*文豪/ストレイ/ドッグスで短篇夢譚。
*登場夢主は乱歩の相方で福沢の養女。
*日常系なほのぼの話を目指してます。
*原作の一話と二話の間に当たる閑話。



【:†虎の子を迎える前日譚†:】



三角巾と前掛け(エプロン)を着用し、掃除用具と幾つかの工具を持ち込む。無人が続いた事を考慮して、備品の家電に一通りの手入れを施し、社員寮の一室を見渡す。

人の不在になった部屋は酷く傷み易い。
空気に熱が無く、流れも無く、人の手が加わらなくなった空間は、迚も澱み易い。

「――ふぅ、良し」

清掃と手入れを遣り遂げた達成感と共に、一息吐くと、最後の点検に取り掛かる。

「……瓦斯良し。水道良し。電気良し」

焜炉の青い火。流れる水。部屋の電灯。
必要最低限のライフラインは概ね良好。

「……家電良し。寝具良し。収納良し」

空っぽの冷蔵庫。天日干しの蒲団。
空っぽの押し入れと背の低い箪笥。

「……お風呂場も良し。石鹸準備良し」

点検箇所を回り指差し確認を繰り返し乍ら、これからこの部屋に来る人物について思考する。武装探偵社の社員寮の一室は、少々造りが古いものの、人一人が生活するには十分な広さと備え付けがされている。

そう。探偵社の社員に成れたらの話だ。
飽くまでも、結果論の延長線上の話だ。

それでも、その結果論足る確信が有る。
それ故に、この部屋に赴いたのだから。

住人を迎える準備をしていたのだから。

「……ん?」

思考に耽っている最中に、前掛けのポケットの中で携帯端末が震える。液晶に浮かんだ名前に、釦を押して通話に応じる。

「――もしもし、太宰? うん。君に云われた通り、此方の準備は出来ているよ。うん、そう。部屋の点検も終わったところ」

慣れ親しんだ探偵社の後輩こと、太宰からの電話に現状報告をしつつ、幾つかの受け答えをし乍ら、そのまま通話を続ける。

「……私はその場に居なかったから、未だ顔を見ていないのだけれど。うん。心配はしていないよ。君が連れて来る子だもの。新しい後輩が出来るのは、嬉しいよ」

「君の時もそうだったよね」と続ければ、「是非とも今から私と心中して下さい」と期待の込められた声音で以て到底穏やかでは無い申し出が返って来た為、「乱歩と社長と探偵社が大事だから無理」と云って、火急的速やかに通話を強制終了させた。

「……ふぅ」

部屋の合鍵は、太宰が持っている。
よって、これ以上の長居は無用だ。

持って来た道具類を片付け乍ら、武装探偵社恒例の通過儀礼である『入社試験』に思いを馳せる。根本的な意味合いは同じでも、比較的新参の潤一郎や賢治君の時とは、また異なる趣を持つものとなるだろう。

生憎、乱歩の出張の付き添いが有る為に、当日の入社試験には立ち会えないのが残念だが。太宰が初見でその人物を見込んでいるなのら、余程見処が有るのだと思う。

これから、太宰に連れて来られる人物。
これから、この部屋の住人になる人物。

一体、この部屋で如何過ごすのだろう。
一体、どんな色を添えて呉れるだろう。

「……気に入って貰えると良いな」

この部屋も。探偵社も。横浜の街も。

『住めば都』と云えば幾分かは聞こえは良いだろう。しかし、それだけではこの街では生きていけない。どんな境遇の生まれであれ。どんな半生であれ。生きて行くには、強くならなければならないのだから。

これから、自分の後輩になる新人は。
これから、どんな日々を迎えるのか。

探偵社の古参の一人で在る以上、否応無しに、それを見届ける事になるだろう。

探偵社員としての葛藤も。苦悩も。
一人の『人間』としての、成長も。

未だ見ぬ新たな後輩にとって、これから生きて行く場所が、掛け換えの無いものになって呉れる事を、切に願うばかりだ。

「……私に出来る事なんて、そう多くは無いだろうけれど」

呟き乍ら、部屋の換気で開けていた窓を閉める。施錠された窓の外。夕刻の色が濃くなる空に、明星を見付ける。流れ星になっては呉れない明るい輝きに、そっと願いを預けると、誰の温度も灯っていない部屋を一瞥して、静かにその場を後にした。

これは、中島敦の『入社試験前日譚』。
入社試験大選考会前の夕刻の譚である。







はい。皆様こんにちは♪
半袖でも寒くない春の雨の夜を布団の中でゴロゴロと過ごしてます燈乃さんです。

今回の雨風で桜は大分散って仕舞うでしょうね。木々の新芽の淡い萌木色と、紅い葉桜の織り成す彩りも綺麗ですけれども。

明日も最高気温がトチ狂った様に高くなるらしいので、着て行くものと体調管理には気を付けたいと思います。大型連休前に初夏の陽気とか身体が付いていかない!!←

さて。今回は文スト乱歩夢の閑話です。
新入社員と言う事で、少々時期ネタっぽい感じにしてみました。原作だと時期や季節等の細かい設定は無らしいのですが、四月だし始まりの時期だし新入社員に纏わる譚を書きたいなぁと思い、今に至ります。

時間軸的には、原作の一話と二話の間。
もう少し細かくすると、小説三巻の『入社試験大選考会』の数時間前の閑話になります。敦君の為の部屋を夢主が用意している図が浮かびまして、掃除用具やら道具片手に準備に意気込んでいる夢主がいます。

太宰が敦君を保護して、入社試験に至るまでの描写に空白が有ったとして(自己解釈)、色々準備するとしても太宰さんが裏工作してるだろうなと思い至った次第です←

社員寮の管理とか。探偵社が受け持つとしたら、夢主(事務員統括主任)が逐一動いてそうです。自分の手に余る処は信頼出来る外部業者にお願いしそうですが、基本的な整備とかは自分でこなしてそうですね。

そんな感じで。新しい後輩が出来る事に感慨深くもワクワクしている夢主の譚でした。ちなみに、乱歩さんの出張の付き添いの準備をしなくてはならないので、夢主自身は『入社試験大選考会』を欠席します。
敦君ときちんと面会を果たすのは、原作の二巻辺りかなと考えてます。単発も面白いですが、時系列ネタも良いですね(真顔)

……はい。そんなこんなで、今回も恒例通り長くなって仕舞いましたが、ここまでお目を通して下さり、本当にありがとうございました。今回は友情出演が電話越しだったので、次回は太宰さんか、もしくは乱歩さんとのお話を書きたいですね。



ではでは、今回はこの辺で☆



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