*都市伝説派生擬人化二次創作文。
*新厄都市伝説怪異奇譚・壱之幕。
*奇々怪々にて陰惨なる恋慕の譚。
*開いた闇の奥底で蠢く異形の譚。
*グロ・流血表現含有なので注意。
【:新厄都市伝説怪奇譚〜禁后之怪〜:】
(本来あるべき筈の場所に有るもの)
(本来は形すら捉えない不可視の型)
(目には見えない大切な『モノ』を)
(誰にも奪われないように隠匿する)
◆
――少年は逃げていました。必死に逃げていました。無我夢中で逃げていました。
逃げながらも――同時に、これから自分に降り掛かる運命からは決して逃げられない事を、少年は何処かで悟っていました。
しかし。生きる事を優先させようとする本能が、諦めると言う選択肢を許してくれません。本能が立ち止まるなと叫びます。
だから、少年は逃げました。必死に逃げていました。無我夢中で逃げていました。
少年の胸の内では、力強い鼓動と共に警鐘がひっきりなしに鳴り響いていました。
少年の視界は、危険信号と身体から漂う鉄臭さから、真っ赤に染まっていました。
実際に。少年の左腕は二の腕の先から手までが、ごっそりと無くなっていました。
左腕からは夥しい出血が見受けられますが、少年は逃げる事を止めませんでした。
少年の中に刻まれ根を張った『恐怖』が、卒倒し兼ねない痛みを麻痺させていたのです。少年の痛覚は既に壊れていました。
それ程に、ソレは現実逃避を許さない『恐怖』でした。意識からの遮断も拒絶も叶わなかった。『元凶』からの物理的な逃避――逃走によって、少年は腕を欠きながらも辛うじて意識を保っている状態でした。
『――何だ、何だアレ? 何なんだよ!?』
息も絶え絶えな少年の頭の中では、自身の身に降り掛かった凶事が、何度も繰り返し再生されていました。何度も。何度も。
針の飛んだレコードの様に。少年の心に、少年の記憶に赤黒い爪痕を立てました。
そして。何度繰り返そうとも。
その度に自問自答しようとも。
沸き上がって来るのは身の毛もよだつ『恐怖』と、出口の見当たらない『疑問』ばかり。その内、途方も無い『疑問』が、少年の頭の中を埋め尽くして行きました。
どうして。自分がこんな目に遭っているのか。どうして。『こんな姿』になってまで、必死に逃げるハメになったのか。
そもそも。今に至るまでの全ての『元凶』は、一体何だったのか。間違いは何処に有ったのか。少年の中に溢れ出した『疑問』は、次第に一本の糸の様に繋がります。
そして。それは、さながら走馬灯に似た姿となって、息も絶え絶えな少年の記憶に、ぼんやりと浮かび上がりました――。
◇
ある日。ある学校の放課後。ある少年が、クラスメイトの少女に告白しました。
『好きです。僕と付き合って下さい』
放課後の夕暮れに、沈黙が降りました。
少年にとって、一世一代の告白でした。
一世一代のとは大袈裟かも知れませんが、少年にとって、目の前の少女は初恋の相手でした。少年の胸は期待で膨らみます。
『私のことを、大切にしてくれる?』
少女の質問に、少年は真っ赤な顔で何回も頷きます。心拍数が上がっていきます。
『もっ、勿論だよっ!! 約束するっ!!』
『……ふぅん、そっか』
少年の返答に、少女は俯いたままで何処か恥じらう様に視線を逸らしていましたが、小さく決心した様に頷くと、パッと顔を上げました。少年の胸が一層高鳴ります。
『じゃあ、私も君のことを『大切』にしてあげるね。だって、約束だもんね』
美しく朗らかに。少女は微笑みました。
少年の頭の中では拍手が鳴り響きます。
『じゃっ、じゃあ。これから――』
よろしく――と。少年は少女に手を差し伸べました。手を差し伸べ様としました。
しかし。それは終ぞ叶いませんでした。
何故ならば。少年の手が千切れたから。
『――――え』
少年は千切れた手――正確には片腕ごと喪ってしまった部分を直視して、硬直しました。痛みよりも混乱が先んじたのです。
次いで。少年は少女を見て、いよいよ言葉を失いました。呼吸すら止まりました。
少女は手に掌大の『箱』を持っていました。その『箱』からは無数の髪の毛が伸びていて、空中に少年の片腕をぶら下げていました。片腕から長い髪の毛を伝って、紅い雫がポタポタと地面へ滴り落ちました。
――――少年は、絶叫を上げました。
◆
何処をどう走ったのか。
少年には分かりません。
そんな少年が息も絶え絶えに辿り着いた先は、夕焼けで紅く染まった屋上でした。
片腕を無くして血の滴り落ちる箇所からは、背筋が凍り付く様な何処か仄暗い甘さを含んだ、生温い鉄臭さが鼻に突きます。
息も絶え絶えな少年は、開け放たれままの屋上の扉を閉めました。鍵は内側からしか掛けられませんが、閉めて外から扉を押さえて仕舞えば、あの少女はここにはやって来られない。少年はそう考えたのです。
そうして。少年が片腕に体重を乗せて扉を押さえていると、階段を昇って来る足音の後に、扉が小さくノックされました。
――コンコン、コンコン。
ノックの音に、少年の体は強張ります。
――コンコン、コンコン。
ノックの音に、少年は呼吸を潜めます。
――ドンドン、ドンドン。
強くなる音に、少年の身体が震えます。
――ドンドン、ドンドン。
強くなる音に、少年は悲鳴を殺します。
気を抜けば打ち破られそうな扉を死守すべく、少年は必死に扉を押さえ付けます。
目からは涙。口からは嗚咽を溢しながら、少年は少女が諦めるのを待ち続けます。
暫くすると、階段を降りて行く足音が、扉の向こうから遠ざかり、少女の気配が無くなりました。辺りには静寂が漂います。
少年は息を飲んで耳を澄ませますが、少女が近づいて来る気配は感じられません。
助かったのか。諦めたのだろうか。
少年は、扉の前に膝を付きました。
逃げ切った達成感と恐怖から解放された事により、出血で意識が朦朧とし始め、次第に傷口が痛みを思い出します。片腕が犠牲となりながらも、生きている実感を覚えた少年は、湧き上がる生の衝動に駆られて、救急車を呼ぼうと携帯端末を取り出そうと、ポケットに手を入れ様としました。
しかし。それは終ぞ叶いませんでした。
何故ならば。少年の腕が千切れたから。
「っ、わぁあああああっ!!」
少年は絶叫を上げました。片腕の千切れた箇所からは鮮血が噴き上がっています。
痛みから恐怖と混乱が怒濤に湧き上がり、少年は思わず扉を背に振り向きました。
「――ねぇ、どうして嘘を吐くの?」
振り向いた先。目の前に、少女が佇んでいました。掌には『箱』が乗っています。
「――ねぇ、どうして嘘を吐くの?」
『大切』ニシテクレルト、言ッタノニ。
「だっ、ぼくの、うっ、うで、がっ」
恐怖と両腕を失った現実から、泣き崩れて返答も儘ならない少年に対して、少女は要領を得た様に笑って頷いて見せました。
「だって。君は大きいでしょう? 小さくしなくちゃ、『箱』に仕舞え無いから」
君ノコトヲ『大切』ニ、出来無イカラ。
血も凍る美しい微笑みを浮かべて、少女は『箱』を掲げました。少年の前に差し出されると同時に、『箱』からは夥しい量の長い黒髪が次から次へと溢れ出て来ます。
『箱』から溢れた髪は、逃げ場を失った少年の身体に絡み付いて行きます。絡み付きながら少年の身体を解体して行きます。
足首。膝。太股。腰を千切られた辺りで、少年は痛みを感じなくなりました。地面に自身の中身が拡がるのを見ながら、少年は虚ろな意識である事を思い出しました。
『――ああ、何で、そう言えば、僕』
『――この子の、名前、知らないや』
胸。首。頭。順番に千切られて行く意識の片隅で、少年は少女の姿を捉えます。
少女の闇の瞳を見たのを最後に、少年の意識は現世から掻き消えてしまいました。
夕焼けに染め上げられた辺りには、少年の流した血の暗い残り香が漂っていました。
◆
夕暮れが宵闇へと姿を変え始める時刻。
逢魔ヶ刻。手の中に立方体を持つ少女。
『箱』からはナニかを一心不乱にガリガリと噛み砕き、ゴリゴリと咀嚼し、グチャグチャと捏ね回し、ジュルジュルと吸引し、ゴクゴクと嚥下する――まるで『何者か』が『食事』をしているかの様な、不気味で生臭く形容し難い音が零れていました。
「これで誰にも奪われない。暴かれない。ずっと、ずっと、私だけのモノ――」
闇色の瞳を潤ませ、頬を薄紅に染め、愛しそうに『箱』を頬擦りする少女は、甘く蕩けた声音で歌う様に呟くと、夕焼けの中に霧散する様に消えて行きました――。
◇
「――ああ、やはり『喰われた』か」
少女の消えた先を見遣る影が呟きます。
「人間は心に『愛を入れる箱』を持っている。もしくは、『愛を受け取る箱』を」
人影は、窓にハートと四角を描きます。
「しかし。極稀に、その箱を『肉体に収めないまま』に生まれて来る者がいる。目には見えない筈の心が、現実世界で可視可能な『箱の形』で外界へと顕現している」
人影は、四角の中にハートを描きます。
「そして。その心の『箱』の中は、いつも空っぽのままだ。目には見えない筈の心が、なまじ『箱』と言う『物理的な形』を帯びてしまった為に、世の理である『心象の不可視』の概念が歪められた結果だね」
人影は、四角の中のハートを消します。
「概念の歪みは『奇』と言う偏りを生み、世の理から『異』なるモノとして逸脱を遂げた後、産声と共に一人歩きを始める」
これは、そんな『箱入り娘』の物語。
『奇異』に満ちた、都市伝説の物語。
「誰だって『宝物』は大事さ。ただ、彼女の場合は、心が満たされない。満たされないままに。空虚だけがそこに在る」
人影は、四角とハートを消しました。
「ちなみに。答え合わせをするなら、彼女の名前は『匸 匚(かくしがまえ はこ)』。新厄として宿し持っている『諱(忌み名)』は『禁后(パンドラ)』だ。正確な読みは知らないけど、間違っても正確な音で彼女を呼ばない事だ。或いは、無意味な約束を交わさない事。喰われたくなければ、ね」
人影は、誰に言うでも無く語り終えると、消えた少女と同様に、まるで煙の様にその場から消えてしまいました―――。
(『その娘の【心】を開けるべからず』)
【:新厄・壱之幕〜禁后之怪〜:】(完)
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