神域第三大戦 カオス・ジェネシス36

その者―――タラニスは、凪子の言葉に片眉をつり上げた。その顔はどこか楽しげだ。
「ほぉ?オレを視て、記憶に残すようなものが存在したとはな。オレとしたことが、殺し損ねたか?」
「(……ッ…つまり遭遇したことのあるものは全部殺してるってことか…!)」
ヘクトールはタラニスが言外に滲ませた意味を感じとり、僅かに眉間を寄せた。存外、この神ははるかに危険であったらしい。凪子も同じことに気が付いたか、げんなりしたような表情を浮かべていた。
「……逆にそちらは、この顔に見覚えないかい?」
「ハ、人間の顔なんざいちいち見分けつくかよ。いや、そうだ、人間ではないのだったな。なんだ?貴様ら。見たところ、人形と称するのが一番妥当か?」
タラニスはヘクトールや凪子、つまりサーヴァントという存在には遭遇したことがないようで、それに興味でもあるのか、特に攻撃姿勢は見せてこない。立った車輪の上に器用にしゃがみこみ、じろじろと、主に凪子を見据えている。
攻撃姿勢を見せていないからといって、彼が自分達を生かして返すとは到底思えない。返答次第ではすぐに戦闘になるだろう。ヘクトールがちら、と凪子を見てきた。凪子はげんなりした顔のまま、どうにかする、と小さく頷いた。
「おい。このオレが問うてるんだ、疾く答えろ」「!」
タラニスは、それを目敏く見逃さなかった。凪子の左すれすれのところを、犬を潰したのと同じ大きさの車輪が突き刺さった。たかが車輪、と侮ってはいられないようだ。
凪子は、はぁ、と息を吐き出し、タラニスをまっすぐ見据えた。
「我らは使い魔のようなもの、と捉えてもらうのが一番適切な表現かと」
「使い魔?それにしては随分とお喋りで頭が回るらしい。…………ははァ、もしかしてお前ら、アレの手下か?そうならオレの見目を知っていても不思議ではないか、何せ、似ているしな」
「あれ…?」
なにか、ピンと来たようにタラニスは目を見開き、随分と楽しそうに顔を歪めた。何の使い魔と勘違いしたのかは分からないが、その顔からは嫌な予感しかしない。
ひたり、と顔に手を当ててくっくと笑ったタラニスは、ずるり、と狂喜に歪んだ顔を隙間から覗かせる。ぞくり、とそれを直視した凪子の背筋に悪寒が走った。

これは、まずい。

「ランサー!」
「面白そうだと思ってたんだよ。ちょうどいい、その首土産に格好と見た!」
凪子がヘクトールに警告の声を発するのと、タラニスが車輪を蹴って跳躍したのは同時だった。凪子は直ぐ様結界から槍を取りだし、ヘクトールも己の槍を取り出し構えた。
空中で反転したタラニスが両手を広げ回転すると、マントの影から多数の車輪が飛び出した。車輪は空中で炎を纏いながら、勢いよく二人に襲いかかってきた。
「おいどうする!」
「いくらアイツでも20日間来て喧嘩売られて戦っているはずの顔を覚えてないってことはないはずだ、つまりなんかここの私の方に異常がある!それは確かだ!」
迫り来る車輪を互いに槍で弾き飛ばし、背中合わせの状態で二人は言葉を交わす。
違う点は早々に見つかった。つまりタラニスの元で最低果たさなければならなかった目的はもう果たされたということだ。
「ランサー、どうにかして逃げろ。どっちかでも戻らないと絶対一時間たたないうちにあの子来るだろ、それは面倒すぎる…!」
「、おい!」
凪子はヘクトールに離脱を促すと、その隙を作るべく車輪の隙間を縫って地面に降りていたタラニスむけて地面を蹴った。
「へェ?」
タラニスは愉快そうに口角を吊り上げた。タラニスは今、理由はよくわからないが楽しんでいる。つまりこの戦闘は、タラニスの中では未だ“余興”だ。
ならば、ヘクトールを逃がすだけの隙を作るなら、今しかチャンスはない。
「アスィヴァル!」
凪子はそう判断し、槍の目隠しを解いた。
タラニスのように他の神が顕現している可能性もある世界で、ルーが主武装としたブリューナクは存在が被る可能性がある。凪子がルーの槍を賜るのはもっとあとの時期だ。今ルーにこちらの存在をそんな形で検知されるのは、厄介としか言いようがない。
であるので、凪子は別の形の槍を呼び起こした。ルーの槍であることには違いないが、知名度はグッと低く、存在もブリューナクに比べれば薄いだろう、と判断してのことだ。
黒い目眩ましの靄が解け、金色のシンプルな槍が凪子の手に現れる。凪子はそれをタラニスめがけて叩きつけた。
「ほう?いいルインを持っているじゃねぇか」
槍は、ノーモーションでタラニスを庇うように現れた車輪に阻まれた。自立して稼働するらしい車輪は凪子を弾き飛ばし、凪子は空中で回転してから着地する。
直ぐ様地面をえぐりながら迫ってきた車輪を、すんでのところですべて弾き返す。車輪は空中で反転して戻ってくるが、凪子はそれを逐一弾き出しながらタラニスとの距離を詰めた。
タラニスは口元に笑みを浮かべながら、ぴん、と指で車輪の耳飾りを弾いた。そうすれば途端に数多の車輪がタラニスの後ろに現れ、一斉に凪子に対して襲いかかってきた。