2019-5-1 23:13
「…凪子さん……」
走っていった凪子と深遠のは、あっという間に姿を消した。マシュから漏れた心配の声は、リンドウに会うことなく戦場に向かった深遠のに対してか、あるいは修復したとはいえ、肉体疲労で足がもげ腕を爆破されたほどのダメージを負っているはずの凪子に対してか。
ヘクトールは左右に視線をやりながら、槍を肩に担いだ。
「マシュ、マスター、さっきの変な神がまた姿を見せないとも限らねぇ。そうなった時厄介だ、早く行くぞ」
「……うん、行こう、マシュ!」
「……。はい!」
藤丸の声についにマシュも覚悟を決め、3人は凪子達が向かった方向とは違う、リンドウの森に向けて走り出した。
「、っらァ!!」
「ッ、…はァ!!」
ガァン、と、鈍い音が森に響き渡った。
―否、そこはもう森といえるような所ではなかった。
近隣の鬱蒼としていた森はルーとバロールの衝突でそのほとんどが焼け落ちていて、破壊されたタラニスの神域同様、駄々広い荒野が広がっていた。その中心地は取り分け大きく抉れ、両者の衝突の激しさを物語っている。
バロールの背後にある木は折れておらず健在ではあったが、衝撃にかその輝きは大分くすんでいるように見えた。
「………ぷぁっ!」
両者の衝突による衝撃波に吹き飛ばされていたクー・フーリンは、己に被さった土をどうにか払い終え、ようやく息を吸い込むことができていた。
「…っ、ぁ、くそったれ、まだ生きてるかぁ!?」
「どうにか。……マーリンはもっと飛ばされたみたいですけど」
ぼすっ、と近くの瓦礫から子ギルも顔を出した。彼も同じように飛ばされていたらしい。
ヒュッ、と風を切る音がして、いつぞやと同じようにタラニスがクー・フーリンの隣に着地した。彼もそれなりにダメージを負ったのか、億劫そうにボロボロになった緑のマントを脱ぎ捨てていた。
「…ん、おぉ、面白いことになってんなお前ら」
タラニスは今回は意図して近寄ったわけではなかったようで、瓦礫にまだ半分埋まっている二人に気が付くと愉快そうに笑った。余裕があるのだかないのだか分からない神である。
「まったく、お陰さまでよ」
「だがちょうどよかった、準備しろ、そろそろ目が開く」
「…………!」
皮肉に皮肉で返したクー・フーリンだったが、続いたタラニスの言葉に思わず口を閉ざした。そして急いで瓦礫から抜け出し、杖を引っ張り出す。
視線を激しい剣劇を再開したルーとバロールの方へと向ければ、なるほど確かにバロールの瞳は先程ルーが強引に閉めたときより開かれている。
不思議なことに、完全に開かれているという判定になっていないのか、ほとんど見えているように見えるがまだ死の呪いは発動していないらしい。それもまたバロールのゲッシュによるものなのだろうか。
「……しかし、本当に効くのか?」
「1つ、良いこと教えてやろうか」
「あ?」
「神の力というのは強大だ。だからな、デメリットがある」
「デメリットだぁ?」
「その能力の強さは、他生物からの“信仰”に大きく左右されるのさ」
「!」
『………言説としてそう言われることは稀に聞くが……本当だったのか』
タラニスが不意に語りだした言葉に一瞬クー・フーリンは顔をしかめたが、続いた言葉に驚いたように目を見開いた。その言葉には、通信先で様子を見守っていたロマニも驚いた声をあげる。
タラニスはこれからの準備のためか、持っていた槍を消し、乱れた髪を簡単に整えていた。
「だからな、確実に成功させてぇなら俺を信じることだ。お前の呼び出したウィッカーマンに乗せる祈りを、本気のものにしろ。それが最大の秘訣だ」
『…つまり、バロールの呪いを跳ね返すだけの力を持たせるためには、貴方に対する信仰が必要?』
「そうだ。それを形として示せ。多ければ多い方がいいし、この非常時だ、質は問わねぇよ」
「…なんというか…それでいいんですか?その…」
信仰がパラメーターを左右する、という理屈はそう理解の難しい話ではない。だが、信仰にも度合いというものがある。タラニスの質は問わない、という言葉は、その信仰の度合いについては問わない、と言うことと同義だ。
そんなことが罷り通るのか、というのが、子ギルが問いたいことなのであろう。タラニスは少しばかり面食らった様子を見せたのち、何か思い至ったようであぁ、と小さく呟くと、にたりと醜悪な笑みを浮かべた。
「いいに決まってんだろ?質の良し悪しを決めるのは神側、つまり俺様なんだからよ。質だの価値だのを決めるのはお前らじゃねぇ、どうもそこんとこを人間は誤解しているみたいだがよ。要は、多少悪いのでも良いことにしてやるっつってんだ」
「………俺のウィッカーマンに騙されてもいいっていうのは、そういう…………」
『………成程。貴方への信仰というのは、何も人間に限った話ではないのか』
ややあってから、ロマニは納得したようにそう言った。
神を信仰するのは、人間だけではない。
その他の動物、生命体、それらが向ける信仰も神々は受け止めている。
故にこそ、その価値を計るのは神なのだ。多種多様の生命から向けられる様々な信仰の形の価値を計ることができるのは、向けられる当事者だけだ。
それ故、人間が考える信仰の度合いの違いなぞ、神にとっては関係のない尺度である、ということなのだろう。
タラニスは理解したらしいロマニの言葉に、楽しげに肩を竦めた。