2017-12-16 23:50
思い立ったが吉日!
というわけで、かなーりお久しぶりのされ天更新です。待ってくれていた方がどれだけいるか分かりませんが、お待たせいたしました……!
元々不定期更新とは言ってたものの、まさかこんなに間が開いてしまうとは当の作者も予想だにせず……本編の執筆が想像以上にカツカツだったせいなのですが、死に物狂いで書きまくってようやくわずかなゆとりができましたので更新再開です。休載期間が長すぎてプロットどっかいったけど、まあ何とかなるよね!(行き当たりばったり)
できれば来年の初夏までには完結させたいです……でないと本編との絡みが上手くいかないので(泣)
誰が花も年内には更新しますのでもうしばらくお待ち下さいませ。書きたいものが多すぎて時間が足りない今日この頃です……。
死の間際に笑うヒトというものを、黒き竜は初めて見た。
普通、ヒトというのは死が近づくと逃げ惑い、泣き叫び、「死にたくない」と命乞いをするものだ。
――なのになにゆえ
汝は笑った?
竜がそう尋ねると、四號はやけに軽やかな声であははっと笑った。
「覚えてないよ、そんなの。だってぼく、死にかけていたんだよ?」
四號の答えはこうだ。竜は何か釈然としないものを感じながら、しかし四號を背に乗せ空を飛んだ。
黒き竜の四枚の翼が宙を掻くと、前方からは強い風が吹きつけてくる。その風が一晩で真っ黒に染まった四號の髪を撫ぜた。満月のように輝いていた彼の瞳も今や真っ赤だ。それは四號が竜の血を飲んだからに他ならない。
昨夜の騒動のあと、竜は自らの翼に噛みついて、零れた血を四號に与えた。血を飲むと四號はのた打ち回って苦しんだが、
授血の苦痛も峠を過ぎると、このとおり竜の背に乗って鼻歌を歌えるくらいに快復した。
魔族の血を分ける、というのはそういうことだ。黒き血を分け与えられたヒトはしばらく苦しみ悶え、耐え抜くと『
魔人』と呼ばれる存在になる。
魔人となったヒトの血は赤から黒へと変わり、さらに不老の力を備えるとか。竜は魔人を飼ったことがないので詳しくは知らないが、これからこの子供は老いることなく
魔界の住人として生きていくことになるのだろう。
「疑問はもう一つある。汝は昨夜、何故我を天使≠ニ呼んだ?」
「それはあなたが魔物だなんて思わなかったから。月明かりに照らされたあなたは美しかったし、竜は神さまが創り出した生き物だって言われているでしょう?」
「フン、知らんな。汝が言っておるのは、どこぞの山の天辺でお高くとまっているという地上の竜のことであろう?」
「そうだよ。だからぼく、あなたを天使さまだと思ったんだ。ずっと竜は神さまの使いだって思っていたから」
なるほどな、と竜は思った。自分の見た目は地上の竜とはだいぶ違うが、四號は本物の竜を見たことがないらしい。だから伝説に聞いた竜の姿と黒き竜を重ね合わせ、天の使いと思ったわけだ。
――まったく滑稽な話だな。
竜は力強く羽ばたきながら口の端を持ち上げた。だがその滑稽さが嫌いではなかったから、竜はこの子供を助けることにした。死を望む者を素直に死なせてやったのでは芸がないし、これを生かせば面白いものが見れそうだ。そう思ったのだ。
「ねえ、ぼくもひとつ訊いていい?」
「何だ?」
「あなたの名前は?」
「我の名か」
答えようとして、しかし竜は思い留まった。この子供は既に己の眷族だ。ならば名を明かしても構わぬが、誇り高き魔族は容易に名を呼ばせない。魔界では本当に親しい者以外が名を呼ぶことは不敬だとされている。
そして竜がこの子供と出会ったのは昨夜のことだ。確かに血は分け与えたが、名を呼び合うほど親しいかと言われたら否と答える。だから竜はフンと鼻を鳴らした。これから己が
下僕として使う者には、まず相応の教育が必要だ。
「いいか、小僧。我らの暮らす地底では、他者に名を尋ねるときは己から名乗るのが礼儀だ。ゆえにまずは汝から名乗れ」
「ぼくは……四號」
「確かに昨夜、そのように呼ばれていたな」
「うん……でも四號は名前じゃないんだ。これは四番目≠チて意味なんだって」
「四番目?」
「そう。ぼくは四番目の奴隷。だから四號=v
「ならば、真の名は?」
「知らない。ぼくはうんと小さい頃、あの人たちに連れてこられたらしいから。だから自分のほんとの名前、知らないんだ」
「……名無しの小僧というわけか」
いかな
魔竜の眼をもってしても、己の頭蓋の真後ろまでは見渡せぬ。されど竜は背の上で、四號がしゅんとしょげるのを感じた。
……名がないということがそれほど不服か。魔界ではむしろ名を持たぬ者の方が多い。個体名を持つのは竜のような自我を持つ上位種だけだ。本能のままに生きる無知性の
魔物たちは、名を与えたところで解さない。
だから魔界において名前を得るということは、知性と誇りを得ることと同義だった。矮小なる者が初めからそんなものを望むなぞ、驕っているにも程がある。
少なくとも竜たちがこれから向かう先では、皆がそう言うだろう。ゆえに竜は「ふむ」としばし熟考すると、やがて浮かんだ名案を衒うようにこう言った。
「では小僧、汝が一人前の魔人となる日が来たならば、そのときは我が名をつけてやろう。それまで汝は四號だ。そう呼ばれるのを厭う心があるのなら、一日も早く立派な眷族となってみせよ。さすればとびきりの名をくれてやろう」
「えっ、本当……!?」
「我らは同族に嘘はつかぬ。何ならこの翼に懸けて誓おう」
「本当に本当!? じゃあ、約束だよ! 絶対だよ!」
四號はひどくはしゃいだ様子でぴょんぴょんと飛び跳ねた。黒い鱗に軽い振動が伝わってくる。ちゃんとしがみついていなければ飛ばされるような突風の中にいるというのに、小さな体で剛毅なことだ。
しかし何より驚くべきは、竜の正体を知ったところで四號が怯えもしない点だった。この子供は己を救ったのが人を喰らう魔物だと知ったところで恐ろしくも何ともないらしい。
それは魔竜の血を飲んだからなのか、はたまた元から狂っているのか。
竜は後者であることを願った。
どうせ己の眷族とするのなら、狂っているくらいがちょうど良い。臆病で脆弱なだけのニンゲンなど、眺めたところで喰い殺したくなるだけだから。
「あ、だけど……」
と、そのとき不意に四號が言った。
「だったらぼくは、あなたのことをなんて呼べばいい?」
「好きに呼べ」
「好きに?」
四號は首を傾げたようだった。急に好きに呼べと言われても、いまいちピンとこないのかもしれない。
「我の棲む世界では、名前のない者に名乗る名はない。ゆえに我は汝に名乗らぬ。されど呼び名がないというのもまた不便であろうからな。よほど不名誉な名でなければ、呼ぶことを許してやる」
「じゃあ、天使さま!」
思いも寄らぬ即答が来た。
四號の答えを聞いた竜は束の間目を瞠り、されどすぐに大笑する。
――この小僧はまた性懲りもなく、我を天使と呼び習わすか。
竜は愉快だった。広大な世界のどこを探しても、己を天使と呼び慕うのは、きっと無知で無邪気で狂妄な背中の子供だけだろう。
「小僧。我は魔神に仕えし者、ゆえに天使ではないと言ったはずだぞ」
「だけどあなたは天から現れて、みじめに死ぬはずだったぼくを救ってくれた。だからあなたは天使さまだ! ねえ、そう呼んでもいいでしょう?」
「仕様のないやつだ。まあ、汝がそう呼びたいと言うのなら許してやろう。その代わり我への忠誠を尽くせよ、四號」
「はい、天使さま!」
四號は心底嬉しそうにそう言って、背中の棘に抱きついた。鱗の狭間から伝わってくる体温はこれまで竜が感じたことのないもので、何だか少しむず痒い。
(……地上の竜は、常にヒトを背に乗せて飛ぶという)
とするとやつらはいつもこんな疼きをこらえて飛んでいるのか。まったく物好きなことだな、と竜は呆れた。
己もまたその物好き≠フひとりであることなど、知る由もなく。