クマシエル
【小説再録】『Hachidori-Honey(後編)』
2019/05/21 00:37
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 いきなり! 全てが戻ってきた。
 あまりにも元通りになって(なり過ぎて)いた。
「いったい何が…」
 砂名は目の前の白い小さな鳥に訊くでもなく1人ごちた。
「本当に… 悪かった。俺様とした事が卑怯者に成り下がった。俺様の呪いはたちが悪い。呪いを解いた者に呪いがうつるのだ。それも不完全な形で。俺様も昔うつされたが、うつしたやつは川蝉だったのに俺様は蜂鳥だった。そしてお前は…」
「そういえば呪いが解けたのにあなたは何故鳥のままなの?」
「それは… もういい。俺様は蜂鳥でも最高にきらきらしい。だからもういいんだ」
「良くないよ! あんたがわたしにあれだけつきまとったのはその為だったんでしょ。頼まれたからには呪いを解いてあげたいと思うもの」
 砂名は半ば怒っていた。
今朝あれだけつきまとってきたのは、それだけ強い願いだったんじゃなかったのか?
じゃなければ意味も無く遅刻する羽目になった事になる。
それでは全く納得いかない。
彼女はギリギリの女だが、これまで間に合わなかった事はない皆勤賞だったのに。
「つまりわたしでは呪いが本当は解けなかったの?」
「いや違う。……いや、そうなのかもしれん。俺様はお前と契約しなかったし、これからもしない。契約して俺様に一生縛りつけなくても呪いを解いて貰えるかと思ったが、お前では無理だ。諦めろ」
(諦めろってどういう言いぐさ! そっちが頼んできたからわたしが助ける事にしたんだよね、なのに何それ? でもそれよりも、)
 砂名が許せなかったのは彼女の為にという理由をつけて彼が何かを隠しているのが分かるからだ。
それで俺様が力を無くしている。
それに砂名は微かに覚えている気がするのだ。
「あんた、えっとハハキギだっけ、鳥じゃなくてちょっとの間人だったのをわたし見たわよ。呪いは解けたのよね? なのに何で鳥に戻っちゃったの?」
 鳥は俺様のくせに今はくよくよして見える。
 黙ったままだし。
「じゃあいい! もう一度やるから。『あなたの想いに…』」
「やめるんだ!」
 鳥はありったけの声で叫んだ。そしてようやく白状した。
「俺様の呪いを解けば願いを叶える。これは裏の意味がある。呪いを解いた者が自分にうつった呪いを解く事を願う為のものだ。俺様が川蝉の呪いを解いた時、それに気づかずに、何を願うか考えている内に機会を逸してしまった。他の願いは期限が無いがうつった呪いを自分で解くには期限がある。呪われた姿で何かを食べる前に願わねば叶わぬのだ。何かを口にした時からは、契約者が死ぬまではその者に添いとげ、その後は辛抱強く自分の姿が見える者を待って、願いを餌に契約者にして何としても呪いを解いて貰わねばならぬ。契約者にすれば死に別れるまで逃げられる心配は無いが俺様はお前に会う前の強情な男で契約者には懲りていた。呪いを解く気も無い奴が死んでしまうまで無駄に待つのはもう真っ平だ。だが上手くいかぬものだな」
 そこまで言うと苦く笑う。
「お前は何故か蛾になった。声が無いと願いを口にする事も出来ぬ」
「え? わたし蛾だったの。何か飛ぶのが凄く気持ち良かった気がしたけど」
「あれはスズメガの仲間だろう。蜂鳥に似ているそうだ」
「あれ? 何で声が出なくて人に戻れたの? 多分人に戻りたいと願ってもない気がするし」
「……使い道の無かった俺様の願いで蜂鳥に戻り、飛び去りかけたお前を捕まえ俺様の詠唱で呪いを解いただけだ。納得したか? もう会う事もなかろう。さらばだ!」
 鳥は去っていこうとしている。
その時砂名は咄嗟に叫んでいた。
「わたし、あんたと契約してもいい! 一緒に呪いを上手く解く方法を考えようよ! わたしが蛾じゃなかったら上手くいったんでしょ? 別にあんたが見える人が現れるまででもいい! 一緒にいてあげるよ!」
何故こんな事を言ったのかは分からなかった。
でもどうしてもほっとけなかった。
(それに)ちょっと思った。
(いつかまた蛾になって飛んでみたかったりして)
 1度なったからなのか何故だか蛾になるのが妙に怖くもないのだった。
 それに何となく、いつか、いつかだけど、呪いが解ける日が来る。
そんな気がした。


 小さな白い鳥(今ではハハキギと呼んでいる)はぶつくさ文句を言いつつも結局砂名を契約者にした。
毎日毎日甘いジュースを要求して元気にしている。
 最近砂名は箒木の前の契約者の気持ちが分かってきた。
彼はきっと箒木を自分だけのものにしたかったのだ。
何だか砂名もそうなりそうな気がするけど、箒木がもし自分のそばを去りたいと言った時は彼女は決して縛るまいと決めている。
 その時はきっと呪いを解いてやるんじゃないかとも思う。
 そして砂名は大空を自由に飛んで暮らすのだ。
 もしそうなっても楽しい気がする。
(まだまだ先の話だけどね!)
         了 



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