神域第三大戦 カオス・ジェネシス29

「………それ、は……………」
「あいつはここの私が来なくなって20日だと言った。私が“悪足掻き”にかかったのは30日。それから戻った、翌日にあいつは死んだ。今でも覚えてる」
「………………………」
返す言葉がないのだろう、彼らの重い沈黙が凪子の背中にのし掛かる。凪子はようやっと彼らを振り返った。
「まぁそれはそれとして置いといて」
「えっ」
「悪足掻きってのは、槍の話をした時に話した、神を殺した話のことだ。北東の方角、それから車輪。その二つはその殺したやつに関連してる」
「車輪……」
一人、クー・フーリンは小さく呟く。何か思い当たるところがあるのだろうか。マシュと藤丸は先程の話をまだ引きずっているのか、ひきつった顔で凪子を見ている。凪子は立ち止まってしまった彼らに近寄ると、にっ、と笑ってみせた。
「リンドウをいきなり示されたことといい、私の神殺しがなんか関係してるんだろう。いやぁ、私連れてきて正解だったね君ら」
「…えっと、大丈夫なの?春風さん」
「そっちで呼ばれるの落ち着かんから凪子さんでよろしく」
「じゃあ、凪子さん」
「そうです、そんな…今のお話が確かなら、あと11日であの方は亡くなるということでしょう?なら…その」
「……ん?だから11日間一緒にいろ、とでも?何故?」
言い淀むマシュに言いたいことを察した凪子はそう問い、首をかしげる。そんな凪子にマシュと藤丸は驚いたようだった。
「…だって、その……」
「……確かにアイツとの別れを、まともにできたとは思っちゃいないけど」
「!なら、」
「それより異常の方が問題だろ。私の神殺しが関わってるなら余計にだ。本筋を見誤っちゃ、元も子もない」
「それは…そうですが……」
しょぼん、と二人は項垂れる。
なんとなく凪子は、特別強いわけでもないこの二人が、この異常事態のなか、ここまで生き残ることが出来た理由がわかる気がした。普通、この場面でそんなことを気にしている余裕などないだろうに。
「……いや、余裕があるというより、究極にお人好しなのか」
「え?」
「いや、なんでも。お気遣いはありがたく思うけどね、そういうのはオマケだ。だから、今はさっさと召喚サークル作りに行くよ。いいな?」
「………はい」
二人はどこか納得はしていないようだったが、念を押すように言った凪子の言葉にしぶしぶと頷いた。凪子はそれを確認すると小さく頷き、再び背を向け歩き始めた。

 少し歩いてから後ろを振り返ると、二人は変わらずしょんぼりとしているようだった。
「ふむ、余計なこと話しちゃったかな」
凪子はいつの間にか隣に来ていたクー・フーリンにそう問いかけた。クー・フーリンは僅かに眉を上げたのち、軽く肩をすくめた。
「そうさな、あの二人にあんな話をすれば、気にして当然だ」
「どこぞの得体の知れない人間の知らない過去より、自分の今の方が大事なもんじゃない?」
「そうじゃない奴らなのさ、あの二人はな」
「ふうん。悪いとは言わないけど、いずれ騙されそうなお人好しっぷりだなぁ」
「ま…確かにな」
分かっていながら、特に変えようとはしていないらしい。そんな思いを感じさせるクー・フーリンの物言いに凪子は顔をしかめた。
なんとなくカルデアの人間関係は見えてきた。そしてどうやらサーヴァントたちは、凪子が危うく見える彼女たちの無垢さを尊んでいるらしい、ということも。
「不安になるねぇ。もう少し人を疑うことくらい教えた方がいいんじゃない?無垢なままでいてほしいと願うのは勝手だけど、無垢なままで生きていけるほど成熟してないだろ、人間社会は」
「………へっ、長生きは言うことが違うな」
「人間の軍隊では理不尽なほどに暴力が横行して鉄拳制裁とかするけど、あれは戦場が理不尽な暴力の権化ゆえにだ。理不尽に麻痺させて慣れさせておかないと、人は戦場で戦えない。自分を壊さなければ生き残れない。生きるために人を壊す。そういう、アホみたいな世界が、戦争だ。そしてあの二人は、今戦争の最中にいる」
「…………」
「麻痺しなくても戦えてしまうような英雄様には分からないのか、あの二人を兵士にはしたくないのか。どっちが理由かはどうでもいいけど、サーヴァントなんて不確かな存在だよりの戦いで、最期まで付き合えると確約もできないのなら、心構えくらい教えるのが先達の為すべきことだと思うけどなァ。尊いままで滅びる方がましだというなら、それはそれでいいけどね。人間はすぐ名誉で死にたがるから」
クー・フーリンは凪子の言葉に、目を細めた。その目には、不服と納得の両方の色が灯っている。
「……、お前には、誇りってもんがないのか?」
「誇りを尊ぶのは自由だ。だが、誇りのために誰かを殺すのは馬鹿だ。誇りは生きるために持つもので、死ぬために持つものじゃない。そう思ってはいる」
「…なるほどな。お前から見たら、人間はさぞバカに見えるんだろうな」
「運命とやらにのっとって死を受け入れたリンドウを理解するのには、まぁ、500年くらいかかったかな」
「!………、よくわからねぇ奴だな、お前は」
クー・フーリンは、リンドウのことを気にしていないような素振りを見せながらも、500年その死を引き摺ったと同じ顔で語る凪子に驚いたらしい。ぎょっとしたように凪子を見たのち、呆れたようにそう言った。
「はは、お互い様ってやつだと思うぞ。さて、ついたぞーこの泉だ」
凪子はそんなクー・フーリンを笑い飛ばしながら、目的地に到着したことを告げた。