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フローレンのハンターノート<一項目>

ハンター日誌・10年目・水没林
記者・フローレン

「せいっ!おりゃぁっ!」

ユーがモンスターの左後ろ足を切りつける。大きく振りかぶられた一撃は鱗の隙間を縫い、的確にダメージとしてその場に赤い筋となって残った。
ユーは続けてその場所へと追撃を始め、気合いの声を上げながら手に持ったスラッシュアックスを振るう。斧モードで繰り出される連撃は重く、肉を捉えるその音は轟音と呼ぶに相応しかった。

「左の後ろ足は比較的安全地帯です!ですが巻き込みながらの突進には当たってしまうのでいつでも回避が出来る位置取りを心掛けてください!」

「わかってるよそんなことっ!!いちいちうるさい!!」

水没林。豊潤な水資源と水棲植物により形成された狩猟地域である。昼間なのにやや薄暗いのは揮発した水分による霧が原因であり、それらにあやかり進化した生物が多く存在している場所でもあった。

そんな中私とユーは、ロアルドロスの狩猟の名目でこの地にやって来ていた。

「余所見は禁物です!」

「だからわかってる…ってグッハァッ!」

ユーがロアルドロスの突進に巻き込まれ、大きく吹き飛ばされていった。私は、私に目掛けて突進してくるロアルドロスの巨体を軽く回避し、吹き飛ばされもんどりうっているユーへと近寄る。

「位置取りは大事だと言ったはずですが?」

「くっ……ほんとムカつくなあんた」

「ムカついて結構。狩猟においての心得を教えてもらってるだけありがたいと思いなさい。ほら、来ますよ」

「っておわっ!!」

ロアルドロスは突進後、此方に向き直り水ブレスを吐き出してきた。私はロアルドロスの体の動きを観察していたので、身体の挙動から当たらない角度を予測し身軽にそれを避す。ユーは未だ尻餅をついたままだったので、慌てて回避行動を取り水ブレスの難を逃れた。

「くっそ……次は絶対にミスなんかしねぇ!」

そう言うとユーは気合いを入れ直し、素早く立ち上がりロアルドロスへと向き直る。黄白色の巨体がそれにつられるようにユーへと視線を向けた。

「おや、よく狙われますね。差し詰め倒しやすい方から狙う、といった感じなんでしょうか」

「お前の装備が隠密スキル付いてっからだろ!!最初から殆ど俺しか狙って来てねぇよ!」

バシャバシャと水飛沫を上げながらユーはロアルドロスの突進を避ける。紙一重で避わしたので足から着地はできず、ユーは再度頭から水を被った。
とそこで、轟音と水流を起こしながら巨体を唸らせ突進していたロアルドロスの身体が、突如痙攣してその場に止まった。

「シビレ罠!!いつの間に!?」

「貴方が吹き飛ばされている間に仕掛けさせて頂きました。引き付けて貰っている間に罠や状態異常を狙うのがサポートの役割ですので」

「なるほど…二人だったらこんな狩り方も出来るんだな…」

ユーはロアルドロスが怯んでいるのを見て、ここぞとばかりに走り出そうとする。目の前のモンスターは完全なる無防備の状態なので、この機会を逃すまいとユーの感情は奮起し足を踏み出す。

が、私はそんな興奮気味のユーの首根っこを捕まえ、力強く後ろに引き再度大きく尻餅をつかせた。
これにはユーもかなり驚いたようで、ろくに受け身も取れずにごろごろと水の中を転げ回る。

「…っぷぁ!!何すんだよぉ!!今がチャンスじゃねぇのかよ!?」

「全く…チャンスはチャンスですが、その使い方が間違っているのです。ご覧なさい、貴方の武器の切れ味は万全ですか?」

「あっ…」

ユーは自分の武器の状態を思い出し慌てて砥石をかけ始める。取り出した砥石は研ぎやすいよう既にほどよく濡れており、切れ味の落ちた刃を滑る音が水浸しのエリアの中でぎこちなく響いた。

「剣士にとって切れ味の保持は何よりも優先する事であるはずです。切れ味が落ちれば威力も落ち、弾かれでもすれば隙が生まれ手痛い反撃を食らうでしょう」

「わかってる…わかってるってばさ……そんな何回も言わなくても良いじゃないか」

「良くありません。一度言っても覚えない貴方が悪いのです」

ユーの顔は、分かりやすいくらいにげんなりと影を落とした。基本的に士気の高いユーは連続した小言に弱く、興奮し始めたときにはこの手が良く通じる。

むっと機嫌を損ねたような顔をしているユーはスラッシュアックスを研ぎ終わり、その武器を納刀しながら立ち上がる。この所作は剣士ハンターとしての基本動作で、砥石を研ぐ姿勢として教えていた所作がようやくユーに習慣化されているのを見て私は少し安堵した。

「ふむ、基本動作には慣れたようですね。それが狩り場に置いての最も隙が少なく、切れ味を大きく回復させる所作です。その点は誉められるところですね」

「別にうれしかねぇやい!」

叫んだ後もぶつぶつと不満を呟くユーは、再度ロアルドロスへと視線を向けた。向けたと同時にロアルドロスはシビレ罠の拘束から解き放たれ、その海綿質で覆われた頭部を震い大きな怒号を上げる。その目はギラリとユーを見据え、その巨体をゆっくりともたげた。

その怒号と気迫に当てられ、ユーは背中のスラッシュアックスへと手を伸ばす。先程のタックルに余程堪えたのか、全身に緊張感を巡らせ重心を微かに落としていた。

静かに集中しているその表情だけは、一人前のハンターに見えた。
そんな状態のユーを横目で見ていた私は、

「狩りはこれからですよ」

私は、ユーの背中をポンと叩いた。

「…!」

身体にも響かないような、防具の上からの軽い励まし。その所作によるものか、ユーの身体と顔から少し緊張の固さが取れた。
目を見開き、少し驚いたような表情を見せたユーは大きく息を吸い、深く呼吸をする。肺の空気を入れ替えたユーの瞳からは、焦りの陰りが消えていた。

「ほんっとに、ムカつくなぁ」

その顔には笑顔が宿っていた。スラッシュアックスの柄をしっかりと握り、目の前のロアルドロスに鋭い光が宿る視線を向けていた。

「ムカついて結構。では、気を取り直して狩猟を再会しましょう」

私はロアルドロスを見据え、背中の武器を取り出した。それは小振りな麻痺片手剣であり、愛用している武器のひとつでもある。

「左の後ろ足は比較的安全ですが、巻き込みながらの突進にはご注意を」

「わかってるって……言ってんだろ!」

ユーは駆ける。水没している地面を踏みしめ、湿気に当てられながら真っ直ぐと進んだ。
目の前にはロアルドロス。まだ疲れている様子もなく目立った外傷もない。その目には野生の生物が醸し出す力強い眼差しが宿り、ユーを外敵として認識していた。

「おりゃぁあ!!」

水没林にユーの声が響く。強く逞しいその勇姿には、将来助けられるような人も出てくるだろう。
頼られるハンターが増えれば人々は安心して暮らせ、物資もより安全に無駄なく取ることも出来る。そうすれば人は、より一層豊かに暮らせるようになるだろう。

私ことフローレンは、そんな将来を担うようなハンターを育てている。

それが私の生き甲斐であり、人生の終わらない目標でもあった。


※※※※※
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YOUのハンターノート<2項目>

ハンター日誌・225日目・バルバレ近辺村
記者・YOU

太陽が真上に登りかける昼前時、村の隅にある診療所は周囲の建物の都合上日陰へと入り、働き時な気温の中その場所は涼しげな空間となっている。
バルバレ近辺はやや暑い気候の為、この場所は時間を過ごすには持ってこいな場所となっていた。

「いやぁ……死ぬところだったよ…へへっ…ありがとタマメぇ……ムッシャァッ」

頭を下げ、命を助けて貰った人に礼を言う。
村の片隅にある医療所から出てきた私は既に毒テングダケの食中毒から回復し、いつもの胃と身体の調子に戻っていた。
その証拠に今も小腹が空いているので、好物である【苦虫】を口一杯に頬張った。噛み潰すと割れた甲殻の中から解毒作用を含むまったりとした体液が溢れ出す。

うん、いい味だ。
苦青臭い味が一杯に拡がる。

「あらあら全く、ひと月別行動していても変わらないんですね〜。ヨウさんのその趣向も相変わらずで〜」

今回命を助けてくれたのは偶然にも私の顔馴染みの女性だった。その顔馴染みの女性は私の食事風景と食欲を眺めながら、「あらあら」と肩を透かしていた。

名前はタマメという、大剣使いのハンターである。
穏やかな物腰は出た家系のものらしく、静かさと優雅さを兼ねていた。二つ分けにした前髪は小振りに切り揃え、後ろ髪は長く中程の所で括り纏めている。髪質は艶やかにきらめいており、そこからも育ちのよさが伺えた。

纏っている防具は赤く彩飾され、防具と言うよりかは外側に着けた骨格といった風に見える防具だった。
ネルスキュラ一式。先日私が食べたモンスターと同じものの装備である。
今は頭部の装備を小脇に抱え、のほほんとした糸目が基調の綺麗な顔を晒していた。

「もっちゅ……ムッシャァ、んぐんぐ」

「食べ物を口に入れたまま喋っては駄目ですよ〜。喋るなら飲み込んでからですね〜」

「んんー……ごくっ…へぇあ。お待たせ、タマメぇ」

噛み潰され唾液と混ざった苦虫のペーストを飲み込み、改めてタマメへと向き直る。

タマメは元々私と、あと一人別のハンターを含めてパーティーを組んでいた。それがとある切っ掛けで三人とも別々に行動することとなり、現時点まで単独活動を行っていたのだ。

「どうだった一人の狩りは…?大剣一人だとやっぱり辛かったりしなかった…?」

「うーんそうですねぇ〜。やはり三人でのコンビネーションに慣れていたので、初めは苦労しましたね〜」

「うん…でもその装備ってネルスキュラ一式だよねぇ。一人で何回もネルスキュラに勝つって中々出来ないと思うよぉ…」

タマメは別行動を取る前の当時、防具はイャンクック一式で統一されていた。そこからランクの違う防具へ一式揃え変えるのは難しいものである。
早く揃えるのであれば仲間と共に狩りに出れば比較的楽に集まる。しかし私達は様々な狩りの経験の為に単独で行動する約束をしていたので、必然と防具新調に置いての難易度は上がるのだ。

「あら〜でも集会所の受付嬢さんにも聞いたところ、ヨウさんもつい先日ネルスキュラを一人で討伐したそうじゃないですか〜。ヨウさんも腕が上がっているんですね〜」

「うん…ネルスキュラは中々美味しかったよ。ちょっと臭かったけど味は鳥コンソメみたいな味だったんだぁ…」

「あらあら、それは良かったですね〜」

にこやかな涼しい顔のまま、タマメは私の言葉を聞いていた。私もつられてつい朗らかな気分になっていく。

そんなさわやかな再会(?)を診療所前で公開していた私達は、久々の仲間との会話と言うことで話し込める場所へと身を移すこととなり、ゆっくりとした足取りで村の大衆酒場へと向かっていった。


※※※※※


実の所ハンター生活が始まってから、私のこの食の趣向を見てもヒかなかったのはタマメが初めての人物であった。
内気で独特な感性を持つらしい私は、他のハンターからは少し疎遠される立場にあった。狩り場でも好き勝手に採取をする、ずっとブツブツ何かを言っている、挙げ句は狩ったモンスターをその場で(生で)食べる等々、気味悪がられるだけの素材は揃っていた。
今なお私の噂は広まっているらしく、ここ大衆酒場でも好奇心の目で見てくる者は少なからず存在していた。

そんな奇異の目の中、持って来た清酒の中に乾燥、細切れにした【火炎草】と【ボンバッタ】を突っ込み、私は超辛口の熱燗に舌鼓を打っていた。

目の前の席にはタマメが座っている。タマメは本格的な昼食にはまだ早いので軽食であるビールとサラダを頼み、それで注文は終了した。
それを見た私は、カウンターへと帰ろうとしているウェイターの女の子を呼び止め、「ステーキ二つとポテト四つを追加でぇ…」と軽食を注文した。承知しましたぁと可愛らしい笑顔で軽く頭を下げ、そのウェイターは早足でカウンターへ戻っていく。

注文が終わるとタマメはポーチから大きめの白い布を取りだし、膝の上にかけた。この作法も育ちのものらしく、公共の場での食事マナーとして教えられていたらしい。食べ物を落として膝が汚れないようにする為だろうか。
私もそれに習い、膝の上に食べ物を落としてもまた後で食べれるように、縁が広めの木皿を置いている。
落とした物すら食べるという食への執念が、膝上のマナーからひしひしと伝わってきていた。

「いっぱい頼みましたね〜。そんなに食べてお腹壊さないんですか〜?」

「…食事は人が進化して得た至高の娯楽のひとつなんだよぉ…!人生何があるか分からないし…食べたい時に食べたいものを食べとかないと後悔することだって絶対ある…!だから私は……例えお腹が壊れても胃袋の死なない限り食べ続けるんだぁ…へへっ」

タマメの問答に対しそう熱く言い放つと、タマメは「無理せず、程々になさってくださいね〜」とその場を流す。大してつっこみもせずに軽く流してくれる様は、パーティーを組んでいた頃から変わらない恒例行事の様なモノだった。

あと足らないとすれば、辛辣なツッコミを入れてくれる一般的な感性を持つ人だろうか。いつもはそのツッコミを持って会話の締めとしているのだが、その人物は今ここには居ない。

「タマメぇ…話が変わるんだけど…久々に会ったんだし、互いの腕を見るためにひとつ狩りに行かない…?」

それなりに腰が落ち着いてきたので、私は狩りの提案を申し出た。それを聞いたタマメは少し考え込んだあと、ゆっくりと頷いた。

「狩りですか…いいですね〜。交易船と砂上船での長旅で身体が少し固くなっていたので、ひとつやってみましょうかね〜」

「じゃあ決まりねぇ…へへへっ」

私は思わず、にやにやと笑みを浮かべてしまった。
大衆酒場へと向かう途中、集会所前のクエストボードに少し気になる依頼があったので、私はそれをちぎって持ってきていたのだ。

にやにやと笑う私を見つつ、タマメは運ばれてきたサラダとビールをつまんでいた。緑の葉野菜、細く切られた白い根野菜と半熟卵が美しく調和し、見るだけでお腹が空いてくる。少量のスパイスとチーズもかかっており、白と緑のサラダにまったりピリリとした味と彩飾を彩っていた。
横には小さな樽ジョッキが置かれており、その中には甘いカラメルと二種類のフルーツで熟成された果実ビールが入っているのが匂いで伝わってきている。

ビールも頼もうかなぁ……そう悩んでいるとタマメは手に持っていたフォークを置き、話の続きにと私に話し掛けた。

「それで、何の依頼なんですの〜?出来れば肩慣らし程度の依頼が好ましいのですが〜」

「へへっ……これだよ、はい」

さっき持ってきていた依頼書をタマメへと渡す。巻かれ棒状になっているそれをタマメは机の上へと広げ始めた。少し煤けた色をしているその依頼書は上部にモンスターの絵が描かれており、その下に依頼内容が書かれている。

依頼内容の始めには題名として、【フルフルの討伐】と書かれていた。

「フルフル…ですか」

余り反応をせず、タマメはそう呟いた。私はそれに続けて話を進めていく。

「そう…フルフルだよ…!場所は凍土で…………うん、報酬金もそこそこなヤツだったから持ってきちゃった…へへっ」

「…………フルフルですかぁ〜……」

タマメは少し、落胆した様な表情を見せた。口元に手をやり、少し考え込むようにうつむき始める。眉間に少しシワが寄り影を落としていた。

なんだか、嫌がっていそうな雰囲気が伝わってきた。

「…あれ、嫌だった…?」

「……はっ、いえいえ、そんな事はないですよ〜」

私が聞くと、途端にタマメの顔は元の朗らかな表情へと戻った。
「じゃあ明日の朝、出発しましょうか〜」とだけ言って依頼書を巻き、私に手渡してから食事へと意識を戻していく。

「…?」

タマメにしては、なんだか区切りが変な気がした。
いつもお茶の葉っぱの安心する香りの様な雰囲気を出しているタマメが、少し濁った顔をしていた。
半年以上パーティーを組んできて今まで見たこともない表情だったので、少し気になってしまう。何か気にかかることでもあるのだろうか?

気になって仕方がなかったので、私はタマメへと話しかけようとした。

「はぁーい!お待たせしましたぁ〜!ステーキ二つとポテト四つで〜す!」

瞬間、肉汁が蒸発してジュワァアと大きな音を立てる鉄板と、茹でてマッシュされた大盛りのポテトが机の上にドカドカと置かれた。

ステーキは熱された鉄板の上で今もなお焼かれ、縁に少しずつ焦げ目をつけていく。肉と油の焼ける匂い、二種類の香辛料、塩で簡素な味付けをされているその分厚いステーキは薄く白い水蒸気を立ち上らせ私の鼻を誘惑していた。ステーキ肉の隣にはソースの入った石の器が添えられており、鉄板の熱で加熱され中のソースも香りを放っている。
ポテトも独特の甘い香りを立てて私の胃を踊らせる。こちらも少々のハーブと葉野菜、黄色のソースが添えられており、食欲を沸かせる色合いとなっていた。

それらのセットが二枚と四皿、私の目の前に置かれている。


なんと幸せな事だろうか!!


と、極上の至福が目の前にあるので、私のお腹は「早く食わせろ」と言わんばかりに鳴り響いた。その音はタマメにも届いたらしく、「相変わらずですね〜」との感想をもらしていた。

「御注文は以上でよろしいでしょうか?」

ウェイターの女の子が皿と鉄板を置き終え、注文した食事がこれで全てかどうかの確認を取ってきた。
私のこの大量注文の食事風景も彼女にとっては手慣れたもので、慌てた様子もなく次の仕事へ移るために手早く進めていく。
彼女はウェイターとして、とても優秀な仕事をしていると思った。
売り上げ貢献の為なのか、もしくはお客へのサービス業なのか、ともかくとても絶妙な接客をしてくる子だと、私はここに来る度に感嘆する。


御注文は以上でよろしいでしょうか?


目の前の食事と高まりきったテンション、鳴り響くお腹の欲望につられ、彼女のその魅惑の言葉に私はつい、

「じゃあ……ビールとサラダも追加でぇ…へへっ」

と追加注文するのであった。
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YOUのハンターノート<1項目>

ハンター日誌・222日目・原生林
記者・YOU(ヨウ)

毒沼の障気による為か、その一帯は濃い紫に彩られている。地面から生えている草は毒により枯れ果て、そこだけ別の世界のように異彩を放っていた。
自然の一部としてハンターやモンスターには慣れ親しんだものだったが、この一帯は殆どモンスターを見掛けることは無い。しかし時折、毒に抵抗のあるモンスターはここに出入りしているというのだから驚きだ。

耐毒作用のあるゲリョスシリーズの防具を着込んでいる私は膝をその紫色の中につっこみ、目の前に生えてある毒テングダケを引き抜きながらそう思っていた。

「めちゃくちゃ美味しそう」

つい食べそうになる衝動にかられ、慌てて頭を振る。ここは狩り場で、今は依頼の最中だった。狩り場では万全を期す為、常に警戒と体勢は保っていなければならない。毒テングダケはハンター…いや、人間…いや、生物ならよっぽどで無い限りは食用としないため、目先の欲にかられて体調を崩すことなどもっての他の事だった。

「……食べるのは帰ってからだよね…うん」

そういいながら、私はポーチの中へと毒テングダケをしまいこんだ。


毒テングダケは名前の通り毒の成分を含んでいる。もし食べてしまうと毒に侵されてしまうので注意が必要だった。
食感は独特で、傘の部分は生ならホロホロと崩れ口の中に残るような不思議な食感を醸し出し、軸の部分はコリコリと歯応えがある。
味は辛味と酸味と苦味を足して泥で割った感じのもので、普通の人は口に含んだ瞬間に吐き出す味だと思う。しかし毒テングダケは地底から涌き出る毒素を吸収すると共に、その地面の栄養分をふんだんに含んでいるキノコでもある。毒沼で周囲を覆われている毒テングダケは他の、毒に負けた種類の草やキノコに栄養を取られず豊潤な大地から吸収された旨味が含まれているのだ。
ただ、その内部の旨味にたどり着く前に、文字通り毒である成分が外面を覆っているため、食用に適していない、というだけなのである。

「焼いたら美味しいんだよねぇ……生でも美味しいんだけどここじゃあ食べちゃダメダメ…っと」

強い決心のもと私は採取を終え、本来の目的である【ネルスキュラの討伐】を再開することにする。


※※※※※

飛び出してきた毒の顎を、私はギリギリでかわした。
怒っているネルスキュラはギチギチと顎を擦り合わせ威嚇をする。

「あとちょっと…!」

太刀、骨刀【豺牙】の柄を握り直し、一呼吸入れて目の前のネルスキュラに斬りかかる。
一度狩った事があるため、比較的に危険を感じる事は少なかった。
だがネルスキュラは動きが素早くトリッキーな為、動きの習性やクセを見抜くのは難しい。

「でも……そこにっ……よっし!」

怒っているネルスキュラは、私の思惑に乗ってくれた。
仕掛けてあったシビレ罠を踏み込み、ネルスキュラの身体は跳ねるように痙攣し始めた。
この隙を逃さず私はネルスキュラの眼前へと周り、ガキガキと音を立てる口へと斬り込んでいく。

「よっそっ!」

骨刀【豺牙】を、ネルスキュラの眼前へと踏み込みつつ上段から振り抜く。そこからは太刀の型を重視しつつ、合間に気刃斬りを加えて一動作を長く繋げた。

「んんんっ!」

左、右、左、右、切り上げ、切り下げ。そして仕上げに骨刀【豺牙】を脇に抱え、踏み込みながら気刃大回転斬りをネルスキュラの右前足へと叩き込んだ。

ゴギャァッ!!

固い内部から自壊し、大きな音をたてながら右前足は吹き飛んだ。吹き飛ぶと同時にネルスキュラの強張っていた身体から力が抜け、その場に倒れ込むようにその命を終える。

「ふぅ、終わったぁー」

役目を終えた私は、抜刀していた骨刀【豺牙】を背中の鞘に納めた。程無くしてこの場を包んでいた緊張感が解け、警戒していた私も次第に強張った力を解いていく。

「前は仲間と一緒だったけど、今回は一人で頑張ったもんねぇ」

ネルスキュラに近づきながら、私はそう口ごちる。
前回、ネルスキュラと戦った時は仲間二人と共に狩りに出てギリギリの勝利だった為、今回の勝ち星は充足した達成感と、成長した自分の労いも込めてそう言った。今は別行動をしている仲間にも、いつか今回の狩りを話したいと思うほどである。

そして私は、【にやにやと笑いながらネルスキュラの剥ぎ取りを始めた】。今回の狩りは一つの目的があって一人でやっていたのだ。

誰にも邪魔されず、指図されず、自らの思うままに振る舞える、仲間と一緒でもオトモと一緒でも味わえない至高の時間。

固く、白く光る甲殻を剥ぎ取りながら、私はその至高の時間へと思いを馳せる。


※※※※※


私は一人、ベースキャンプで星空を見上げていた。
近くでは依頼達成の証として、特別な煙筒が薄い赤色の煙を吹き、狩り場と町や村を繋ぐ配送船へと信号を送っている。

「んんっ…」

ネルスキュラは、鋏角種に分類された影蜘蛛と呼ばれるモンスターだった。
相手を拘束する糸を吐き、背中には毒のトゲが存在する。ぶら下がるとそこから毒が染みだし触れた相手を毒で蝕む。毒は口内に潜む伸縮自在な触角にも含まれており、これらを駆使して獲物を追い込んでいくようだ。
また、腹のハリには睡眠を誘発する分泌物が出ており、これと上記の毒の触角を組み合わせた戦法を得意としている。

また、ネルスキュラを現在のランクに位置付けているのはその目を見張る運動能力だった。変則的な戦法を可能にするその強靭な身体は白い甲殻に包まれている。間接や頭、腹の内側以外は甲殻で守られており、生半可な切れ味では弾かれるだろう。現に私の骨刀【豺牙】も何度か弾かれる事があった。
強靭な鋏角種特有の筋肉はかなりの靭性を持ち、その瞬発力を生かしてその巨体を前後左右と自由自在に動かしているのである。

そして筋っぽい故に、歯応えも相当なものだった。

「んんんっっ…むっ……ぐむっ……ぐぎぎぎ……」

ネルスキュラの右前足。鋏へと繋がる間接部分をハンターナイフで切り出し、常時携帯しているステーキ皿へと乗せていた。
普通のナイフで小さく切った肉の欠片を咀嚼しているものの、一向に噛みきれる気配は感じられない。

「かっはぃ……」

固い、と感嘆しながらも咀嚼を続けていると、次第にガチガチに編み込まれている筋繊維がほぐれてきた。

ゆっくりと、ゆっくりと噛み締めながら味わう。今まで食べたことの無い不思議な味わいだった。

上質なコンソメを臭くしたような香りと、野性味とは違うまた別の変な味が口一杯に広がる。油でもなく香辛料でもなく、食べた樹液やモンスター、毒素の抗体等も含めた味に私の舌は様々な反応をみせる。

「んん……結構臭いなぁ。生だから仕方ないけどもっとこう…なんだろう、苦虫とか他の虫みたいにクリームみたいのが出てくると思ってたよ……これじゃまるでステーキ肉だねぇ」

もぎもぎと歯茎を鍛えながら、率直な感想をもらす。

そのうち、がちがちだった肉片は元の原型をとどめていないほどぐちゃぐちゃになった。
あれだけ固かった筋肉片も今では自分の唾液と混ざり、ちょうど固めの肉種のような感触を醸し出している。

歯に触れるその食感はもはや生きていた頃の面影は見当たらないほど儚く、ほどけていく。そして口の中の肉は私への食感の提示を終えると、緩やかに喉元を滑り落ちていった。


「〜〜〜………………ハァァ………」


喉元を過ぎる時、私の身体は言い知れない程の多幸感に満たされた。髪の毛が重力に逆らい、ふわふわと波に浮いてるかのような錯覚を覚える。

一日と半日をかけて狩ったネルスキュラ、その命は肉片となり私の身体の中へと入り込んでくる。
食道を押し広げ数秒の溜飲運動の後、その命は完全に私の胃の中へと入っていった。

「貴方の命。ありがたく頂きます」

両手に持っていたナイフとフォークを皿の上へと置き、私は静かに手を合わせ黙祷する。



これが、私の至高の時間。

誰にも、仲間やモンスターにも邪魔されない、私だけの時間

※※※※※


借家の屋根を叩く雨音が部屋の中へと響き渡る。かなり強い雨らしく、ボボボボッと強い衝撃音だった。

「はぁい、今お水あげますからねぇ」

そんな日の光が入らない薄暗い部屋の中装備も全部脱ぎ、楽な格好をしている私は部屋の片隅でとある作業をしていた。若干興奮しているのか、自分でも分かるくらいににやにやと笑っている。

狩りを終えて数日後、狩り場から取ってきた腐葉土と枯れ木に菌糸を植え込み、加湿BOXの中で私はキノコを育てていた。
狩りに出発する前、どうしても自家製キノコの栽培をしたかった私は設計した加湿BOXを工房に頼んでオーダーメイドで特別に作って貰っていた。出来はかなり良く、狩り場の湿度を忠実に再現出来ている。出費はかなりかかったものの、私はとても満足していた。

「……よぉし…後は…」

待ち兼ねていたと言わんばかりに私の鼻は敏感に反応する。一種の食物が持つ、旨味成分の程好く焼けた香りが部屋中に漂っていた。

思わずにやにやと笑みを浮かべてしまう。

「へっへへ……じゃあそろそろ…」

加湿BOXを机の下に収納し、机の近くに出していた肉焼きセットへと向き直った。
簡素な鉄串と回転台、石臼で出来た肉焼きセットを片手でグルグルと稼働させ、あるものをここ数時じっくりと焼いていた。

あるものとは肉ではない。それは毒々しい紫色をしながらも、他の同種の食物同様の弱火加熱調理を施されて表面にうっすらと汗をかいていた。

「毒テングダケちゃんお待たせぇ」

思わずよだれが垂れそうになった。

溢れ出た水滴が炭火へと落ち、直ちに水蒸気となって薄い紫色の煙をあげる。網の上で炙る事で旨味成分が閉じ込められ、外側の食感もギュッと締まっていくのが見て取れた。

今回のネルスキュラの狩りにて採取していた毒テングダケは、じっくりと借家の中で食べることにしていた。誰にも邪魔されない時間の延長である。正直、心のワクワクは止まらなかった。

「さてさてそれでは………火から下ろして串から抜いてぇ……」

目の前の肉焼きセットに手を伸ばす。ワクワクはドキドキと心臓の鼓動へと音を変え、その振動は手の先にまで伝わる程だった。
ゆらゆらと手が揺れる。

「それでぇぇ……ナイフををををぉぉぉ」

気付くと私の身体は、床へと倒れ伏していた。

「あれぇぇ……なんで身体ががが」

朦朧とする意識の中、目の前にある御馳走に手を伸ばそうとする。それでも結局届かず、私の意識は混濁した暗い闇の中へと沈んでいった。
その意識の中、ふと思い出す。

「毒テングダケ…焼いたら毒ガス出すんだったぁ……」



数分後、私は顔馴染みの仲間の手によって医者の元へと運ばれていったのだった。

〜fin〜
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