後ろに立っていたのはナオちゃんだった。癖毛に眼鏡が特徴の、小柄なクラスメイト。着崩したりせず規定通りに着用した制服が性格を語っている。彼は不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。

「しっ!」

あたしは咄嗟にその口を塞ぎ、体勢を入れかえるようにして彼の背中を壁に押し付けた。

「もぁ、ふぁふぁふひひゃん!?」

もごもごと焦った声が聞こえるけど黙殺。こっそり千織の方を伺うと、こちらには気付いていないようだった。あたしは安堵の吐息をするとナオちゃんの拘束を解く。

「ごめんね、千織に聞かれたくなかったから……」

ナオちゃんは「ぷは」と大きく息を吐いた。顔を真っ赤に染め、涙目になっている。
流石にあたしも小声で慌てた。

「やだ大丈夫!? あたしったら呼吸器官を塞いでいたかしら!?」

ナオちゃんは勢いよく手を振った。こちらも小声で返してくる。

「ちが、ちがうんだ。そういうんじゃないから平気!!」

「ならいいけど……」

ナオちゃんは呼吸を整えながら口元を手の甲で拭った。

「けほ。とっ、ところで。高槻さんはこんなところで何をしているの?」

「ちおりんに後ろから飛び付こうと隠れてたら、ちおりんの友達との会話が始まってタイミングを逃したのよん」

「僕、声をかけて来ようか?」

あたしは目を丸くした。ナオちゃんて、自分から女子生徒に声をかける性格じゃないって思っていたから。一学期の頃はずっとあたしから挨拶していて、だんだんとナオちゃんからも挨拶してくれるようになったくらいだから。

「ナオちゃんて、女の子と話すの苦手だと思ってたわん」

彼は照れ臭そうに笑った。

「前はちょっと苦手だったけど、今はこうして話せるようになったよ」

「成長……レベルアップしたのね」

「高槻さんのおかげだよ」

またあたしは目を丸くした。まばたきしてナオちゃんを見れば、彼は笑っている。

「見ているだけじゃ、つらくない?」

「んにゃ」

首を振る。答えはノーよ。

「あたしがしたいからしてるだけよん。つらいつらくないの問題じゃないわ」

踏み込みに躊躇う時はあるんだけど、と胸中で付け足す。
彼はぎこちない表情をしていた。

「……そっか。どっちにしろ僕の出番は必要ないみたい」

眼鏡の奥に寂しげな光を宿し、ナオちゃんは立ち去った。
男の子って何を考えているかわからないわ。
不意に肩を叩かれる。いつの間にか目を尖らせた千織がいて、あたしはひきつった愛想笑いしか出て来なかった。