スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

【4-U】ご無礼ながら眼鏡の人と記憶してございます(主従の章)



拍手ありがとうございます!


久しぶりに4-U。
今回は眼鏡の人こと片倉小十郎が主役の主従の章の感想でございます。

ミッション回収中、Vitaのミュージックとゲームの同時起動を活かして(?)ボカロ曲「千本桜」(和楽器バンドver.)を流しながら、政宗と孫市でノリノリで神速攻撃しまくる遊びにハマりました。
さあ光線銃を撃ちまくれぇぇぇ(^ω^)♪

………あ。光線銃だから、武器がビームサーベルの小十郎で遊ぶべきだったかも/(^^)\





!がっつりネタバレ




■ストーリー感想
政宗「小十郎!わしの右目をえぐれ!」
という衝撃の始まりでちょっと戸惑いました(^ω^;)

政宗の右目を奪った事に負い目とか罪悪感があったけど、同時にそれに生かされた…ということらしいです。
奪ったと言っても、これって仕方ないじゃんって話なんですけど…
たぶんそれで自分が十分能力を発揮できる場所(政宗の側)を得た、それが生かされたって事なのかなあと。
政宗の暴走を諌めて止める事が出来る唯一の人ですもの。
止めるより暴走後の尻拭いをしてる方が多かったですがww
政宗も小十郎を信頼してるからこそ思う存分暴走出来るのだと思うw
だって小十郎のことをちゃんと名前で呼んであげてる人、政宗以外に何人いるでしょう。みんな眼鏡眼鏡言ってた気が。
ちなみに私も眼鏡の人と呼んでいます。

小十郎は少し毒を含んだ忠臣。要するに某ディナーの執事です。
イベントはまだ全部出してないのですが、一通りやった感じでは無印をもう少し掘り下げた感じでした。


●エンディング
大坂の陣。
重病で政宗にも出陣するなとかなり止められたにも関わらず、最期まで主に付き従って仕事を全うする小十郎は執事の鑑なのかもしれない。
思えば小十郎の自己主張はこれが最初で最後だったかもなあ。
そんな小十郎の気持ちを受け入れてあげる政宗もその点は主の鑑なのかもしれない。

幸村のような武士の魂を示す生き方に比べたら、自分の生き方は決して語られることはない。
それでも主家が安泰ならばそれでいい。
小十郎はほんと忠誠過ぎるほど忠誠。
最後は本体トレードマークの眼鏡を捨てて戦場を走り去っていく。
小十郎にとっての眼鏡は主従の証だったのかもしれません。
小十郎はいわば政宗の右目だったわけですが、眼鏡を捨ててしまえば何も見えなくなる(あの眼鏡がダテ眼鏡じゃなければ。伊達だけに←いい加減にしろ)
これってもう政宗の側に居られなくなるってことなのかなあと。
(たしか史実でも大坂夏の陣の年に亡くなられてましたよね)

しかし……その眼鏡ってのがいかん/(^^)\
だって小十郎の眼鏡ってどう見ても眼鏡市場とかに売ってるちょっとオシャレなやつだものw
このシーンで捨てたのが眼鏡じゃなくて、例えば政宗から貰ったずんだ餅とかだったら私たぶん泣いてた。




■イベントとか
―つぐない―
政宗の初陣後。
古参の将、主に中島宗求(モブ)にかなり嫌われてる小十郎。
中島「物言いが好かん。だいたい貴様の眼鏡も気に食わん!」
口が悪いのは分かるけど、いいじゃん眼鏡はww

政宗「貴様はわしの右目を奪った…それゆえ死ぬまでわしの為に働いてもらうぞ」(多分ツンデレ)
あれあれ?
右目をえぐれ!って言ったの政宗じゃなかったっけw

<選択肢>
A 「いくら政宗様の命とは言えそれは出来ませぬ!」と止める → 馬鹿め!貴様はクビじゃ!
B 言われた通り右目をえぐる → 右目を奪ったと責められる
なんだろうこれブラック企業かww


―惣無事令―
奥州制覇を目前にして、秀吉より私闘(領土争い)を禁ずる惣無事令が発令。
だから小十郎が
「これから戦を起こすやつは秀吉に楯突く逆賊だから我が伊達軍が制圧しますけど、これは私闘ではありませんよね」
と取り繕ってるのに
「奥州は制覇した!次は天下じゃ!」
って思いっきり私的な野望バラして全部無駄にする政宗www


―十年早ければ―
奥州を制し次は天下と喚く政宗に対して、強大な豊臣軍に楯突くのは無謀だから恭順した方がいいと諫言する小十郎に
中島「眼鏡のくせに生意気な!」
だからいいじゃん眼鏡はww

更に天下の秀吉にまで
秀吉「その眼鏡、キラリと輝いとるぞ!」
みんな眼鏡眼鏡言い過ぎww
そういう私も小十郎を眼鏡の人と呼n…


あと、今さらかもしれないんですがイベント中って視点動かせるんですね。知らなかった。



■ステージとか
・政宗初陣
主の初陣で
「政宗様のおつむは飾りですか」
いきなりキツい一言を放つ小十郎ww
たぶん最近の若いのはちょっと怒っただけですぐ会社辞めるって言い出すから、最初から厳しくしていこうという方針なのだと思いますw

政宗って神速攻撃が神速すぎて酔うorz
「千本桜」遊びのお陰で慣れたら楽しかったけど、初めは自分がどこに進んでるのか分からなくなってたw


・葛西大崎一揆
征伐に来た豊臣軍(三成)に対して、色々やらかしておいて後始末や尻拭いは小十郎に押し付ける政宗様の言い分がこれです。

政宗「誓って! 政宗に! 逆心! なしぃ!」
なしぃwwww

三成「俺を! 殴りながら! よくそんな! 台詞を吐けるな!」
殴られよったんかwwww

ちなみにこの時私は三成の体力を少し残して狐鍋待機してましたw
あの会話じゃなかったけど、面白かったから良い。


・大坂の陣
「小十郎に残された時間はわずか…
家のため、主のため、幸村を撃破せよ」

これといって絡んでない幸村の唐突なラスボス宣告に違和感。
これまで上杉の援軍として出て来てはいたけど、あくまで援軍だし、幸村側は伊達主従のこと特に何も思ってなさそうなので、これに私はラストステージの圧倒的手抜き感を覚えたのでした。
それに「小十郎は死の病を得ていた」とサラッと書かれたサラっと。
自分の方が年上だから先に死ぬと思う的な話はあったけど、1000人斬り直後に突然病です発言されてもすごい元気なので全然感じ入る事ができませんでしたごめんなさい。

関係ないけど、特殊モブ秀頼ちゃんが可愛かったです。
やっぱ秀吉には似ても似つかな(禁句



■総括して
ナイスキャラで賞・モブ中島

戦へ




拍手ありがとうございます!



Vitaのソフト入れ替えるのが面倒くさくってずっとクロニクルばっかやってましたが、そろそろ攻略くらいしかやることなくなってきたので久々に4-U起動しました。
4-Uのテーマソング井伊ですよね!間違えた!/(^^)\
良いですよね!

 
放って〜放って戦へ〜
祈って〜祈って未来で〜
笑って〜笑ってるように
どうか〜誓いの中で〜散らせてくれ〜
その心
ウ・ル・ト・ラ・ソウル!\ハイッ!/

だと、さっきまでずっと思ってたすみません。

さっき改めてちゃんと曲だけを聴いたら、どうやってもウルトラソウルには聴こえないことに気付きました。

歌詞も確認しました。全っ然違うわ。
(正しい歌詞:その心 真に無双)



4-Uのテーマソング、和楽器バンドさんの「戦-ikusa-」が凄くかっこよくて今日お店でCD探してたんですけど、調べてみたらCDの形態では出てなかった(DVD・Blu-rayのみ)事が判明したので、ネットストアでダウンロードしました。ちなみに250円くらい。


音楽を配信コンテンツで購入するのは実に8年ぶり。
私はCD派なんだ(´ω`)時代の流れに逆らってますな。
だってダウンロードした音楽ってパソコンや携帯が壊れたら全部消えるんだもの。
かつてHDDが壊れそうになったからUSBメモリにバックアップ取ったのに、そのUSBメモリが壊れて結局跡形もなく消え失せたことがあった(トラウマ)
私にとってのCDは「高額なバックアップ」という位置付けです。ははは…orz


それだけですww
ウルトラソウルじゃなかったんだ…!!
という、すごく失礼だけど自分的には衝撃だった話を誰かに伝えたかったんだ。
(ごめんなさい)


最近全然プレイ日記書いてないですね/(^^)\
今4-Uの伊達主従の章をプレイ中です。
私の職場にいる伊達政宗(史実も無双もあっちの方も)ファンの人に「もうね良い話だったよ」とアバウトに聞いたので、今後の展開が楽しみです。

(京都事件ファイル)本能寺の変 まとめ




タイトルから察せられる通り、とっても役に立ちません。
今日は本能寺の変が起こった日だから勉強メモをまとめたかっただけなんだ…



※自分で分かりやすいようにざっくりまとめた自分のためのメモ




♪ジャンジャンジャーン→
♪ジャンジャンジャーン↑
デッデッデッデデデン…


京都事件ファイル
本能寺の変〜炎にひそむ叛意〜
明智光秀ミステリーシリーズ
※冗談です。




【本能寺の変】@1582


●事件のあらまし

天正10年(1582)6月2日未明。
京の本能寺に宿泊中の織田信長が寝込みを襲われる事件が発生。

・情勢
3月に武田を滅亡させた織田軍は、中国方面の毛利征伐に本腰を入れていた。
その最前線・高松城を攻略中の羽柴秀吉から援軍要請が届く。
織田と同盟関係にあった徳川家康の接待をしていた明智光秀が、接待役を解任され秀吉救援の先鋒に命ぜられる。
また、信長自身も救援に向かう準備をしていた折の出来事だった。



●主な被害者

織田信長(49)
殿。中国の毛利と交戦中の羽柴秀吉の救援のため、わずかな供回りと共に入京。
事件発生を知ると「是非に及ばず(是非もなし)」と言い、弓や槍で立ち向かったが終には奥に籠り自害した。
ちなみに、援軍なのにわずかな供回りだけだったのは、先に天皇より賜る官職についてのお返事をするためと京の公達と茶会を開くためだったから(安土城から数々の名器を運ばせている)だとか。

森蘭丸(18)
恐らく日本一有名な小姓。
信長に誠心誠意仕え、今度の事件でも奮戦。
殿が潔く自刃する時を稼いだ。最期は討死。

織田信忠(26)
殿の嫡男。同じく毛利征伐の救援のため入京。
本能寺から少し離れた所にある妙覚寺に宿泊していた。
事件発生を知り、逃げる時間もあったが父の助けに向かう。名の通り忠信。
しかし包囲された本能寺に入れなかったため二条御所に立て籠り、やがて敵勢が押し寄せて来ると自害した。
ちなみに肖像画はパパ似のイケメン。
(信長から眉間のシワを取って雰囲気を優しくした感じ。とってもイケメン)


(ちょこっとメモ)
信長の遺体は結局見つかっていない。
本能寺には火が放たれているので、焼けた後の骸骨だけ見てそれが信長なのか他の家臣なのかを判断するのはほぼ不可能な事を思うと遺体が見つからないのも普通に考えたら当然なのですが…“見つかっていない”と言われるとちょっと夢見てしまいますね。





※この先、壮大なネタバレ注意※冗談でs


犯人:明智光秀
「敵は本能寺にあり」と言ったとか言ってないとか…

経歴に不明な点が多いながらも、中途採用からのし上がった実力派知将。
丹波亀山・近江坂本城主で、方面軍では近畿司令官を担当していた。重臣に斎藤利三など。
事件直前まで叛意は隠しており、目的地とは逆の京に向かう事に関しても「殿に軍装を見てもらうため」だとか「殿に家康討っとけと言われた」だとか、そのような感じで説明していたらしい。


(ちょこっとメモ)
事件直前、連歌の会で光秀が読んだ句
「時は今 あめが下しる 五月かな」
これが謀反の決意表明だったと言われていますが、クーデターとは関係なく単純に五月雨の情景を歌った句だったら綺麗だと思います(笑)





●犯行の動機
様々な説がありますが、どれもフィクション性が高いようです。


(1)光秀プッツン説
・国替えの不安
・母を見殺しにされた恨み
・外交を担当していた四国の長宗我部と上手くいきそうな時に四国征伐が下り、メンツを潰された
・皆の前で折檻された(頭を叩かれた)際に、カツラが落ちて恥をかかされた。そりゃ恥ずかしいでしょうね…
などなど「カッとなってやった。今は以下略」説。


(2)光秀の野望説
・自分が天下を取りたくなった
単純明快。

派生系に「あ、なんか今なら信長討てそう」という魔が差した説も。


(3)黒幕おるがや説
容疑者としてよくお名前が挙がる方々

朝廷さん
譲位を迫られたり改暦を強要されたり、お馬揃えのパレードだったり様々な危機感から仕向けたとする説。
…その天皇も危うく事件の巻き添えになるところだったのですが(下手すれば落命)

足利義昭さん
光秀が元々支えていたお方で、幕府再建を狙って共謀したとする説。
光秀も選ぶ相手間違えている気がしますが…

羽柴秀吉さん
戻るのが早かったから仕方ない(中国大返し)
事件によって一番得したこともあり、実はサルが黒幕だった説は人気。

徳川家康さん
本当は家康を討つ予定だったが…という説。
事件発生時は堺を見物中。
たまたま近くにいたからでしょうか?
…事件のあと三河に帰るのも相当大変だったのですが(下手すれば落命)

長宗我部元親さん(&斎藤利三)
元親と仲が良かった事、重臣・利三の妹が元親の正室である事などから、四国征伐を命じた信長に反発して彼(あるいは彼ら)が光秀を煽った説。

イエズス会のみなさん
「わし、マジ神」的な事を言った信長を恐れた説。
なお光秀との関係は不明。

本願寺や会合衆などその他の勢力のみなさん
続・反信長連合説。



Q.結局、謀反の真相は?
光秀「秘密」




※この先、壮大なネタバレ注意※冗談ry


●その後

・羽柴秀吉さん
毛利と即行和睦し、わずか7日で引き返して(中国大返し)、山崎で逆賊明智を撃破する。
その後の展開は言わずもがな。

・徳川家康さん
素晴らしい家臣に恵まれたおかげもあって命からがら三河に帰る(神君伊賀越え)。

明智光秀 被告
思った以上に味方が集まらず、想像以上に早く戻った秀吉と山崎で対決する羽目になる(山崎の戦い・天王山)。
そこで敗れ、最期は落ち武者狩りにあって死亡。

一説には、逃げ延びて天台宗の僧・天海になったという噂もある。
※天海は後、徳川家康の側近となる。



●まとめ
天正10年(1582)京都の本能寺で、織田信長が家臣の明智光秀に突如襲われて自害した謎多き大事件。




浅●光彦と明智光秀の語呂ってなんとなく似てるというしょうもない発想からこんなことになりました。

参観日のトラウマ




拍手ありがとうございます!





私が小学生の時、こんな夏休みの宿題がありました。

“戦国武将の年表を作る”

本当は歴史上の人物なら誰でも良かったのですが、わがクラスではやっぱり戦国時代が人気だったので、先生が「じゃあ戦国武将にしよっか」というノリ流れでw


私は真田十勇士が大好きで特に猿飛佐助の大ファンでした。
そこで佐助の年表を作るべく、夏休みなのに学校
に行ってコンピュータールームまで使わせてもらったのですが(当時は家にパソコンなんて豪華なものありませんでしたw)、そこで調べて分かったことは


猿飛佐助は架空の人物、以上!


撃沈orz
武将でもないけどw

もう主の真田幸村でいいや…幸村まで存在しなかったらもう地元の人にしよう…

そういう流れで幸村さんを調べて分かった部分を社会ノートに書き写したのがこれ。
(当時のものそのまま)


なんにも分かってねーじゃねーかwww

幸村何やってたの?ww
あの頃の私何やってたのwwww

実際よく分からなかったんだと思います。
創作のイメージが強いもので、史実に縛ると大坂くらいしかなかったんじゃないかなあ……と十余年経って言い訳する。



恐ろしいのは、当時の私はこれをそのまま提出したということ。
そして、これを提出した私を授業参観で前に出て発表する代表に選んだ先生がいるということ。

休み明けの参観日で、調べてきたことを発表する人が5人選ばれるんですが(その他は質問をする役や発表者と一緒に前に出てボード持つ役とかがあった。そっちやりたかった)、そこに私も選ばれてしまったんです。
今思い出しても恐ろしい/(^^)\

あんな結果でも選ばれた理由、それは単純に調べてきた人物が
他の人と被らなかったから。
ただそれだけww
私以外は「織田信長」「豊臣秀吉」「徳川家康」と示し合わせたように綺麗に分かれてました。
5人選ばないといけないんだもんね、先生大変でしたよねごめんなさい/(^^)\


さすがにあれだけじゃ原稿も作れなかったので、真田十勇士とかのフィクションの話も含めて発表したのですが…

質問係「なんでこの人を調べようと思ったのですか?」
私「好きだったので…(嘘です投げやりです)」

質問「この人の好きなところはどこですか?」
私「えっ…(よう知らんのよw)」

※私が転校生だったため、先生が気を利かせて
先生「ニドランさんの出身地では人気なんだよね?」
私「ええまぁ…(嘘です全く縁もゆかりもないです)」

みたいな感じで非常に空気が痛かったです。

ちなみに“戦国縛り”があるのに「坂本龍馬」を調べてきた男子がオチで登場し、クラス全員の笑いとご婦人方のハートをキャッチして終わりました。
私のトラウマ参観日話でした。



真田さんご一家に関する勉強メモをまとめてたら、昔の社会科ノートが出てきたのでw

<<prev next>>