2010年9月19日 00:11
猪突猛進兎に角進め!・後<竹留> (キサキ)

猪突猛進兎に角進め!・後



 『もしかしたら感づかれたかもしれない』という先輩の懸念は、どうやら真実だったらしい。城内の天井裏を伝って移動している際、階下が俄かにざわめき始めているのを感じた。
 どうして感づかれたのだろう?思い当たる節はない。
 考えられる可能性としては、情報を集めて回っているとき、というのが一番あり得るのだろうが、それにしたって今日は調子が良かったはずで。結構スムーズに行動出来たと思っていたのだが、実際はそうでもなかったのだろうか。
 もしくは、調子に乗りすぎて失敗…とか?
 忍者としてどうなんだそれ。


 しかも、未だ試験は続行中だったりする。


 この程度のアクシデントは想定の範囲内、とは先輩の言葉。……まぁ、確実に減点対象なのだろうが。
 ならば、せめて一刻も早くここから脱出しなければ。


「…げ。」
「あー…」

 しかし、当初予定していた脱出経路にたどり着くと、そこには既に幾人かの見張りの兵がついた後だった。
 まずい、と思う。思ったよりも退路を塞がれていくのが早い。もしかしなくても、これは減点云々を気にしている場合ではないのかもしれない。―――このままでは脱出出来なくなる。
 ちらり、先輩へ視線を向ける。
 先輩が口出しして来ない内はまだ大丈夫なはずだ。事態はそこまで深刻じゃない、はず。

「どうする?」
「…っ別の場所を探します」

 それでも、自分が何か失敗すれば先輩にまで危険が及ぶ。
 もう、先輩に良いところを見せようだとかそんなことを言っている場合じゃなかった。
 確かにこれは試験だけれど、実戦。命を伴うもの。
 試験中に命を落とした者がいる、という話を今になって思い出して、早く脱出しなければと気ばかり急いた。


 徐々に。
 追いつめられていく感覚に息苦しさを感じた。


 だから、見張りの人間が未だついていない脱出口を見つけたとき、自分は本当に安堵したのだ。
 あぁ、これでこの圧迫感から解放される―――と。

「先輩、ここから…!」
「!…っ待て竹谷!」

 そればかりを考えていたから、反応するのが遅れてしまった。
 今日初めて口出しした、先輩の言葉に。
 反応出来たのは、既に身体が動いてしまってから。漸く見つけた脱出口から、念願の外へ飛び出してからだった。

「…っ!?」
「馬鹿伏せろ!」

 着地したのは城の三階と同じほどの丈がある一本の木の上。
 城壁を出て南側は密林になっていた。何でも珍しい動物が数多く生息している、というのは先に情報収集した際に仕入れたもの。
 その内の一本に着地したと同時、自分たち目掛けて飛んできたものは―――手裏剣だった。
 一撃目を何とか避けて、攻撃が飛んできた方に視線を向ける。
 暗い。見えない。でも。
 感じる。確かに人のいる気配。
 隣から先輩の舌打ちが聞こえた。

「…だから待てと言ったのに」
「あの、もしかして今の…」
「罠、だな」

 見張りの兵どころか城の者すらいなかった、ここから脱出して下さいと言わんがばかりの不自然な場所。今冷静になって考えれば分かるだろうに、気ばかり急いて誰かの思惑通りにそこから飛び出してしまった。
 待っていたのは城仕えの忍び―――気配から察するにざっと三人と言ったところか。

(…っ結局先輩を危ない目に合わせてるじゃないか!)

 焦って焦って焦って。その結果がこれだ。情けなさすぎて自己嫌悪に陥る。最悪だ。
 とにかく、こうなった以上相手の忍びを倒すなり撒くなりして一刻も早く学園へ帰らなくては。

「竹谷、お前は帰れ」

 そう、思っていたものだから。
 先輩に言われた言葉の意味が、最初は理解出来なかった。

「………はい?」
「手に入れた情報持って学園へ帰れって言ってるんだ」
「…『お前は』って…何ですか?」
「もし万が一俺がお前に追いつけなかったら、そのときは先生に連絡しろ」
「先輩!」
「俺が囮になる。」


 一瞬、頭の中が真っ白になった。


「何…言ってんですか!だったら一緒にっ」
「試験とは言えこれは忍務。お前が手に入れた情報は学園まで無事持ち帰らねばならない。…情報持ってるのはお前だろ」
「でも、見つかったのは俺の所為で…ッ」
「有事の際は俺の言うこと聞く決まり―――だったろ?」
「ですが、!」

 二の句は継げなかった。
 突然、足場が―――自分の乗っていた木の枝がパキッと折れ曲がる。
 根元に刺さっていたのは、苦無。

(あぁ先輩、そこまでやっちゃいますか…)

 いくら何でも強引すぎる。でも、そんなところも好きだと感じる自分は、本当に相当末期なのかもしれない。
 あとは、重力に引かれて真っ逆様に落ちるのみ。
 非難めいた目でかの人を睨み上げても、既に先輩はこちらに背を向けて別の木へ飛び移った後だった。





 ―――バサバサバサ…ドサッ。

 生い茂る木々がクッションの役割を果たして、落下の衝撃はさほどでもなかった。それを計算した上で俺を突き落としたのだろう。
 すぐに体勢を立て直す。既に辺りに人の気配は無かった。代わりに、どんどん遠ざかっていく気配。
 どうやら先輩の思惑通り、追っ手はあちらに付いたらしい。

「くそ…っ!」

 苛立たしげに地面を殴った。
 何が『先輩にいいところを見せる』だ。逆に窮地に追い込んで、足を引っ張っているのは他でもない己自身ではないか。
 沸沸と、爆発的に激情が沸き上がる。


 立ち上がって、迷うことなく駆け出した。


 ―――これは忍務だ。
 先輩の言っていることは正しい。情報を持っているのは俺で、情報を持っていないのは先輩。情報を持ち帰るのが忍務で、なら持ち帰らねばならぬのは自分だ。
 先輩が追っ手を引き付けている間に、俺は学園へ情報を持ち帰る。
 それでいい。忍びとして、それは正しい姿だ。先輩なら追っ手を上手く撒けるかもしれないし、そうする自信があるから俺を先に行かせようとしたのかもしれない。
 本当は、俺なんかが心配する必要はどこにもないのかもしれない。
 …ないのかも、しれないけれど。



(……無理です、先輩)



 置いていけるはずがない。

 行く手を阻む木々を掻き分けて、ただ一心に駆け抜ける。
 学園とは、真逆の方向に。

 貴方を、置いていけるはずがない!



「ッ先輩!」

 これで最後、と邪魔な枝を横へ薙いだ。
 怒られたっていい。呆れられたっていい。それでも、ここで貴方を置いていくことだけは出来ない。
 そう覚悟を決めて、木々で遮られたその先へと飛び出した―――…のだが。





「あーぁ、どうしてこっち来ちゃうかねぇ」



 ―――え?

 その先に待っていたものは、予想もしていなかった光景。
 困ったように笑う先輩と、見知らぬ三人の忍びの姿だった。
 状況が上手く飲み込めない。俺の思い違いじゃなければ、この三人は先ほど俺たちを追って来た忍びだと思うのだが。
 これ、一体どういうことだ…?


「ほら『先輩』、ちゃんと説明しないと後輩クン訳分かんないって顔してるよ?」
「あー…‥取り敢えず竹谷、すまん」

 三人の内の一人に小突かれて、先輩がばつが悪そうに口を開く。

「さっきの、演技」
「…え…?」
「この人たち敵じゃないんだ」
「…はい?」
「彼らは今回の試験の協力者なんだよ」
「……なんですと…?」





 取り敢えず結論から言うと、俺は騙されたらしい。





 落ち着いて話を聞いてみると、ことの真相はこうだった。
 まず今回の試験についてだが、実はこれ、毎年五年生を対象に行われているらしい。学園長とは旧知の仲にあるここの城主が、毎年全面的に協力してくれているのだそうだ。代わりに気に入った生徒に目をつけて、卒業後引き抜きに掛かる。だからこの城には学園卒業生の忍びが多い。
 ―――そして次が本題。
 今回の試験の本当の目的は、俺たちが窮地に追い込まれた際、味方を捨ててでも忍務を完遂出来るか否かを見ることにあった。
 だから事前に組みたい相手を選ばせてくれたのだ。情のある相手の方がより見捨てられなくなるから。更に、敵に見つかったのがこちらの所為ということになれば尚更。
 つまり、雷蔵たちと話していた「自分を高く評価してくれる云々」というのも引っ掛けで、その裏の意図まで見破らなければならなかったらしい。…まず俺は引っ掛かりもしなかったわけだが。

「ってことは、この人たちに見つかったのは俺が何かミスしたからとかそういう訳ではない…と?」
「あぁ。お前が情報を集め終わる頃合いを見計らって俺が合図を送ったんだ。その後どこから脱出するかも俺が知らせた」
「いや〜やっぱ追い詰められなきゃ本気の選択って出来ないでしょ?」
「そうそう、若い子をいじめるのって結構心苦しいんだけどねー」
「でも見ていて楽し…あ、いやいや何でもないよ?」

 追っ手役の三人が妙にニヤニヤしながら生暖かい眼差しをこちらに向けてくる。正直居たたまれないというか滅茶苦茶恥ずかしいというかその顔一発でいいから力一杯殴り飛ばしてやりたいというか…!
 俺、絶対こんな大人にだけはならない!と心に誓う。

「ちょっとそんな嫌そうな顔しないでよ後輩クン」
「バッカお前がからかい過ぎた所為だろー?」
「ほら、食満先輩の去年の試験結果教えてあげるからお兄さんたちのこと許したげて!」
「ちょ、駄目ですよ止めて下さいっ!」
「じゃぁ一年生の頃の逸話でどうだ!」
「一体何話す気ですかッ!!」
「でも後輩クン、今物凄く聞きたそうな顔してたけど?」
「し、ししししてませんッッ」

 っていうか、何でだか知らないけど絶対この人たちに俺が先輩を好きだってことバレてるだろ!?何かこのままだとその内サラリと本人にばらされそうな気がするんですけどっ!?

「あ、そういえば君最高記録樹立したよ」
「…っえ、な、何のですか…?」

 出来ればぼろを出す前に今すぐにでも学園へ帰りたい!そう思ったのだが、『最高記録』という部分につい反応を返してまった。試験の結果が散々だったから、良い話なら尚更聞いておきたい。
 …しかし、この選択をすぐに後悔することになる。

「パートナーと別れてからここに駆け付けるまでの時間が最短だったんだ」
「大抵の子ってどうするか一旦悩んじゃうんだけどね〜」
「悩むまでもないって?いやぁ〜愛されてるねぇ『食満先輩』?」
「あ、いっ!?ちょ、な、なに言…ッ」
「竹谷は情に厚い奴ですから。他人を見捨てるなんて選択出来ないんですよ」
「…あれ?食満本気?」
「うわー先輩鈍い…」
「後輩クン、頑張れよ?」
「憐れむような目で見るの止めて下さいっ!」

 聞かなきゃ良かった。聞いた俺が馬鹿でした。何より先輩の反応が一番ダメージでかい。
 バレてなかったことに関しては喜ぶべきなんだろうけど、それより脈も何もなさそうな反応だったのが…一番痛いです。


「何だ竹谷、お前落ち込んでんのか?」
「…何かもう色々なことで落ち込んでます…」
「ん、まぁ確かに結果はアレだろうけどさ」

 いや、結果云々もそうですけどね…。

「簡単に他人を切り捨てられるお前なんてお前らしくない、って俺は思うけどな」
「……え?」
「そういう部分、お前の美点だと思うぞ?」

 まぁ忍者としては駄目だけど、なんて後半の言葉は今は敢えて置いておいて。
 前半の言葉だけで、俺の気分は現金なことに一気に浮上していた。
 試験の結果は散々だったけれど、その散々だった部分を他でもない先輩に肯定されたのだ。
 そうやって落ち込んでる人間を何気無く元気付けられるところが貴方の美点ですよ、とは恥ずかしさが勝って口には出せなかったけれど。



「いや食満、コイツが切り捨てられなかったのは『他人』だからじゃなくて『お前』だからだと思」
「うわあぁ余計なこと言わんで下さいいぃッッ!!!!」


 取り敢えず。
 まずは早く学園に帰った方が良さそうだ。



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裏話やら他五年の試験結果やらは『続き』で
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