2009年4月8日 13:53
望の月<仙,留> (キサキ)

登場キャラ:仙蔵+留三郎

仙蔵と留さんを絡ませたかったのです。
望(ぼう)=満月。

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望の月



 仙蔵が井戸を訪れると、そこには既に先客がいた。
 彼は仙蔵の姿を見てとると、「あ、使う?」と桶をこちらへ寄越してみせる。仙蔵は黙ってそれを受け取ると、中の水で顔を洗った。
 洗っても、気分はちっとも晴れない。

「お疲れ様」

 持っていた手拭いで顔を拭っていると、まだいたらしいその男が、そう自分に声を掛けてきた。
 早く部屋へ戻ればいいものを、と内心思いながらも、取り敢えず反応だけは返してやることにする。

「何がだ」
「何って、お前忍務帰りだろう?」

 だからさ、と笑う男に、勿論悪意など微塵もない。
 仙蔵は面白くなさそうに男を見た。

「そういうお前はここで何をしていた。留三郎」
「ん?あぁ、俺はちょっと目が覚めてしまっただけだ」
「伊作は」
「あいつは今日当番」

 もし部屋にいるようなら、伊作が心配するだろうから早く部屋へ戻れ、と。そう言おうとしたというのに。これでは追い払うことも出来ない。
 全く厄介な、と仙蔵が苛立ちを募られている横で、留三郎は不意にひょいっと屋根の上へ飛び移ってみせた。こちらに目を向けているところを見ると、どうやら自分にも来いと言っているらしい。
 勿論、無視することは容易い。
 だが仙蔵は、何故だか己も屋根の上へ飛び移っていた。

「今日は綺麗な満月だな」

 仙蔵が留三郎の横に立つと同時、彼は天を見上げながら穏やかな声で話す。
 確かに、今日は見事な満月だった。

「ふん。月など、忍びにとってはただ邪魔な存在だ」
「まぁ、月明かりってのは天敵だよな」
「いっそのこと、あそこから叩き落としてしまいたくなる」

 そうだ。あの月だ。あれさえなければ、自分が今、こんなにも苛立ちを感じることはなかった。
 仙蔵の目は、忌々しいものを見るかのように月を捉えている。

「仙蔵。何かあった?」
「ない」

 キッパリと即答されて、留三郎は小さく笑った。
 お前も座れよ、と促すと、仙蔵は渋々といった様子で隣に腰を下ろす。
 二人は暫く、言葉もなくただ月を見上げていた。


「…なぁ、仙蔵」

 と、留三郎が不意に口を開く。
 仙蔵からの返事はない。
 煩わしい。無視してやろう、と仙蔵は思っていた。

「俺実は今日さ、危なく実習で赤点採るところだったんだ」
「は?お前がか?」
「おう、俺が」

 しかし、続く意外な暴露話に、思わず仙蔵は反射的に聞き返していた。
 あの留三郎が危うく赤点だなどと、滅多に起こりえないことだ。

「珍しいな。どうかしたのか?」
「いや、ただ単に俺がうっかりミスしただけなんだけどな。お陰で大損害」

 まぁ赤点だけは免れたけど、と恥じるように笑う姿は、この満月の下で隠されることなくよく見えた。
 この月明かりでは、自分も、相手も、何人ですら。
 その全てが曝け出されてしまうような気がする。

「だからな、仙蔵」

 留三郎が、今度は仙蔵に向けてにっと笑った。

「俺たちは、まだまだ未熟だからさ。当然、失敗もする。でも、だからこそ向上もしていけるんだと思わないか?」
「…何の話だ」
「ん、俺の話」

 だから気にするなよ、と軽く肩を叩いて。
 仙蔵が何事かを言う前に、留三郎は屋根の上から飛び降りていた。

「失敗なんて誰でもする。こんな日じゃ、尚更な」
「だから何の…」
「でも、同じ失敗は二度としない。だろ?」

 あぁ、勿論これも俺の話だから。取って付けたようにそう言って、留三郎はそのまま歩き出した。
 待て、と仙蔵が声を掛ける。
 何、と留三郎が振り返った。

「お前は随分と嫌なヤツだな」
「そうか?」
「あぁ。…留三郎、」
「うん?」
「お休み」
「あぁ、お休み」

 小さく笑って、今度こそ留三郎は背を向けた。
 その姿が完全に見えなくなってから、仙蔵はもう一度天を仰ぎ見る。

 確かに、今日は綺麗な満月だった。



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留さんは割りとはじめの方から仙蔵が不機嫌なのに気付いてます。
今回が「望」なので、対で「朔」とか書きたい。多分書きます。

ところで。
「月」を題名に使いたいなーと思って調べてみたら、月って日によっていろんな名前が付いてるんですね。感動しました!
仙蔵と留さんには月が似合うイメージ。
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