*水族館から垣間見た魂の原始の譚。
*それは人間に辿り着くまでの物語。
*静寂と小波の中に浮かぶ海の記憶。
【:†アクアリウムと泡沫の追憶†:】
(それは海の中で呼吸をしていた頃の)
(魂に刻まれた広大な蒼の世界の記憶)
透明な壁の向こうに拡がる
区切られた一面の海の空間
幾重もの命の形が織り成す
肌の上に浮かぶ水面の模様
潮風と波の香りを辿る様に
生まれて来た場所を探して
嘗ての魂が求めているんだ
還れなくなった遠い場所を
蒼の記憶の糸を辿りながら
陸で命を繋ぎ呼吸を続けて
五指に別れた手で触れる涼
足となった尾ヒレで歩いて
命の進化の歴史を遡る様に
降り注ぐ光の中を仰ぎ見る
心の有り様の原型でさえも
星の砂が積もった地層の中
海月の様に空想を漂わせて
深海魚の様に息を潜ませて
満ち引きの度に身を輝かせ
時に岩場の影に姿を隠して
波の流れを子守唄に変えて
幾度の月日を巡り終えた先
還れなくなった遠い場所へ
微かな懐古と哀愁を抱いて
硝子越しの蒼に手を伸ばし
魂の中の光景へと投影する
海から産まれて陸へ上がり
空へと旅立つ記憶の物語を
(それは真珠の気泡と共に胸に浮かび)
(珊瑚の亡骸と共に魂に寄り添う記憶)
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はい。皆様こんにちは♪
何だか久々な創作文の更新な気が否めません燈乃さんです。創作意欲の所在が(略)
さてさて。今回載せた創作文的作詩ですが、テーマとしては『海にいた頃の記憶』のお譚になってます。イメージの題材は色々と有りますが、某マツコさんの番組で取り上げられていた水族館を見て、感じた事を綴ってみました。某海底鬼岩城とかも←
『何故、擬似的な海中を模造してまで人間は海を見たいのか』と言う疑問から、色々と模索して突き詰めた結果、『人間が人間としての姿に辿り着く為の、原点回帰の一環なのではないか』と。かなり個人的な解釈になりますが、自分の始まりや出発点を追求したいと言う衝動は、人間として自然な感情なのだそうです。動物で言う処の『帰巣本能』に近いのかも知れませんね。
人間が人間の姿になって、何度も何度も再生と破壊と発展と廃退を繰り返しても、魂の産まれた処の記憶は永遠に消えない。
何の柵も無く命の続く限り泳ぎ回っていたあの広大な世界の記憶を、人工的に硝子越しに投影して、帰り道を忘れないように、光の差す水面の輝きを、仰ぎ見ている。
悲しい『人間の性(さが)』だなぁ(苦笑)
月の満ち引きで感情やホルモンが左右されるのも、子を宿す場所に海の欠片を満たしているのも、海から貰った設計図の一つなんだなぁと思うと、寂しい反面少しだけ嬉しかったりしますね。熱を産み出すエネルギー回路の仕組みも、海綿動物の時代から変わらないらしいので、人間が人間としての姿に進化したのが逆に不思議だなと感じて仕舞う今日この頃の燈乃さんでした。
星の砂の一欠片の中に、誰も知らない遠い遠い海の世界の記憶と魂が眠っている。
ではでは、今回はこの辺で☆
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