*都市伝説派生擬人化二次創作文。
*新厄都市伝説怪異奇譚・弐之幕。
*奇々怪々にて陰惨なる擬態の譚。
*合わさる刃が零になる異形の譚。
*グロ・流血表現過多なので注意。



【:新厄都市伝説怪異奇譚〜口裂之怪〜:】



(自分以外の誰かを騙ると言う背徳)
(誰かの表皮を被りたいと言う衝動)

(自分以外の誰かになると言う願望)
(その代償すら陳腐で救えない惨劇)






――夕焼け小焼けで日が暮れて。逢魔ヶ刻が夕闇を滲ませながら、やって来ます。

子どもたちは次第に家へと帰ります。しかし、大人は子どもの様には行きません。

夜が更け、日を跨ぎ、朝を迎えても家に帰れない大人たちが現には数多くいます。

そんな大人たちを嘲笑うかの様に、巷では物騒な通り魔事件が多発していました。

しかも。犯行が多発しているにも関わらず、犯人は未だに捕まっていないのです。

しかし。とある目撃者からの証言によって、その人物は『紅いコートを着た長い黒髪の女性で、顔には大きいサイズのマスクを着けていた』と言う事が判明しました。

故に、巷ではこう呼ばれていました。
『夕刻の通り魔・口裂け女事件』と。





シャキン。シャキン。仄暗い室内の中では、裁ち鋏の空を切る音が鳴り響きます。

打ちっぱなしのコンクリートの壁に覆われた室内には、吊るされた裸電球が唯一の光源として、力無くぶら下がっています。

その真下で灯りに照らし出されているのは、床に固定された椅子と、そこに座っている一人の女性でした。四肢をベルトで拘束されている女性は、気絶していました。

シャキン。シャキン。仄暗い室内の中では、裁ち鋏の空を切る音が鳴り響きます。

「――――っ!!」

裁ち鋏の音に目を覚ました女性が、一瞬の間を置いて、声にならない驚きの声を上げます。拘束されて身動きの取れない状況に、女性の顔には焦燥の色が浮かびます。

「――ああ、良かった。目が覚めた?」

シャキンと刃が合わさる音と共に、何処からとも無く柔からな声音が響きました。
椅子の上で囚われの身となっている女性が視線を向けると、そこには女性と向かい合う形で、一人の人影が立っていました。

紅いコートに身を包み、顔に大きいサイズのマスクを着けた長い黒髪の女性が、柔らかく目元を綻ばせています。そして、その姿からは、言い表せない、筆舌し難い程の人ならざる雰囲気が放たれていました。

「今は良いわねぇ、変装道具が充実していて。大変だったのよ? 昔は今みたいに特殊メイクなんて小洒落た技術は無かったから。こうやって顔を隠すしか無かったの」

紅いコートの女性は、何処か恥じらい混じりに語りながら白いマスクを外します。

「ひっ!?」

椅子の上の女性は、想像していたイメージが先行して思わず短い悲鳴を上げます。
しかし。想像に反して、マスクの下からは女性の整った美しい顔が晒されました。

拍子抜けした様に、椅子に座った女性は小さく息を吐きます。その様子に反応を良くした紅いコートの女性は、柔らかく微笑を浮かべたままで、唇に指を這わせます。


「――ねぇ。私、キレイ?」


問い掛けながら、口の端から特殊メイクをベリベリと剥がして行くと、赤黒くザリザリになった傷口が露になりました。口が無理矢理拡張されたかの様に、その傷口は耳の近くまで、大きく裂かれていました。

その姿は、正しく――『口裂け女』。

「――――――っ!!!?」

悲鳴が喉の奥に貼り付いたまま、椅子の上の女性は絶句しました。ガタガタと身を震わせる女性に、紅いコートの女性――もとい、『口裂け女』は苦笑を浮かべます。

「うふふ。そうよねぇ。とてもじゃないけれど、こんな崩れた顔じゃあ、お世辞でも到底『キレイ』とは言えないわよねぇ」

裁ち鋏の持ち手に指を掛けてクルクルと回しながら、耳まで裂けた『口裂け女』の口から、ケラケラと陽気な声を上げます。

椅子に座った女性は、『口裂け女』の様子を窺う一方で、逃走方法を思考します。
恐怖や焦燥を意識の片隅に追い遣りながら、逃走方法を模索します。しかし。その思考は行動に移す事は叶いませんでした。

「そう言えばアナタ、聞く処に寄ると、『私みたい』になりたいんですってね?」

「えっ、――――っ!?」

そう呟くのと同時に、『口裂け女』は回していた裁ち鋏のを持ち直し、女性の下顎を掴んで強制的に口を開かせ固定します。
女性は咄嗟に口を閉じようとしましたが、口腔に開いた鋏の刃が差し込まれます。

「丁度良いわぁ。最近可愛い『依り代』を造りたいって思っていた処だったから」

そう言って不気味に微笑むと、開いたままで女性の口の端に当てていた刃と刃の合わせ目を、勢い良く一気に零にしました。

ジョギン、と言う切れ味が鈍そうな湿った音が室内に響き、皮と肉と血管が一斉に裁たれてしまいました。鮮血を滴らせ、女性の口の領域が鋏の刃渡り分広がります。

「ひ、ギィ、ああァあアアアぁっ!!??」

鉄色の痛みに女性は絶叫を上げました。

「う〜ん。未だ足りないわねぇ」

そう言って、『口裂け女』は反対側の口の端に刃を添えると、間髪入れずに開いた刃と刃を合わせて口の拡張工事を施します。錆びて変色して切れ味の鈍くなった裁ち鋏からは、女性の鮮血が滴り落ちました。

「……ふァっ、ふァんレ(な、何で)!?」

口腔の鮮血と激痛と恐怖に耐えながら、口を裂かれた女性は震える声で訊ねます。

「だって。アナタ、巷を賑わせる位に『私みたい』になりたかったんでしょう?」

にこにこと微笑みを浮かべたままで、問い掛ける『口裂け女』。その言葉に、女性は無意識に魂が凍り付くのを感じました。

巷を騒がせている『通り魔事件』。彼の有名な『口裂け女事件』の首謀者。それこそが、今正に口腔を鋏で痛々しく拡張され、切り裂かれた女性。本人だったのです。

誰かの模倣。中でも、『架空のモノ』になりすませば、バレる事は無い。誰も自分の犯行とは気付かない。同時に、俗に言う処の『世の中への不満』を他人で晴らす事が出来る。それは、女性の中で渦巻き溢れ出た、とても身勝手で幼稚な衝動でした。

化けの皮を被っていれば何も怖く無い。

しかし。女性は殺人は犯していません。
捕まれば傷害罪は免れませんが、殺人は犯していません。一線を越えずに犯行を重ねて来た女性は、けれど、皮肉にも、『本物の恐怖』と対峙した今になって、自分の行いの浅ましさを知る事になるのでした。

それこそ。その足で自首するか警察に逮捕される方が、確実に『命の保証』は約束されていただろうと、断言出来る位には。

その現実を。身に降り掛かる惨劇を。
女性は身を以て知る事になるのです。

殺人の有無。人間の罪の軽さも重さも。
その理が怪異に通用しないと言う事を。

「でも。残念だけれど、私はこんなものじゃなかったわ。アナタが私になるには、これだけでは、未だ全然足りないわねぇ」

にこにこと微笑んでいた『口裂け女』の表情に陰惨な色が浮かび、暗く歪みます。

「未だ足りない未だ足りない未だ足りない未だ足りない未だ足りない未だ足りない未だ足りない未だ足りない未だ足りない未だ足りない足りない足りない足りない足りない未だ未だ未だ未だ未だ未だ足りない」

――ぜぇんぜん、足りないじゃなぁい。

壊れたレコードの様に不気味に単語を繰り返しながら、『口裂け女』は女性の裂けた口許の皮膚の下に指を抉り込ませます。

そして。そのまま。何の躊躇いも無く。

ベリベリベリと。さながら烏賊の皮を剥ぐ要領で顔の皮を剥ぎ取りました。皮膚の下に隠されていたナカミが露になります。

「――――――――っ!!!!!!」

化けの皮ごと顔の生皮を剥がされた女性は、人間のものとは思えない獣めいた絶叫を上げます。表皮を剥ぎ取られた内側の組織から、鮮血が止めどなく噴き出します。

「アハハハッ、フフアァハハハハハッ」

しかし。それでも『口裂け女』は、陰惨な衝動を止めようとはしません。気が触れた様な笑い声を上げながら、『口裂け女』は部屋の隅に置いてある台車をガラガラと引いて来ます。台車の上には鈍く光る何かが乗せられているのが見受けられました。

「ほらぁ。外面(そとづら)を剥げば誰だって彼だってこんなにグロテスクな中身の有り様なのに、どうして『キレイ』に対して欲張りになってしまうんでしょうねぇ」

台車の上に乗っていたのは――まるで、手術道具の様に綺麗に並べられた、おおよそ手術道具とは呼べない物ばかりでした。

金槌、五寸釘、針金、糸鋸、プラスとマイナスのドライバー、ペンチ、ガスバーナー、鉋(かんな)、鐫(のみ)等の紅黒く錆び付いた工具類が所狭しと並び、その奥の方には、刺激臭を放つ試薬品特有の茶色い瓶が数種類鎮座しています。口を裂かれ、顔の皮を剥ぎ取られた女性は、これから自身の身に降り掛かろうとしている更なる凶事に、拒絶と赦しを乞う悲鳴を上げますが、その行為に意味が無い事は明らかでした。

「ああ、そんなに怖がらなくても大丈夫よぉ。だってぇ、いつの時代も『キレイ』になるのに多少の痛みは付き物だものぉ」

そう言って、『口裂け女』は片手に持ったガスバーナーで、もう片方の手に持った糸鋸を真っ赤に炙りながら、『顔(表皮)』を無くした女性に優しく微笑み掛けます。

「さぁ、お待ちどう様。アナタはどんな風に『キレイ』にしてあげましょうかぁ」

「あ、あぁ、あァ……」

紅く炙られた道具を持ちながら、『口裂け女』は女性へと歩み寄ります。ジリジリと眼前に迫り来る紅く焼けた絶望。女性は目蓋を失った双眸から、血の混ざった涙を流しながら力無く悲鳴を上げたのでした。



その後。『口裂け女』に顔を剥ぎ取られた女性の行方は、誰も知る由もありません。
そして。現世の人間たちを震撼させ、巷を賑わせていた『通り魔事件』は、犯人特定不明のまま迷宮入りとなり、警察の捜査本部は静かに幕を閉じる事となりました。

しかし。ごく稀に。かつての事件現場付近に、『紅いコートを着た黒髪の女』が佇んでいる姿を見たと言う目撃情報が、数少なくも未だに寄せられているとの事です。


紅く錆び付いた裁ち鋏を持つ姿が――。



「――ああ、また一人闇に堕ちたんだ」

深夜の裏路地で一人の人影が呟きます。

「自分以外の『誰か』を真似る事は、個人として存在する責任を放棄して、自分の魂をその『誰か』に転嫁する事だからね」

人影は、道に石で二つの丸を描きます。

「結果として、個人としての存在が希薄になる。個人として確立されない希薄な魂は、とても不安定なものとなる。そして、個人として地に足が着かなくなった時点で、その個人は故人に転じて仕舞うんだよ」

人影は、丸の一つに仮面を描きます。

「大袈裟だと思うならそれで良いさ。思考の自由と選択は生きている人間の特権だからね。でも、それだけ生者と死者の境界線何てモノは危うくて曖昧だ。零と壱の情報が少しズレただけで、簡単に人は死ぬ」

人影は、仮面の下に十字架を描きます。

「自分の立ち位置や理想を誰かに求めるのは自由さ。そして自由だからこそ、そこには必ず責任が伴う。例外の無い責任が」

人影は、十字架の下に髑髏を描きます。

「負うべき責任を放棄すれば身軽になる。身軽になった分、そこから魂が欠けて行く。個人の魂が変質して壊れて行くんだ」

人影は、髑髏を潰して×印を描きます。

「自分に纏わる事を手放すのは簡単だよ。ただし、それを手放したら、二度と元の自分を取り戻す事は叶わないけれどね」

人影は、夥しい程の×印を描きます。
×印を描いて描いて、描き殴ります。

×印を描いて描いて描いて描いて。
描いて描いて描いて描いて描いて。

落書きが×印で埋め尽くされて塗り潰されて、いつしか原形を留めなくなった頃。

人影は、その出来映えに満足して立ち上がると、そのまま路地裏の暗闇に紛れ溶ける様に、その場から姿を消しました――。


(『怪談』とは騙(かた)らずに語るモノ)



【:新厄・弐之幕〜口裂之怪〜:】(完)



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