人間が死んだ後に無関係の人間に使役されて戦わされている、なんて構図は、嫌だろうさ」
「……………」
「まぁそれはルーが目覚めてからのお楽しみやな、お互いに」
凪子は不意に間延びしたようにそういうと、またすいー、と水を掻き分け泉の奥の方へと泳いでいってしまった。クー・フーリンは面食らったように凪子を見たが、実際こればかりは本人次第のことであるので、何も言わずにまた目を伏せた。
そんなクー・フーリンの様子を見ていたダグザは、ふぅむ、と小さく呟いた。
「一つ疑問なのだが、お主らの目的がバロールであるとして、どうせきゃつはルーにしか倒せん。ルーが倒すのを待っとればいいのではないのか?何故わざわざ死地に赴こうとする」
「…何が原因でバロールが復活したのか、それを特定しないことにはそもそも殺していいのか分からないというのがある」
「なにい?原因を特定せねばならぬとは確かに言っておったが…」
「ダグザよ、何故魔眼のバロールは復活した?ルーにしか倒せないというのは、何故だ?」
クー・フーリンが、重ねるようにそう問うた。ダグザはわずかに表情をしかめたが、すぐにいずまいをただした。
「何故復活したのかは、正直に言おう、分からん。眷属共を率いて突如ルーを襲ってきた。それが、そうさな…一月ほど前の話だ。眷属共は軒並みもう始末してしまったがな」
「お見事〜」
「復活したバロールはかつては持っておらなんだ豊穣の権能を持っておってな。それでルーに、何か種を埋め込みおった」
「種?あの眼のアザがそれに関係するのか?」
「いや、あのスパイラルとは別にじゃ。とにかく、その種の効果によってか、ルーの攻撃しか奴に通じなくなったのよ」
「ルーの攻撃が効かなくなるのではなくて、ルーの攻撃しか効かなくなるってのはまた珍妙だな…」
ダグザの言葉に凪子は眉間を寄せ、泉のなかで片膝をたてて抱え込んだ。ダグザは凪子の言葉に大きく頷く。ダグザも疑問であるのだろう。
「さすがにそれはバロール側にも何らかのデメリットがあってしかるべきだと思うんだけど、そこはどう?」
「そうさな…あぁ、担ぎ手がおらなくなったな」
「担ぎ手?」
「…あっ、バロールの魔眼の瞼を引き揚げる奴らのことか?滑車で引き上げると聞いたことがある」
ぴっ、と指をたてて予測した凪子にダグザはウィンクで返す。
「そうだ。その人数がたしか減っておった」
「つまり、魔眼の発動までにかかる時間が増えた、ということか。確かにそれはデメリットとも言えるか…」
「だがわざわざそんなことをしてまで埋め込んだということは、何か別に効果があるはずだな」
クー・フーリンの言葉にダグザは、うむ、と呟いて、目を覚まさないルーの頭をそっと撫でた。
「そうだな。だがどうにも分からなくてな。ワシが勝手に助力しているのをルーを許しておるのは、そういう爆弾を抱えておるからじゃ」
「…まぁ、あなたなら早々負けなさそうだしな」
「それもあるが…まぁ、色々とな」
凪子はしばらく考え込んだのち、顔をあげ、すすす、とルーの方へ近寄った。
「……左目の呪い含めて、ルーを見せてもらってもいいか」
「………おお、いいじゃろう」
ダグザは一瞬従順を見せたが、ここまで来て思うところがあったのか、すんなりと凪子がルーに触れることを許した。