泥のような空気の中、最も早く動いたのはローブの男だった。何かを言いかけた娘よりも早く、傭兵達に指示を飛ばす。

「矢をつがえろ!」

一拍遅れて傭兵達が弓を引き、娘目掛けて一斉に矢が放たれる。
黒猫が大きく羽ばたいた。
途端、辺りに暴風が巻き起こり、矢は届く前に全て吹き散らされる。
娘は鼻を鳴らす。

「問答無用ってわけ? 随分なご挨拶じゃない」

「その年格好……その頬の傷……。魔法使い連盟め、よりにもよって貴様を送り込んで来るとはな! テロル・ミリオンベル!!」

場がざわめく。傭兵達が互いに顔を見合わせ、小声で囁き合う。
事情を知らないケトルは居心地の悪さを感じた。

「テロルって、あの……?」

「雷火の魔女……」

「行く先々で村や町が滅びると言う……」

「あたしのせいじゃないわよ!!」

テロルが登場した時と同じ言葉を叫び、地団駄を踏んだ。
ケトルは唐突に理解した。

――このひと、毎回こんなことやっているんだろうな……。

「とっにっかっくっ!!」

仕切り直すようにテロルはローブの男を指差す。

「あたしのこと知ってんなら話は早いわ。エラム・ギュレム! あんたに魔法使い連盟から討伐令が出たのよ」

テロルは懐から赤い紙を取り出し掲げる。

「本日この時を以て身柄と財産、研究資材全てを連盟に引き渡しなさい」