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・例の初回限定衣装にカッとなって勢いだけで書いた花屋左近と吸血鬼殿SS
・吸血鬼については色々都合のいい解釈してますのでご注意


時計の針があと半周程で重なるような時刻に、閉店後で人気のない花屋に男が二人。
花に囲まれた空間にはどう考えても不釣り合いなその姿をカウンター内の椅子に腰掛けじっと見ていれば、何を勘違いしたのか黙々と作業をしていた男は薄らと笑いながら自分の首筋を指で示しながら軽口を叩いた。

「そんなに見つめてどうしたんです、お腹が空いてるならいつでもどうぞ?」
「……いらん、お前の血は不味そうだ」

腹が空いていたから見ていた訳ではないし、そもそも別に俺は血を喰らい生きているのではない。空腹を満たす一番手っ取り早い方法が吸血行為というだけで、人間と同じ食事でも十分生きていける。無論、全く血を吸わないでも平気だ、という訳ではなかったが。

吸血鬼が血を欲するのは孤独から。そこから解放された吸血鬼は、人を襲い人から忌み嫌われるような生き方をせずにすむ。そう誰かから教わった気がするが、何分遠い昔の話だから詳しい事は思い出せない。筈だったのに。何の因果かこの男と時間を共有するうちに、ぼんやりと霞掛かり忘れ去られようとしていた記憶が輪郭を取り戻していく。

「…俺が吸血鬼だと本気で信じているのか?適当なことを言って、お前を騙しているのかもしれんのだぞ」
「そんな嘘ついて何の得があるんです。それに、嘘を吐くような人に見えませんしね」

人から愛され、そして同じようにその人を心から愛するようになった吸血鬼は、血を吸わずとも生きていけるようになる。それが仮に本当だとして、そんなものは一瞬の夢のようなものではないか。愛してくれる人間がいたとしても、何百年と生き続けられる自分とは違う。ほんの僅かな時間を幸せに過ごしたとして、化け物と言われずに過ごせたとして、その人がいなくなれば。
どうせ最後は独りになるならば、最初から他人の温もりなど知らない方がマシだ。

「詳しい事情は分かりませんけど、困っている人を放っておける性分じゃなくってね。悪い奴に捕まったと思って諦めてください」
「…お人よしめ。今に痛い目にあうぞ」
「よく言われます。……まあ、それに」

言うなりふっと距離を詰める男にハーブティーの入ったカップを包むように持っていた両手を片方だけ奪われ、ぎゅっと握りしめられる。掌からじわりと伝わる自分より高い体温は、この男が自分とは生きる世界の違う存在なのだと無言で訴えてくる。

「貴方みたいな美人になら、たとえ殺されたって本望ですから」
「……痴れ者」

まるで女でも口説くような口振りに苛立ちが募る。ならばいっそ本当に奪ってやろうか、その気になればお前など一瞬で殺せるというのに。そんな出来もしない強がりを口に出せる筈もなく、放れる素振りを見せない手を振りほどきながらいつものように一言で切り捨てた。

今日はやけにご機嫌斜めですね、もう眠いならこのまま寝ちゃってもいいんですよ。近付いた距離はそのままで甘やかせるような台詞を吐く男を無視して視線を逸らす。
ふわり、二人だけの店内に漂うのは何の花の香りだろうか。色とりどりの花に囲まれたこの空間では幾許か呼吸が楽になる理由に気付かないふりをして、そのままそっと瞼を閉じた。


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「吸血鬼は孤独になればなるほど飢えが強くなり、他人の血を食らう。誰かに心から愛される、そしてその人を心から愛する事により、飢えは満たされ花から精を吸うだけで生きられるようになる」
という情報から、左近と出会って想いを通わせ始めてる吸血鬼殿はお花の近くにいたら多少元気になるのでは…という妄想。
小話書くのが久々すぎて何だか不完全燃焼…また続きを書くなりリベンジするなりしたいです。