2018-8-20 08:13
子連れ竜人の第62話を書いてたら、唐突に書きたくてたまらなくなったやつ。該当回を読んだあとに読むと結構ショッキングかもしれません。お覚悟を……。
遠い未来のネタバレになるようなならないような。『
神のまにまに』と『
アルカディアは遠い』を既読の方なら読んでも大丈夫です。たぶん。
内容は老いたカルロスから、亡き愛弟子へ宛てた手紙。
実はこういう手紙ネタ、ESは他にもちょくちょくあるので、忘れた頃にまた似たようなのを上げるかもしれません。
ヒーゼル。久しぶりだな。
お前からの便りが絶えて、三年が過ぎた。お前が先に逝ったことは伝え聞いていたのだが、受け入れるのにこれほど時間がかかるとは、我がことながら驚きだよ。
今日、お前の息子に会った。
それでようやく、お前は既にこの世にいないのだと理解することができた。
だが、白状しよう。十四年ぶりに会うお前の息子の姿を見て、私は一瞬、不肖の弟子が帰ってきたのかと思ってしまった。
いや、あるいは心のどこかで、そうであることを望んでいたのかもしれない。
エリク──十四年前はあんなに幼かった少年が、ずいぶんと見違えた。元々父親似だとは思っていたが、まさかあそこまで似るとはな。まるで若い頃のお前の生き写しだ。もっとも、性格は父親と違ってだいぶしっかりしているようだが。
お前が生前、いつか私に返しに行くよう託したという剣も受け取った。
重罪で永久追放を言い渡された土地に我が子を送り込むとは、まったく呆れた父親がいたものだ。おかげでエリクは私のもとへ辿り着くまで、ずいぶんと苦労したようだぞ。
だが、この剣を受け取って──当時の記憶がまざまざと脳裏に甦った。
お前たちとセル・デル・シエロの鐘を聞きながら暮らした日々のこと、カルヴァン・ラビアに訣別を告げた運命の日のこと、幾度も死線を共に潜り抜けたこと……。
私の時間は、相変わらず義神刻を刻んだあの瞬間から止まっている。きっとこのまま永遠に動き出すことはないのだろう……そう、思っていた。
しかし、違った。
知らぬ間に時間は流れていた。
お前たちと共に生きた日々は、確かにそこにあったのだな。
今日、ようやくそれを思い知らされた。
そしてひとつ、お前に詫びなければならないことがある。
ヒーゼル。私はあの日、旧主夫人──ミラベル様の想いに胸打たれてツェデクの神子となることを選んだ。ミラベル様と共に民の安寧を……我が子らの生きる未来を守ろうと誓った。そう言った。
だが本当は違ったのだ。ミラベル様の真の望みは、列侯国の平和などではない。あの方の底知れぬ眸の奥には、十四年前からずっと野望の火がともっている。
あの方が肚の内で、本当は何を望まれているのか──そこまでは私にも分からない。ただ、この島であの方と生活を共にするようになってから、私の中の疑惑は確信に変わった。少なくともミラベル様は、世を憂う深窓の淑女などでは、決してない。
彼女の中の獰猛な獣の存在に、私は薄々気がついていた。
気がついていながら従ったのだ。何故ならそれが騎士としての本懐だから……などと、私がそんな御為言を言う人間でないことは、お前が一番よく知っているな。
そうだ。
私はただ、恐ろしかったのだ。
あの場でミラベル様のご下命を拒めば、セル・デル・シエロの城も、お前たちのいる騎士団も、アマラたちとのささやかな暮らしさえ、すべてを奪われるような気がした。
実際、私が拝命を固辞していたら、ミラベル様はそのように計らっただろう。あの方はそうした冷酷さと嗜虐性を確かに持ち合わせておられる。
しかしこんな言い方をすると、お前はまた気に病むかもしれない。自分の存在が私の人生を破滅へ導いたと。だが、そうではない。そうではないのだ、ヒーゼル。
詫びねばならないのは私の方だ。
あのとき──そう、我々が侯王軍との戦いを終わらせることを決めた、あのとき。
私はそれがルエダの民のためだと言った。
この決断で希望が潰えるわけではないと皆を説き伏せた。砂王国を退けたのちにもう一度、ルエダ・デラ・ラソ列侯国をやり直す道を探せばよいのだと。
しかし、私は
私ははじめからやり直すつもりなどなかったのだ、ヒーゼル。
私は諦めた。
これ以上は戦えぬ。
ならばすべて終わりにすべきだと。
勝機はあった。されど私には無理だった。
限界だった。
あれ以上、ツェデクの狂気に抗える自信がなかった。
一度アレに呑まれかけ、お前たちを失う寸前までいったとき……私は己を見限った。
このままではいずれ、私はお前たちをも殺すだろうと。
そのような未来は耐え難かった。だから逃げた。
ミラベル様や民の存在を言い訳にして、逃げたのだ。
あのときなけなしの勇気を奮い起こして、それでもなお戦うことを選んでいたなら──少なくともアマラやお前たちに、あれほどみじめな想いをさせることもなかっただろうに。
ヒーゼル。お前はこんな私をどう思うだろうか?
軽蔑? 失望? そうであってくれればいいと思っている。
許してくれ、とは言わない。
ただお前は、お前にだけは真実を伝えておきたかった。
この手紙はお前の墓に届けてもらうよう、エリクに頼むつもりでいる。
どうか不甲斐ない師を恨んでくれ。
結果として、私はお前たちを守れなかった。
最後にはすべてを失った。
これは罰なのだと思う。
私のような愚か者には、実に相応しい罰だ。
ヒーゼル。
来世はどうか私を忘れてほしい。
もう二度と、こんな男のところへのこのこ現れるんじゃないぞ。
お前たちの迎える来世が、少しでも幸福であることを願って。
Hasta Siempre. Mil Gracias.
親愛なる愛弟子へ
カルロス・トゥルエノ