*一次創作『追憶有栖シリーズ』短篇。
*輪廻転生に対する独自の解釈論含有。
*殺された人魚は転生の未来を見るか。



【:†空星の人魚、或いは転生の夢†:】



(死の『穢れ』と『業』とを浄め濯ぎて)
(星となった魂は輪廻の『環』へと還る)


その少女は、天の川の畔にいました。
その少女は、天の川に立ってました。

空の青を透明に濾過した天の川の水面は、水底に沈む夜光星の仄かな灯りを、きらきらと揺らし包容しながら映しています。

その灯りを掬い上げる様に、少女は天の川に手を浸します。さらさらと流れる水面は淡い光が細かく散らばり、たまに柔らかく湾曲しながら、透明な青を彩ります。

例えるなら、青い幻灯籠。或いは、緻密で繊細なステンドグラスの様な。危うい儚さと美しさを宿しながら、透明な青は何処までも幻想的な表情で流れて行きます。

少女は冷たくも温かくも感じないはずの、天の川の透明な青い水に、自分の姿を映しました。水面に映った、自分の姿を見ました。天の川の流れはとても穏やかで、七夕の洒涙雨でない限り、氾濫して荒れることは滅多にありませんでしたから、少女の姿は水面にはっきりと映っていました。

少女は、薄紅色の着物を着ていました。

元々は、どろりとした毒の様に禍々しく、濃い赤い色をしていましたが、天の川に来て透明な青い水に浸っていることが多くなってからは、大分色が落ちていました。

昔よりもずっとずっと淡くなった着物に、少女は天の川に来た頃を思い出します。

天の川に来る人は、濃淡それぞれの赤い色の着物を着ています。そうして、着物の色が真っ白に落ちた頃、人の形から光へと姿を変えて、淡く尾を引く流れ星となって天の川から地上へと流れて行くのでした。

着物が真っ白に綺麗になると、明るい新しい場所に行けるのだと。天の川の近くの宮に住んでいる双子の星が、来て未だ間も無かった少女に、そう教えてくれました。

少女は、それを思い出しながら、水底に浸かっている自分の足を見ました。それは、どこからどう見ても、人の持つ本来の足の形をしていました。それが、少女は天の川に来てから不思議でなりませんでした。

少女は、人の足を持つ前は人魚でした。

海で産まれ、人に拾われ、育てられ、売られ。そうして、天の川に来るまでは足と呼ばれる器官は無く、代わりに魚の尾ひれがありました。それは人魚の証でした。

蝋燭に絵を描きながら、穏やかに慎ましく暮らしていた小さな港町は、もうどこにもありませんでしたが、そこで暮らしていた頃は、まだ確かにありました。長く生きた人魚は人に化けられると聞きますが、少女はまだ幼く、その術を知りませんでしたから、ますます不思議に思いました。

(……私は、人になったのでしょうか)

尾びれの代わりに生えた足を見遣りながら、少女は小首を傾げます。双子の片割れから聞いた話によると、生き物は『死んだ時の姿』か、或いは『自分にとって一番印象深い姿』でやって来ることが多いらしい様ですが、人の足の生えた少女の姿は、そのどちらにも当てはまりませんでした。

途端に少女は不安になりました。生前の記憶から、人にはあまり良い思い出がありません。今でこそ幾分かは落ち着きましたが、少女にとっては、『恐怖』の象徴でした。そんな人と同じ姿になってしまった自分は、一体何なのだろうと、少女は不安を掻き消す様に川面に映る自分の姿を指先で揺らして、透明な青の上に散らしました。

「……おや。ここに人魚が来るなんて、随分と珍しいことも有るものだね」

少女が不安に俯いていると、少女の前方から声が聞こえました。恐る恐る少女が顔を上げると、そこには少年がいました。

空色の浴衣に淡い色で彩られた少年は、天の川の水面に音も無く立っています。提灯代わりに少年が手にしているのは、橙の灯の宿った手鞠ほどの大きさの鬼灯です。

「今の君は誰でもない。人魚でもヒトでもない。限り無く『魂』と言う形に近い、一個体の生命に於ける『存在概念』だよ」

少女の抱えている不安と疑問に応えるように、少年は少女に語り掛けます。

「ヒトを含めた生命はいつか死ぬ。朽ち果てる。死んで、彼岸を渡って、生前の所業を償って、輪廻転生の道を進む。そうしてまた、現世に生まれ落ちるのさ」

青い水面に逆さまに映る少年は、くるりと指先で水面に円を描きます。

「魂が『堕ちる』か『昇る』かは生前の業によりけりだけど。『ココ(天の川)』にいると言うことは、君は志半ばにして亡くなったモノなのだろうね。少なくとも、自分の意思で殺された訳ではないだろう?」

少年は問い掛けるように小首を傾げます。それに対して、少女は頭をよぎった生前の記憶に小さく肩を震わせました。

「魂が記憶を残したまま転生するのは、存外よく在ることだよ。それが幸福か災厄かは本人次第さ。君の反応を見た限りでは、まぁ、聞くまでも無いだろうけどね」

(……あなたに、何が分かるって言うんですか?)

「……さぁ。何も分からないだろうね。何せ、僕は九つ在る『記憶(人格)』の内の一つでしかないんだ。取り分け『共感』と言う感覚に乏しく出来ているんだよ」

『空間観測者(Alice)』と言う存在はね。そう力無く首を横に振ると、少年は苦笑を浮かべて、少女の顔を覗き込みます。

「人魚の血肉は、いつの世もヒトを魅了し続ける『呪い』だからね。君の受けた理不尽な『非業』も分からなくはないよ。『呪い』だからこそ『非業』が成された。君は、その結果の延長線上にいるんだ」

少年の言葉は少女にとって残酷なことでした。生まれたことが『呪い』であり、それにより死んだことが『非業』ならば、それは何て残酷な運命なのだろうかと、少女は行き場の無い悲しみに顔を歪めました。

「しかし。まぁ。だからと言って、君のこれからの転生に傷を付けるのはお勧めしないな。僕としては天の川……つまりは、この『流転の河原』で穢れを綺麗に落として行った方が、幾分かは賢明だと思うよ」

(…………え?)

意味深な少年の言葉に、少女は間を置いて思わず目を見開きました。その言葉の内側に光る希望を仄めかすように、少年は人差し指を口の前に立てると、何処か悪戯っぽく微笑みを浮かべます。

「うーん……これは本当は、ちょっと内緒……というか企業秘密の極秘情報なんだけどね。天帝が定めた軌跡によると、君はこれから沢山の幸福を授かるよ。だから、そんなに悲観しなくても良いんだ」

新しく生まれ変わる来世を。
高らかに産声を上げる瞬間を。

そこまで言って、少年は踵を返します。
少女は驚きの色を隠せないままで、何か言わなければと言葉を探しますが、少年を引き留める手立てはありませんでした。

「僕から一つ。未来展望をするとして。君が転生を望むなら、次に『君』が生まれるのは、丁度一年後辺りになるだろうね」

君が君への希望を望むなら。例えば、願いの一つくらい、叶っても良いはずだよ。

少女への祝福にも似た言葉を告げた少年は、それっきり姿を消してしまいました。

少年が何者だったのか。少女には知る由もありませんでした。誰かがいたと言う余韻も、静寂に等しい天の川のせせらぎの中で、跡形もなく消えて行ったようでした。

その少女は、天の川の畔にいました。
その少女は、天の川に立ってました。

空の青を透明に濾過した天の川の水面は、水底に沈む夜光星の仄かな灯りを、きらきらと揺らし包容しながら映しています。

残された少女を、天の川は淡く幻想的な青い色合いで彩りながら、今日もまた、旅立っていく幾ばくかの流れ星の行く末を見守っていました。





……それから一年後。とある病院にて。
七夕の夜に、天の川の見守る空の下で、新たな生命(転生)の産声が上がりました。

そして、それを天の川から見守っていた少年がいたことは、空に瞬く星たちと、当事者と知るヒトしか知らない譚です……。


(前世から現世へ来世へと連なる記憶は)
(あまねく魂の行く末を綴る道標となる)



<完>






今年の願い事
>>>創作文を引き続きアップしたいです。今回は取り敢えず一年近く手付かずだった創作文(久々の一次創作)を上げられて個人的にはかなり万々歳だったりします←


ではでは、今回はこの辺で☆



*