2017-3-24 12:21
忙しいときは掌編を書こう☆
というわけで、執筆時間が取れないときは隙間の1時間か2時間で短いお話を書く練習をしようと思い立ちました。いつも愚痴ってますが長谷川は短いお話を書くのが苦手です。書き始めると「あれも書きたい」「これも書きたい」と書きたいことがどんどん増えていつの間にか字数が嵩むのです……。
そんな己を鍛えるために、昔よくお世話になった
140文字で書くお題ったーさんからお題を頂戴してきました。今回のお題はこちら。
「貴方はESで『吊り橋効果』をお題にして140文字SSを書いてください。」
この場合の「ES」は「サーガ」じゃなくて「シリーズ」の方ね!(言い訳)
あと全然140字じゃないです。あくまで掌編の練習だから(震え声)
今回は2300字程度でした。ルエダ・デラ・ラソ列侯国でのゴタゴタが片づいたあと、タルサー郷を目指して旅するトビアスとロクサーナのお話。
「ヒエッ」
と、我ながら情けない声が出た。
ギシギシ音を立てながら揺れる古い吊り橋。
横殴りの風。眼下、遥か遠くに見える白波。
まるで竜の背に乗ったときのような浮遊感に体が縮む。私はとにかく必死で手摺代わりの吊り縄に掴まった。
が、それは己が命を託すにはあまりに細く、頼りない。今にもブチブチと音を立てて千切れ、私を海面へ叩き落とすのではと、とことん恐怖を煽ってくる。
南西大陸から南東大陸へと向かう通り道、テペトル諸島。
そこは南西大陸の北にある無名諸島とは打って変わって、密林も
樹上家屋もない、剥き出しの岩山が聳え立つ灰色の高山地帯だった。
その景色は、トラモント黄皇国の北辺で見た竜牙山脈に少し似ている。深い深い海の底から天高く突き出た幾本もの岩の槍。
それはあまりにも巨大な槍で、海からは穂先の部分だけが覗いている。遠く船から眺めると、まさにそんな感じだった。
神話の時代を生きた
巨人族をも噛み砕きそうな大地の牙。私は今、その牙と牙とをつなぐ吊り橋の上にいる。
「ほれ、トビー! いつまでそうしてへたり込んでおるのきゃえ!? このままではいつまで経っても村に辿り着けぬぞえ!」
潮風にぐらぐら揺られる吊り橋の上。その真ん中で腰を抜かした私より三十歩ほど行った先で、ロクサーナがぴょんぴょん跳ねながら叫んでいた。
――ああ、だから揺らさないでと言っているのに!
そこは海面からおよそ
半幹(二五〇メートル)も離れた宙空。そんなところで足元も気にせず跳び回る彼女の神経が、私には理解できない。
いや、あるいは彼女は神子だから恐怖する必要がないのだろうか?
何しろ青い血の通う彼女は心臓を貫かれるか首を刎ねられない限り死にはしない。そして人間が覚える恐怖の感情は得てして死≠ニ直結している。
つまり恐怖とは生存本能が打ち鳴らす警鐘――だとすれば六百年もの間、己が死とは無縁の生活を送ってきた彼女の本能が既に錆びつき使いものにならなくなっていたとしても、何ら不思議はないだろう。
(いや、それを言うなら私も既に血飲み子なんだけど……)
と思いつつ、そろり、そろりと縄の間から真下の海を覗いてみる。
青い。
ロクサーナや私の体に通う血と同じ、紺碧のわだつみ。
耳を澄ませば橋の軋みの間に聞こえる、穏やかな波音。
空は快晴。照りつける陽射しは波間に反射して、眼下に星を散りばめたよう。
美しかった。
強烈な潮風に嬲られながら、絶えず命の危険を感じるような場所からの眺めでなければの話だが。
「まったく、ほんにそもじは根性ナシでおじゃるのう」
と、凍りついた私の耳元で、ときに彼女の声がする。
「これしきの橋も涼しい顔で渡れんとは、そもじ、それでも
陰嚢はついてるのきゃえ?」
「かっ、仮にも神子にあらせられるお方が陰嚢とか言わないで下さい……!」
「ならば他になんと言う? ×#※▲とか☆¥◆@%などと申せば良いのきゃえ?」
「わーっ!! わーっ!! やめて下さい!! これ以上私の
神を穢さないで下さい……!!」
修道士生命に懸けて私がそう叫べば、ロクサーナはさも「やれやれ」と言いたげに両手を腰へ当てた。
そうして深いため息と共に、ふと右手を差し出してくる。白くてやわらかくてほっそりとした、私のそれより一回り小さな右手を。
「ならば早う立ちんしゃい。向こう側までわーが手を引いてやるき」
「あ……」
……なんだ、珍しい。ロクサーナがこんな風に私を甘やかすなんて。
いつもの彼女ならいくら私が泣いても喚いても、女々しいだのヘタレだのとお決まりの暴言――いや、しかし紛れもない真実――を並べるばかりで、決して相手をしないのに。
「……ひょっとして、これが噂の吊り橋効果≠ニいうやつですか?」
「うん? 何の話じゃ?」
「いえ、何でも」
と答えながら、私はロクサーナの手を握る。温かい。いつの間にか潮風で冷えきっていた私の手が、
神の恩寵に包まれる。
「ただ、ロクサーナに優しくされると不安になるなぁって話です」
「蹴り落とすぞえ」
本気とも諧謔ともつかない口調で言われて、冗談ですよと私は笑った。だって口ではそんなことを言いながら、ロクサーナが決して私の手を離したりしないことを知っていたから。
私は立ち上がり、彼女と手を取り合って歩いていく。そうしていると、さっきまでの恐怖がすうっと青に溶けていくから不思議だ。
「ロクサーナの故郷まで、あと少しですね」
「そうじゃのう」
答えたロクサーナはちょっと不安そうな、けれど照れているような。何だかそんな感じに見えた。
カラカラカラ……と遠くで音がする。ふと目をやれば、吊り橋の終わり、そして山中に巡らされた縄に吊られて、鳴り板が鳴っている。
それは何とも神秘的な光景で、島が歌っているみたいに見えた。
私は思わず目を細める。あの夜と――二年前、絶望に覆われた夜、その夜を塗り替えた朝焼けを見たときと同じ感慨が胸を満たす。
「美しいですね、世界は」
「だからわーは生きておる」
意外な答えを聞いた気がした。またも目を丸くして振り向くと、ロクサーナは星色の髪を風に梳かれながら、器用に口笛を吹いている。
――光神歌第一番。
私の最も好きな歌。世界の夜明けを祝う歌。
それを口遊むということは、ロクサーナは今、上機嫌だ。
何だかそれも珍しい。
「……やっぱり吊り橋効果かな」
隣で小さくそう言って、私は笑った。
私たちはもうすぐ、歌うたう美しの島へ辿り着く――。
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トビーが思ってる「吊り橋効果」と本当の吊り橋効果は、たぶん違う。
×#※▲とか☆¥◆@%は最近ニーア:レプリカントの復習をしてるので、下着女さんへのリスペクトです(笑)