トッシーと女の子と十四郎のお話。
なんだかイマイチな仕上がりになってしまったけど、もうしばらく更新も出来ないのでupしておきます。気に入らないのでそのうちひっこめる…かも。
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トッシーと女の子と十四郎のお話。
なんか変だな、と思った。
最初はいつも通りだった。何にも言わずに押し入ってきて、何にも言わずに裸にひん剥かれて、何にも言わずに身体中ニコチン臭い涎だらけにされて。
でも、どうしてだろう、一瞬の隙に、この人は別の人と入れ替わっちゃったみたいだ。
「土方、さ ん?」
「うん、そうだよ。」
…やっぱり違う。この人は私の呼びかけに応えたことなんてほとんど一度も無かった。特に情事中、それは徹底されていた。
「どうしたの?一体何が…、あなた…は、」
私が動揺して、近くにあったタオルケットで身体を隠しながら間抜けな格好で狭い部屋の畳の上を尻這いで後退りすると、土方さんとそっくりのその人は「ごっ、ごめんね、そんなに驚かないで。」と言った。一体…本当に、誰?
「ぼ、僕…あのね、」
僕?何なんだろう、突然、一体、これは…?
【ふたおもて】
土方さん…もといトッシーさんのお話は突拍子も無く、でも何故だか信じてしまう力を持ったお話だった。
「だっ、だからね、僕は十四郎に取り付いたオカルトみたいな別人格なんかじゃないんだ。十四郎がずっとずっと魂の奥底にねじ伏せて殺して捨ててきた感情が、ちょっとずつ積もり積もって出来たもので…、あの、信じてくれる?」
「ええ、信じます。信じますけど…、つまり妖刀はキッカケに過ぎないってことですか?」
「ヴん。」
「あ、はい。どうぞこれで鼻かんで下さい。」
「ぁ、ありがとでござる。」
ぶぴーっと音を立てて差し出したティッシュで鼻をかむ土方さんは、確かに私の知っているあの人ではないみたいだった。二重人格なんて、小説の中だけの存在だと思ってた。それがこうして突然目の前にあって、それでも意外とすんなり受け入れられてしまうのは、やっぱり明らかに違うヒトの精神と交代した様子を目の当たりにしたからだろうか。
「君はやっぱり優しいおにゃのこでござるな。」
「あ、ありがとう…、ございます。」
土方さんの声、土方さんの顔でそんなことを言われると、どうしたら良いかわからなくなる。この人は土方さんであって土方さんではないのだけど、でもやっぱり土方さんなわけで。
「僕、僕、十四郎が君のこと虐めてるの、中からずっと見てたでござる。だけど、とっても可哀想になって、我慢できなくなって…それで、それで、」
「それでわざわざこうして出てきてくれたんですか?」
トッシーさんはぐすんと鼻を鳴らしながら頷いた。そしておざなりに羽織った浴衣の上からぐずぐずの顔を私の胸に押し付けた。
「ごめんね、ごめんね。痛かったよね、怖かったよね。ごめんね。でも十四郎を嫌いにならないで。本当は君のこととっても大好きなんでござるよ。だけど死んでしまった忘れられない恋があって、今まで殺してきた人たちと守れなかった仲間たちのことがあって、素直になれないんだ。素直に幸せを味わえないんだ。本当はこうして君に甘えたくて、君を甘やかしたくてしょうがないのに。十四郎は基本的には良い奴だけど、ただ不器用なんでござる。だからって、可愛いおにゃのこの、きっ君のこと、ひっかいたり、噛み付いたり、して良いわけじゃ…ないけど…。」
トッシーさんは泣きながら私にぎゅうっと抱きついて、しばらくひっくひっくとしゃくりあげていた。私はますますどうしたら良いか分からなくなって、ただトッシーさんの背中をとんとんとあやすように叩きながらぼーっと今までの十四郎さんのことを思い出した。
いつでも苦虫を噛んだみたいに眉間にシワを寄せていて、冷徹で、非道くて、何も言ってくれなくて、だから何も分からなくて、だから私はいつも辛くて辛くて辛くて…何度も何度も別れようと思ったけど、でも出来なくて…、
「十四郎のこと、嫌いにならないで欲しいでござる。こっ、こんな、オタクの拙者が出てきちゃって、よけいに気持ち悪いと思うと思うけど…、でも、でも十四郎は、ぼっ僕は…、」
「土方さん。」
思わずそう呼ぶと、トッシーさんはこぼれる涙もそのままに、驚いたように顔を上げて私を見た。初めて見る、可愛い顔だ。自然と私も笑顔になる。
「拙者のことも…、そう呼んでくれるでござるか?」
「土方さんが言ったじゃないですか、お2人は同じ人だって。だったらトッシーさんも土方さんでしょう?」
背中に手を回したままそう答えると、トッシーさんはますます可愛い顔をした。普段あの調子なのは、トッシーさんを押し込めて隠してしまっていたからなのか。
「十四郎の、僕のこと、許してくれるでござるか?」
「許すも何も…、惚れた弱みです。」
「きみは…本当に…だっ、大好きでござるー!」
トッシーさんは私のことをぎゅうっと抱きしめてくれた。タバコ臭くてちょっと苦しい。
「うわっぷ。そうだ、土方さんは呼んでくれないんですか?私の名前。」
「それは、十四郎に取って置いてあげるでござる。恥ずかしいこと色々しゃべっちゃったお詫びとして。それに、本当のことを言えば、惚れた弱みは、」
そこまで言うと、トッシーさんは一瞬目をとろんとさせて、それからふるふるっと首を左右に振って見せた。
「そろそろ、やきもち焼きの十四郎が戻ってくるみたいだ。」
「もう、もうお会い出来ないんですか?」
意外にも短い滞在時間に私は驚いて思わず尋ねてしまった。トッシーさんは優しい顔で首を振って、それから「ううん。」と否定した。
「そんなことないでござるよ。君が望んでくれるなら。でも十四郎はやきもち焼きだから、今度会いに来る時はこっそりでござる。でも僕は君のこといつでも十四郎の中から見てるから。十四郎には僕が出て来てるときの記憶はないんだけどね。」
可愛く微笑んだトッシーさんは、そう言うと再び目をとろんとさせて夢うつつの状態でとぎれとぎれに十四郎さんへの伝言を残して、深い深い眠りについてしまった。
「おはようございます、十四郎さん。」
私がそう言うと、十四郎さんは一瞬ぼーっとした後、段々状況が分かってきたのか気まずそうに視線を宙に漂わせはじめた。そうか、こうしてちゃんと見れば、酷く分かり辛いこの人のことも、端端から掴める様になるのかもしれない。なんと言っても、同じ人間なのだし。
私は今初めてこの人の前で心の底から微笑んでいる気がする。今初めて、ちゃんとした形でこの人と向き合っている気がする。
「トッシーさんからの伝言です。『十四郎、大事にしないといつでも拙者が取っちゃうでござるよ』だそうです。トッシーさん、確かにちゃんと伝えましたよ。聞こえてますか?」
顔をあげた十四郎さんがどんな顔をしているのか、今からとても楽しみだ。
でもやっぱり、惚れた弱みは私の方のような気がする、トッシーさん。だってトッシーさんも十四郎さんも、それぞれおんなじように可愛いから。
【ふたおもて】
BGM【Angel】QueenAdreena
くそっ、我ながらどこまでもいまいましい奴。今度出てきたら殺してやる!