この世には、何もないと思っていた。
疎ましそうに自分を見る父。
口うるさい母親。
思い入れも何もない騎士団。
絵に描いたような暗君とその取り巻きたち。
それらはいつだって、カルロスの目には空疎に見えた。
この世には、何もない。退屈で空っぽな世界だ、と。
けれどグニドナトスに、案ずるな、と告げたとき。
カルロスは、言えなかった。
いざというときには、自分で自分を終わらせる。
だから案ずるな、と。
気がついたら、いつの間にか。
何もないと思い続けていたカルロスの世界は、色とりどりの光で溢れていた。
あまりにも眩しくて、温かくて、手放したくないとつい願ってしまうような。
事情を知る者は皆、カルロスを哀れむ。
けれどカルロスは思うのだ。
失うものなど何もないと思っていた自分にも、失いたくないものができた。
それは神子となった今、確かに不幸ではあるけれど。
同時にこれ以上ない、幸福ではないのかと。
†
聖神の刻(十四時)を告げる教会の鐘が鳴っていた。
カーン、カーン、と秋空に響くその音色は、カルロスの知るウニコルニオやセル・デル・シエロのそれとは違う。教会の威厳を知らしめるような低く厳かな響きではなくて、とても軽く澄みやかだ。
自分はどちらかというとこの音色の方が好きだな――と、カルロスは弾むように駆け寄ってくる娘を見つめながら思った。
小さな両手を目一杯広げて、「パパ、パパ」と娘がだっこをせがむ。カルロスがそれを掬うように抱き上げると、ちょうど鐘の音がやんだ。
代わりに思いきり抱きついてきた娘の歓声が飛び込んでくる――前回会ったときより、また一回り大きくなった。体重もいくらか増えたようで、騎士としての鍛練を重ねたカルロスの腕にもずしりと感じる。
記憶の中では、まだ掴み立ちをするのが精一杯の赤子だというのに。
思えばこの子はもうそんな赤子ではなく、来年で七歳になるのだったな、と、カルロスはようやく実感した。
そんな父と娘の姿を、出迎えに来たアマラが微笑みながら見守っている。
彼女の方はもう齢三十を数えたはずだが、トゥルエノ家の屋敷に女中として仕えていた頃と何も変わらない。
「おかえりなさいませ、カルロス様」
「ああ。ただいま、アマラ」
小さな、小さな――普段セル・デル・シエロ城で暮らすカルロスから見ればあまりにも小さなその家で、家族は束の間の再会を果たした。
そこはエスペロ湖に面する湖畔の町。
鼠色をした煉瓦の家々が立ち並ぶ、ペスカド・ラグナだ。
†
寝台の脇に置いた燭台の火が、チラチラと揺れていた。
その炎の揺らめきが、すやすやと眠る娘の横顔に色んな表情を映し出す。笑っているように見えたり、ぐずっているように見えたり。
そんな娘の様子を、カルロスは寝台の端に座したままじっと眺めていた。娘は寝言を言うわけでも、寝相が悪いわけでもない。なのにどれだけ眺めていてもまったく飽きないのが我ながら不思議だ。
「――カルロス様」
と、ときに死角から呼ぶ声がして、カルロスはそちらを振り向いた。
扉のない寝室の入り口に、アマラが佇んでいる。先程まではゆるくまとめていた黒髪をほどいた姿で。
踝まで丈のある、たっぷりとした
長衣は彼女の寝巻きだ。その上に
肩衣をかけてゆったり微笑んでいる姿は、何だか妙にあだっぽかった。
「お
酒のご用意ができました。そろそろ」
「ああ、すまん。実はイリスが放してくれなくてな」
「まあ」
目を丸くしたアマラがちょっと首を傾げた拍子に、耳にかかっていた髪が一房落ちる。そんな彼女の視線の先では、娘のイリスが眠ったまましっかりとカルロスの左手を握っていた。
それを無理に引き抜くと彼女を起こしてしまいそうで、カルロスは躊躇する。それでなくとも娘はまだまだ小さく、乱暴に扱ったら簡単に壊れてしまいそうだ。
カルロスはそれが恐ろしかった。人間が陶器のように脆くバラバラと崩れ落ちるわけがないと分かっていても、どうしても不安になる。それでなくとも自分は戦うしか能のない人間だから。
「まったく、この子ったら……よほどお父様に会えたのが嬉しかったのでしょう。事前にいただいた手紙のことを伝えたら、跳び上がって喜んでいましたから」
「春の終わりに会ったきり、なかなか会いに来てやれなかったからな。すまなかった」
「いいえ。このところの飢饉と例の事件のせいで、カルロス様がお忙しいことは重々承知しておりますもの。むしろそのような中、わざわざお越しいただいてしまって……」
「私がお前たちに会いたかったのだ。気に病む必要はない」
言って、カルロスは空いている右手を伸ばし、歩み寄ってきたアマラを抱き寄せた。彼女はそれに抗わず、ゆっくりとカルロスの隣に腰かける。
その青い眼差しが、安心しきった顔で眠る娘の寝顔を愛おしそうに眺めていた。
彼女の右手がイリスへ伸び、癖のない黒髪を、ふくふくとした頬を、椿色の唇を撫でる。するとイリスは少しくすぐったそうに呻いて、小さな手にぎゅっと力を込めた。
「だが、この子が健やかに育ってくれていてほっとした。この町とて、未だ飢饉の影響は根強いだろう?」
「ええ。このところの乱獲が原因で湖の魚も減っていますし、状況は一向に良くなりませんわ。むしろ悪化している、と言ってもいいかもしれません。この食糧難に加えて内乱ですから……」
「ああ。ウニコルニオ事変以降、国の治安は悪化するばかりだ。せめて我がトゥルエノ騎士団領内だけでも平穏であるようにと力を尽くしてはいるが……不自由はしていないか?」
「とんでもございませんわ。カルロス様の寛大なご配慮のおかげで、私たちは恵まれた暮らしを送れています。それにヒーゼルさんも、私たち親子に大変良くして下さいますし」
「ああ、
あれか」
と、カルロスは己の右腕である男の顔を思い出して、思わずちょっと笑ってしまった。それに気づいたアマラが不思議そうな顔でカルロスを見上げてくる。
「何か可笑しなことがございましたか?」
「実は最近、騎士団内で妙な噂が流れていてな。ヒーゼルがたまに城を抜け出してこの町に来ていることが、どうも他の騎士たちにバレたらしい」
「まあ……! そ、それでは私たちのことが?」
「いや、お前たちと私の関係までは露見していない。ただ、騎士たちが言うにはどういうわけか――この町には
ヒーゼルの愛人がいる、と」
「何ですって?」
「つまり皆、ヒーゼルがお前と不貞を働いていると思っているのだ。そしてヒーゼルもそれを否定しない」
「何故です? 不貞だなんて、ヒーゼルさんの名誉に関わることですわ」
「私もそう言ったのだがな。しかしあいつはどうもその状況を楽しんでいるようだ。それにその方が色々やりやすいですから≠ニ」
カルロスがありのままを伝えると、これにはさすがのアマラも呆れ顔をした。カルロスはそれが可笑しくて、またちょっと笑ってしまう。
――カルロスとアマラが
そういう関係になったのは、カルロスの父母がまだ存命中のことだった。
当時アマラはトゥルエノ家のウニコルニオ屋敷に仕える女中で、立場上セル・デル・シエロ城とウニコルニオを往復することが多かったカルロスと次第に惹かれ合っていったのだ。
けれどもアマラがカルロスの子を孕むと、状況は一変した。
未婚のアマラが子を産むというだけでも問題なのに、その上父親がトゥルエノ家の嫡男と知れれば世間は大騒ぎになる。
だからアマラはトゥルエノ家の女中を辞め、誰にも知られずにカルロスの子を産むことを決めた。カルロスは当初それに反対し、身分差婚を不名誉とする貴族の馬鹿げた風習と戦おうと主張したが、アマラの決意は固かった。
そこでカルロスは仕方なく、ここペスカド・ラグナにアマラたちのための家を買い、彼女を住まわせたというわけだ。
ペスカド・ラグナは現在カルロスが団長を務めるトゥルエノ騎士団の所領内にある。騎士団の本拠であるセル・デル・シエロ城からは馬で片道五日ほどで、まあ決して通えない距離ではないし、城とつかず離れずのちょうどいい場所と言えた。
だがカルロス自身が頻繁に町に通っていたのでは、いずれアマラとの関係が明るみに出てしまう。そこから芋蔓式にアマラがトゥルエノ家の元女中だったことが発覚すれば、世間の彼女に対する風当たりはかなり厳しいものになるだろう。
だからカルロスは自分がこの地へ赴く代わりに、腹心であるヒーゼルを遣わした。ヒーゼルは元々この国の人間ではないから、列侯国全土に根強く残る身分差婚への偏見や悪意を持っていない。
それに彼自身、ウニコルニオの上流貴族であったマルティナ・バルサミナを婚約者のフィデル・ドラードから奪い、強引に結婚した。
それを唆したのは他ならぬカルロスなのだが、おかげでヒーゼルはカルロスとアマラの関係に理解を示している。カルロスに内縁の妻がいると知ると初めはさすがに驚いていたが、それからはなにくれとなく、カルロスに代わってアマラたちの世話を焼いてくれるようになった。
「だからと言うわけではないが、アマラ。万一お前とヒーゼルの関係を探りに来るような者がいれば、そのときは適当に噂に乗っておけ。ヒーゼルも満更ではないようだし、私が許す」
「ですがそれではマルティナ様がおかわいそうですわ。お子様もまだとても小さいですのに、根も葉もない誤解と嘲笑に晒されて……」
「いや、それがそうでもない」
「え?」
「マルティナ嬢は元々奔放な娘だったが、近頃は夫に毒されてますますしたたかになりつつある。何でも御為顔で夫の不貞を暴きに来る輩をからかうのが最近の楽しみなのだそうだ」
「まあ」
「婚前にはウニコルニオで社交界一の美女≠ニ誉めそやされていた娘だからな。未だ彼女に憧れている男は多いのだ」
「だからヒーゼルさんとの仲を引き裂こうと?」
「そういう下心を丸出しにして近づいてくる男どもに脈なし≠ニきっぱり示せるいい機会です、と笑っていた。まったく夫婦揃って末恐ろしいことだ」
「ですがあのお二人の仲立ちをしたのは、他ならぬカルロス様でしょう?」
「ああ。マルティナ嬢の本性を知っている身としては、似合いの夫婦になると思ったのでな。だが今は少し後悔している」
カルロスが小さく肩を竦めながらそう言えば、隣でアマラが口元を押さえた。
どうやらイリスを起こすまいと笑いをこらえているようだが、肩が震えている。彼女はそうしてひとしきり笑ったあと、笑いすぎて少しばかり潤んだ目でカルロスを見上げてきた。
「それは良うございました。ですが――カルロス様は、本当にお変わりになりましたね」
「そうか?」
「ええ、そうですとも。以前はそんな風にご冗談を言ったりなさらなかった。いつも退屈そうにしていて、何にも興味を持たず……毎日がとにかく憂鬱そうでしたわ」
「確かにそうかも知れぬ。だが、お前が私を変えたのだ」
「それが本当なら嬉しいのですけれど。でもあなたを変えたのは、残念ながら私ではありませんわ」
「では誰が変えたと言うのだ?」
「このイリスと、ヒーゼルさんです」
「何だって?」
カルロスが露骨に怪訝な顔をすると、アマラはまた吹き出した。昔からよく笑う女だったが――カルロスはまるで世界が薔薇色にでも見えているかのような、そんなアマラの笑顔に惹かれた――しかし今回ばかりはその笑顔にもときめきかねる。
「お前はたまに思いがけないことを口走るな。イリスは分かるが、何故ヒーゼルなのだ?」
「だってそうじゃありませんか。ヒーゼルさんを弟子として招かれてから、カルロス様はよくお笑いになるようになりましたわ。ヒーゼルさんが面白い方だからというのはもちろんですけれど、でも、それだけじゃない。おかげで一時期、私はヒーゼルさんにひどく嫉妬していたのですよ?」
「ますます分からん。あんな男に嫉妬する理由がどこにある?」
「だってほんの何年か前まで、カルロス様がここに来てされるお話といえば、いつもヒーゼルさんのことだったじゃありませんか。おまけにあの方のお話をされるときの、あなたの楽しそうなお顔と言ったら」
カルロスは我が耳を疑った。果たして自分はアマラの前で、そんなにヒーゼルの話ばかりしていたのだろうか? ――記憶にない。
それどころかかつてカルロスは、あのヒーゼルという男を毛嫌いしていた。カルロスがあの男と出会ったとき、彼はまだ青年≠ニ呼んだ方がしっくりくる若さだったが、とにかく生意気で可愛いげのないガキだったのだ。
性格は最悪で、言動は身の程知らず。物怖じしないと言えば聞こえはいいが、どんなに好意的な見方をしても、この世のすべてを見下しているとしか思えぬ態度。
それでいて剣の腕だけはすこぶる立つ。
だからタチが悪かった。当時ヒーゼルは対シャムシール砂王国戦の傭兵として侯主に雇われていたのだが、その天才的な剣技で数々の武勲を上げ、誰も止めることのできない暴れ馬のような存在になっていたのだ。
けれど、
『――お願いします。俺を、アンタの……いえ、カルロス殿の弟子にして下さい』
そう言ってヒーゼルが頭を下げたのは、カルロスと彼が出会った翌年のこと。
カルロスがそれを受け入れたのは、そのとき既に彼の苛烈な性格の原因を知っていたからだ。
それを思い出して――ああ、そうだったな、とカルロスは思う。
気づけば自分はいつしか、あのヒーゼルという男に己を重ねていたのだ。
この世のすべてを憎み、冷笑し、ただ剣に打ち込むことでしか虚無感から逃れられなかった――あの頃の自分に。
「アマラ。私が恐らく先代団長ニコラス・トゥルエノの子ではない――という話は、既にしたな」
「ええ。以前私がまだお屋敷にいた頃に、一度だけお話下さいました」
「当時世間が噂していたように、父と私はあまりにも似ていなかった。母は死ぬまで私のことを父との間にできた子だと言い張っていたが、母がトゥルエノ家に嫁いでから私を生むまでに費やした歳月を思えば……やはり父には
たねがなかったのだと思う」
「そうですわね……」
「だから母は父以外の誰かと交わり、私を生んだ。
橙爵の妻としての務めを果たし、家と名誉を守るためにはそれしかなかったのだと思う。だがおかげで私はどこへ行っても後ろ指を指され、嘲弄され、散々な半生を過ごす羽目になった。ついには本当の父を知ることもできず……浅はかな母を呪ったことは、一度や二度ではなかったよ」
「……」
何もない煉瓦の壁を見つめて呟けば、何も言わず、アマラが寄り添ってきた。
だからカルロスも改めて彼女を抱き寄せる。束の間、夜の
静寂の中に、イリスの寝息だけが聞こえていた。
「だが、これはまだ話したことがなかったろう。数奇なことに、あのヒーゼルもまた己の父を知らずに育ったのだ。どういう事情があったのかは分からんが、あいつの母は未婚のままヒーゼルを生み、父の名も明かさずに世を去った。しかもあの赤髪だ。私はこれまで、あんな色の髪を見たことがない」
「それは私もですわ。でも確かヒーゼルさんの生まれ故郷は、トラモント黄皇国内でも何か特殊な村だったのでは?」
「そのようだが、しかし今も昔もあいつの村に赤い髪の男などいた例はなかったそうだ。つまりあいつの母親は、見も知らぬ男とひそかに交わりヒーゼルを生んだ。それが合意の上でのことだったのか
事故だったのか、今はもう誰にも分からぬ」
カルロスの衣服を掴むアマラの手に、わずかだが力が込もった。思えばアマラとて、この町の人間から見れば未婚の母≠セ。
周囲の人間には夫とは離縁した≠ニ言っているようなので幸い騒がれてはいないようだが、それでも何か思うところがあったのだろう。彼女は口を閉ざしたまま首を傾け、カルロスの肩に頭を預ける。
「そのためにヒーゼルもまた、幼い頃から孤独に育った。父親が誰かも分からず、村の者たちには嘲笑され……結果、己の殻に閉じ籠もるしかなかったのだ。ひたすらに剣の腕を磨き、力で周囲を捩伏せ、自分は強い人間だと思い込むことでな」
「……」
「その話を聞いたとき、私は気づいた。あれは昔の私――お前の言ういつも退屈そうで、何にも興味を持たず、毎日憂鬱そうにしていた″の私だ、とな」
「ですがカルロス様は、力に任せて誰かに当たり散らしたりはしませんでしたわ」
「ああ、私には次期トゥルエノ騎士団長という肩書きがあったからな。それがなければ私とて力と憎しみを持て余し、あいつと同じようになっていたやもしれん」
「だから手を差し伸べられた?」
「そうだ。誰かが導いてやらねばならぬ、と思った。自分も一歩間違えればああなっていたかもしれん、と思うとな。どうにも放っておけなくなった」
「ではカルロス様にとって、ヒーゼルさんは手のかかる弟のような存在でしたのね」
「いや、というよりは出来の悪い息子だな」
「まあ。ヒーゼルさんとは十二歳しか離れていないのに?」
「だが弟と呼ぶにはまだまだ未熟だろう?」
「ふふふ……変なところで手厳しいのですね」
「あの男は甘やかすとつけあがるからな」
カルロスが笑いながらそう言えば、アマラもくすくすと笑いを零した。脇棚の上で灯明かりが踊って、少し肌寒い夜を温かく照らし出す。
こんな時間が永遠に続けばいい。カルロスはそう思った。
騎士団だの飢饉だの内乱だの、そういうしがらみはすべて忘れて、ただ愛する者たちと――。
けれどそんな逃避は許さぬと、カルロスの右手が言っていた。
分かっている。
今日はそのために、彼女らの顔を見納めに来たのだから。
「……カルロス様?」
言い出すきっかけが掴めずに、柄にもない雑談に時間を費やしてしまった。意外と女々しい自分の内面を自覚して、カルロスは淡く自嘲する。
だが、時間稼ぎもここまでだ。
カルロスは最後に、未だ自分の手を掴んでいる娘の姿を顧みた。
その寝顔をしっかりと、瞳の奥に焼きつける。
「カルロス様、どうかなさいましたか?」
アマラはそんなカルロスの異変を敏感に察知したようだった。
――まったく彼女には敵わない。わずかな目の曇り、眉の動きから、アマラはいつだってカルロスの心の変化を読み取るのだから。
「アマラ。実は今日は、大事な話があってきたのだ」
アマラの、いかにもルエダ人らしいくっきりした目鼻立ちの上を、怯えにも似た影がよぎった。
その表情に、カルロスは胸を締め上げられる。――それでも今は、今だけは平静を装わなくては。
「これを見てほしい」
言って、カルロスはついにアマラの腰から手を放した。イリスに握られていた左手もそっと抜き取り、羽織った上着の右袖を一気に捲り上げる。
瞬間、アマラが息を呑み、目を見開いて口元を押さえた。
燭台に照らされたカルロスの右腕には、《
蛇巻きの剣》――正義の神ツェデクの
神璽が浮かび上がっていた。