2017-8-17 10:13
「一旦寝て直してからupします」と言い残してから幾日が過ぎ去りましたが皆さまお元気でしょうか。予告?何それおいしいの?状態の長谷川です。掌編更新するする詐欺でほんとにすみません……orz
いやあのですね、言い訳させていただくと、何かこう文章が上手くまとまらなくて七転八倒悪戦苦闘しておりました。その途中息抜きで始めたエルネア王国というアプリゲーにものの見事にハマッてしまい、まあこのゲームの楽しいこと楽しいこと、ゲームの主人公の名前はだいたい「カミラ」か「ティノ」にする作者は今回も「カミラ」と名づけた赤髪の女主人公で王国でのスローライフを満喫しております。
じゃなくて。
ハイ、そんなわけで大変遅くなりましたが問題の掌編です。「問題の」というのは何も更新が遅れたことだけではなくて、未だかつてないほどの作者の自己満足の産物だという意味も含まれています。
というのはこの掌編、関わってくるのは4章中盤。つまりまだまだ先のお話です。
そんなもんを何故今アップするんだという話ですが、これを先に読むかあとに読むかで本編の印象がだいぶ違ってくるだろうなーという気がしたからです。なのでこちらの掌編を4章公開前に読まれるか公開後に読まれるか、はたまた一切無視するかは読者さまの采配にお任せいたします。
どうして急にそんな話を書いたのかというと、実は先日小さなピアノコンサートに出席する機会がありました。そこで聴いたプロのソリストさんの演奏がまあとにかく素晴らしかったので、ピアノにまつわる話を書きたくなったという次第です。単純!
なお4章未読の状態でこの先へ進むと、恐らく知らないキャラばかり出てきて混乱するかと思います。
ですがそのまま頑張って読み進めていただくと、後半「ああなんだこいつか」となるはずなので頑張って下さい。この話の狙いは読者の混乱を招くことなので、大いに混乱していただけましたら嬉しいです。
なお本文が1万字超えてしまったため前後編に記事を分割しております。
「ああっ、もうっ! あったま来たー!」
と、ミレーナはその日、机に山積みとなっていた書類を豪快にぶちまけた。
スッドスクード城、城主の執務室でのことである。
のどやかな春の陽気の中、執務室は一瞬で晴れのち書類の天候に見舞われた。空気の抵抗を受けながらひらひらと舞う書類の雨は、当然のように執務席にいたシグムンドの頭にも降り注ぐ。
「おい、ミレーナ! 何をやってるんだ、シグムンド様の執務の邪魔をして!」
「だってスウェインさん、これ見てよ!? 何なのこの手を抜きまくりの書類の山は!? 隊務日報には担当将校の記述はあれど、上官のコメントはいつも決まって次回も同様の調練内容を実施する≠セし、その次の調練の報告書を見ると前回と全然違うことやってるし! 極めつけはこれ! この稟議書! 何なの軍馬五十頭の購入を承認してくれって!? そんな話一言も聞いてませんけど!? あとそれを書いた部隊長のサインが見事に漏れてます!」
「……訊くまでもないが、どこの部隊から上がってきた書類だ、それは?」
「もちろん第二部隊です!」
「はあ……またセドリック殿か……」
黄都守護隊内においてクソ真面目≠フ代名詞となりつつあるシグムンドの副官スウェイン・マーシャルは、頭痛をこらえるように額を押さえて嘆息した。この隊の副将となる前はいかにも軍人らしく精悍だった彼の顔つきは、このところやや窶れ気味……のような気がする。
それもそのはず。ここスッドスクード城を拠点とする黄都守護隊は黄帝直下の第一軍別働隊でありながら、とてもそうは思えないイロモノ揃いで有名だった。
中でもスウェインにとって最も大きな頭痛の種が、第二部隊長のセドリック・ヒューである。彼はトラモント三大貴族に名を連ねるヒュー詩爵家の次男坊。それでいて口も性格も態度も悪く、隊内一の問題児と言って差し支えない。
おかげでしょっちゅうトラブルを引き起こすわ他の部隊長たちとの衝突も絶えないわで、彼らのまとめ役であるスウェインは常に頭と胃を痛めているのであった。が、ときにそんな彼の上官であるシグムンドが、自身の金髪に乗った書類をはらりと除きながら言う。
「確かに日報の書き方については再度指導が必要だな。だが軍馬の件は事前に彼から話が来ている。前回一括で買い上げた馬の中に駄馬が混じっていたので、五十頭ほど買い替えたいとな」
「はあ? そんな話、私は初耳です! だいたい馬を購入するときは、いつも事前に軍馬としての基準を満たしてるかどうか検査してるじゃないですか。そこに駄馬が混じるなんて考えられないんですけど?」
「セドリックの隊は黄皇国最速を誇る軽騎隊だ。その機動力を維持するためには隊全体の馬の質を揃えなければならない。つまり軍馬としての基準は満たしていても、第二部隊に加わる馬としての基準は満たしていなかった――ということだな」
「またそんな贅沢言って……! そもそも新たに五十頭も買いつけたら、あっという間に予算オーバーですよ!? アイツの実家がお金出してくれるっていうなら話は別ですけど!」
「いや、さすがにハインツにたかるわけにもいかんのでな。予算の補填には私の家の私財を充てる予定だ。それならば隊の運営にも支障は出るまい」
「はあ!? シグ様の家のお金をアイツの隊の予算に!? そんなの……!」
「いいのだ、ミレーナ。当家の財は使用人たちの給与と屋敷の保全に充てる以外に使い道がない。それに黄都守護隊は機動力が命だからな。有事には尖兵としての役割を果たす第二部隊の質は、私としても可能な限り高めておきたいのだよ」
「もー! シグ様はほんとあのバカに甘いんですから!」
仮にも詩爵家の人間を臆面もなく罵倒するミレーナに、シグムンドも苦笑を禁じ得なかった。が、彼は彼女を叱るでもなく宥めるでもなく散らかった書類を整えると、それをスウェインへ手渡しながら言う。
「しかしいくら話がついているとは言え、稟議書に申請者の署名がないのでは財務官が納得すまい。というわけでミレーナ、溜まっている書類の処理は我々に任せて、君はセドリックを探してきたまえ」
「ええ!? 私がですか!?」
「セドリックは今日は非番だ。だが恐らく総合棟の軍楽隊室にいる。そこへ行って彼の署名をもらってくるのだ」
「な、なんで軍楽隊室なんかに……? ていうか居場所が分かってるなら、別の人に行かせて下さいよ!」
「いいや、これは君が行くことに意味があるのだよ、ミレーナ。それとも私の言うことが聞けないのかね?」
窓から注ぐ春陽の中、そう言って微笑むシグムンドを前にミレーナは「うっ……」と押し黙った。
……シグ様はずるい。そんな言い方をされたら私が逆らえないことを知っているくせに。
シグムンドはミレーナの命の恩人だ。そして敬愛してやまない主でもある。というか表向きには上官と従者という関係だけど、ミレーナはこっそりシグムンドを父親のように思っていたりもするのだった――幼い頃に両親を亡くしたミレーナにとって親≠ニいう存在はずっと憧れだったから。
「あーもう、分かりましたよ! じゃあセドリックを見つけてさっさとサインもらってきますから、その間にぶちまけた書類は片づけておいて下さいね!」
「誰がぶちまけたと思ってるんだ! これはお前が責任を持って――おい、ミレーナ!」
スウェインの怒声を背中で聞きながら、ミレーナはぴゅ〜っと執務室から逃げ出した。彼の説教は一度始まると長いので、三十六計逃げるに如かずだ。まああのくらいならシグ様も大目に見てくれるだろうし。
それよりも今はセドリックである。彼は今総合棟の軍楽隊室にいるとシグムンドは言っていたけれど、戦闘部隊の指揮官である彼がどうしてそんなところにいるのかミレーナにはさっぱり分からなかった。
というかあのチンピラ貴族のことなど分かりたくもない。いつも人を小馬鹿にして見下して、
実家の威を借りふんぞり返っている勘違い男。
ミレーナとセドリックは入隊当初から犬猿の仲と言って良かった。いや、そもそもセドリックは隊内の誰とでもそんな感じか。
とにかくいつも偉ぶって横暴で、他者への思いやりとか仲間意識とかそういうものが絶望的に欠如している。さすが子供の頃から甘やかされて育った貴族のお坊ちゃんは違うわねと、ミレーナはいつだって皮肉を言ってやりたい気持ちでいっぱいだった。
……でも、まあ、今日はこの書類にサインをもらうだけだし、可能な限り穏便に済ませたい。ヤツが非番で顔を会わせなくていい日にまで、余計ないさかいを起こしてストレスを溜めたくない。
ミレーナは署名欄だけがぽっかり空いた書類に目を落とすと、はあ、と深くため息をついた。そうしてこんな憂鬱なイベントはさっさとこなしてしまおうと、「よしっ」と気合いを入れて赤い髪を結い上げる。
かくして一路目指した総合棟。礼拝室とか図書室とか多目的室とか、とにかく色んな機能を持つ部屋が雑多に押し込められた石造りのその建物は、いくつもの巨大建造物からなるスッドスクード城の中でもミレーナにとって最も縁遠い場所だった。
だって特定の教会にも属していなければ、あまり本を読む習慣もないミレーナがここへ来る理由なんてシグムンドの付き添い以外にありえない。かと言って毎朝軍属の司祭が執り行う礼拝にはスウェインが同行してくれているし、そうなるとミレーナがここを訪れる機会なんて自ずと限られてしまうのだった。
セドリックがいると噂の軍楽隊室は、この棟の二階にある。軍楽隊と呼ばれる軍隊専属の音楽隊――戦場で軍歌を奏でて味方を鼓舞したり兵士を慰労したりする部隊――が普段稽古場や楽器置き場として使っている部屋で、もしかするとミレーナが訪れるのは入隊以来かもしれない。
今は昼過ぎだから人気もなくガランとしている礼拝室の前を通りすぎ、司祭執務室の中から聞こえる談笑に耳を傾けつつ、ミレーナは灰色の階段を登った。ここは調練場から遠いから、実に静かで何だか別世界にいるみたい。
ちょっと南へ行けば兵士たちの掛け声や点呼の声、調練中の喊声なんかが聞こえてきて物々しいことこの上ないのに、春の陽気に守られたこの場所のなんと暖かで穏やかなことか。ミレーナは総合棟に対する認識をちょっとばかり改めた。これなら確かに休日をのんびりと過ごすには最適の場所かもしれない――
「――ポーン」
とそのとき、ミレーナは頭上から聞こえた異音に足を止めた。
甲高くて硬質で、それでいて空気の中にすうっと溶けていくような音。
これは、ピアノ……?
そう言えば軍楽隊室にはピアノが一台だけあるんだっけ。異郷生まれのミレーナは触れたこともなければ演奏を聞いたこともない未知の楽器だけれど。
ピアノの音色は不定期に、かつ不規則な音の羅列となって聞こえてくる。短い旋律が奏でられては途切れ、また奏でられては途切れ……といった感じに。
何だろう、これ。そもそも今日は軍楽隊の練習日じゃなかったはず……。
その証拠にいくら耳を澄ませても、ピアノの音以外には何も聞こえない。他の楽器の音色はもちろん誰かの話し声すらも、だ。
ミレーナは自然と気配を殺し、そろそろと二階へ上がった。
ピアノの音はまだ続いている。
通路を進むと、軍楽隊室の扉が開け放たれていることに気がついた。ミレーナはそっとその傍らに立ち、顔だけ出して部屋の中を覗いてみる。
そこには確かにセドリックがいた。百人くらいなら優に収容できるであろうだだっぴろい部屋の奥で、いつもと同じ長い
金髪をまとめた姿のままピアノと向き合っていた。
気怠そうに頬杖をつき、右手でしばらく鍵盤を叩いては、譜面台に置かれた紙に何かを書きつける……という作業を繰り返しているようだ。時折旋律を確かめているのか、直前と同じメロディーを何度も繰り返し奏でているときもある。
……何やってんだろ。
ミレーナは不思議に思って扉の前に立ち尽くした。
というか、そもそもセドリックが楽器を弾けたなんて驚きだ。あれも貴族の嗜みってやつなんだろうか。まあ、今の彼は手慰みに鍵盤を叩いているという感じで、それを楽器を弾いている≠ニ言っていいのかどうかは、ミレーナには判断がつかないけれど。
「……あ?」
「あ」
と、そこでついにセドリックがこちらに気づいた。ミレーナの姿を認めた彼は作業の手を止めるや、露骨に眉を寄せ口元を歪めてみせる。
見ている方まで漏れなく忌々しい気分にさせる、実に忌々しい表情だった。あれでも普通にしていれば、兄君似の貴公子然とした美男子なのに。
(
後編へ続く)