クマシエル
【七夕小話再録】ベガ・アルタイル&ミー☆
2019/07/05 23:52
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【これは七夕に本当にあったかもしれない出来事━━━】


 あたしはしがないフリーターだけどさ、前はしょっちゅう悲しくて落ち込んだりしてたんだけど今はもうそういうのは無い。
相変わらず嫌な事は一杯あるけど、去年の9月頃からは本当に毎日が楽しくってならない。
それはあいつらがいるから。
ニャアー ニャアーー
 来た来た!
「ぼんちゃん、スポットちゃん……… あ、ミケちゃんも、みんな、暑くなってきたねえ」
あたしは鞄からカリカリフードを出して、背後の線路わきの変電装置の陰に隠した重ねたプラスチックバット(縁つき皿)を取り出すと、3枚の皿を分けてカリカリをそれぞれに均等に注ぎ入れ可愛い野良猫達の前に1枚ずつ置いてやった。


 あたしと猫達との出会いはあたしがその日も凄い落ち込んでいた時だった。
フリーターのあたしがその頃働いていたのは関西では1番メジャーな大型スーパーで、西日本最大の売り場面積をもつデザートコーナーの営業をしていた。
そこの先輩パートの乳製品担当の極悪おばさんのせいで毎日の様に苦しめられていた訳で。
内容は忘れたけど、(もう辞めてやる!)とか思って憂さ晴らしに海に来たら、海へ出る階段を降りたところで、機嫌良く走ってきた猫がいて、それがふさふさの茶と黒の毛をしたぽやっとした顔だちのぼんちゃんだった。
彼らの世話をしていたすぐそこの釣具屋のおばちゃんが入院する事になると、あたし以外のここの猫ファン達とも情報共有して、あたしは毎日餌をあげるようになった。
ぼんちゃん達は馴れ馴れしくはないのだけど、みんな野良猫らしい魅力的な子達で、このお友達が出来てからあたしはあまり落ち込まなくなったんだ。

 そして今日もデザートの猫缶を缶切りで開けながら、ぼんちゃんに愚痴を聞いて貰っていたのだった。
「でな、あのおばさん急に怒鳴りだして、もううんざりやったんやで」
ニャアー
 ぼんちゃんは律儀に返してくれる。
どんな愚痴も辛気臭がりもせず、ちょんと座って聞いててくれる。
(あー、ぼんちゃんが居たら何でも大丈夫な気がするわ)
 デザートの柔らかい餌にかぶりつく彼らに心が和む16時40分。
 さあて、5時10分のバスに乗らなきゃだからそろそろ片付ける事にする。
やはり変電装置の陰に置いといたほうきとちりとりで食べこぼしを掃除し、皿の食べ残しも片付けて皿の汚れを拭き、重ねて変電装置の陰にしまう。
カリカリを持ってきた袋に入れた食べ残しはうちに来る野良猫に食べて貰うから無駄は無し。
ごみも別の袋に入れ、さて完了。
 鞄を肩にかけてぼんちゃん達に別れを告げて帰り始めたんだけど、海から駅に戻る階段を上がりきったところで、
イギャーッ!
っていう退っ引きならない悲鳴が聞こえて勿論引き返した訳よ。

 そしたら3人の大きな男どもが猫が載っている神社の塀の方を向いて立っているのが見えた。
で、何か塀の壁にぶつかる音も。
あたしは最悪の想像で青ざめた。
 知ってる人はいるかもだけど世の中には自分に何の迷惑もかけない猫を虐めるやからがいやがるのよ。
それに快感を感じるというクソが!

あたしは必死で3人の前に立ちふさがると声を張った。
「何するんですかっ!」
「こんなとこに勝手に居くさっとうから追っ払っとんやろが。どかんかい!」
「何や。お前俺らに文句言う権利あれへんやろ! こんなとこで寝て邪魔なんじゃ! 放っとかんかい!」
「はよどけっ!」
3人目が肩を突き飛ばしてきてあたしは地面に思いきり叩きつけられた。
痛くてすぐ起きられなかったけど、あたしは睨みつけながら負けずに啖呵を切っていた。
「あんたらやって猫を虐める権利無いやんかっ! こんなん絶対許されへん!」
 あたしは父親の暴力で結構怖いもの知らずなのだ。
昔母はいつも「男の人には力でかなわないから我慢して」と言うのが常だったが、あたしはそれが堪らなく嫌だった。
暴力に屈するだけの人間になるのは真っ平だ。
父親を殺す妄想で自分を慰めた晩もあった。
男に生まれただけで何でもかんでもすぐに威嚇する様な人格が育まれるのがあたしには信じられない。
でも実際こうして居るのだから嘆かわしい事である。
「ちょっと〜、こんばんは」
 その時声がした。
声の方には暮れ始めた空を背景に大きな大きなシルエットがそびえ立っている。
「あなた達、弱い者いじめはやめた方がいいんじゃないの〜?」
 男どもよりも大きな体の様なのに何だかピンクのファンシーな服に見える。
近づいてくると、おや、オカマさん?
「そんな子はお姉さんがお仕置きしてあげなくちゃなんてね。キャハ♪」
 本当に大きな堂々たる体格のオカマさんに奴らはびびったようだった。
捨て台詞も無しに去ったのだ。
 猫は無事だった。
その後あたし達は海辺の喫茶店でしばらくお喋りした。
素敵な人だった。
少し恋した気分だったかもしれない。
 でもそれ以後あの人には逢う事は無かったのだ。
 了



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