朝からとんでもない厄介事に巻き込まれたギリギリ女、甘木砂名。
朝出勤中だったが職場まであと5分の所で腕時計が始業時間になるのを見て、スッと気持ちが凪いでしまったのだった。
「気楽な鳥と違ってわたしは仕事だから遅れる連絡ぐらい入れないとなの。ちょっと待ってて」
「気楽気楽と偉そうに! 少しだぞ。早くしろよ」
 相変わらずあり得ない偉そうさだったが、遅刻したと思った時からどこか落ち着いてしまった砂名は小さい体で粋がるのも可笑しくなりながら、PHSのアドレス帳から職場に電話した。
 1時間の遅刻を連絡しPHSをしまうと、白い小さな鳥に笑ってうなずいた。
「……じゃあ行くか」
 一瞬たじろいだようだったが、我に返ったように鳥が指図した。
「どこへ?」
「人の目がある所で呪いを解くのは都合が悪かろう。静かな所は無いか?」
珍しく配慮のある物言いに、まともなところもあるのねと砂名は思いながら、
「分かった。向こうの公園なら」と先に歩きだした。
(それにしても、)砂名は再び思う。(あれは何という鳥だろう? 白い羽根が透き通るように光って、重さがないように飛ぶ)
(とっても綺麗)


 公園に着く。
思った通り平日の高速道路下の中途半端な大きさの公園に朝から来る者は無い。
 砂名は白い小さな姿の恐喝者を改めて眺めた。
今朝突然砂名の前に現れ砂名の日常を粉々にした。
 人と同じようにしゃべる小さな白い鳥につきまとわれるなんて思いきり現実味を欠いていた。
 そしてこれから何をさせられるのか、確かおとぎ話で呪いを解くには本物の愛がどうたらではなかったか?
(会ったばかりだし、猫か馬でもないこんなちっぽけな一応鳥なんて絶対無理)と砂名は思う。
「さて、何をしたらいい?」
 あと50分で仕事だ。
手っ取り早く済ませよう。
「……お前の仕事、そんなに大事なのか?」
今までよりも素直に言われ砂名は面食らう。
俺様どうしちゃったんだ?
「そりゃわたしが働く約束をしてる時間だもの。遅れたのはもうしょうがないにしても、わたしが訓練している利用者さんが待ってるからサボったりなんて考えられないわよ」
「……そうか。女のくせに宮づかえとは偉いな」
「別に偉くなんて。女が働くのは今時普通だし」
砂名はちょっと照れている。
当たり前の事でも褒められると少し嬉しかった。
「いや、お前でないといけない大事な勤めを果たしているとは見直したぞ」
 俺様のくせに労働を馬鹿にしないのは意外だった。
砂名も大学の一般教養で聞いたうろ覚えだが親王って確か帝の直系の者で、いかさま労働を馬鹿にしてそうなものなのに。
で、その大切な仕事にもうすぐ戻らなきゃだから、とにかくすぐ用を済ませよう。
 砂名はもう一度言う。
「それで、何をすればいいの?」
「………そうだな。お前はただ俺様を見て「あなたの想いに感謝します」と言うだけだ」
 (何だろう? 何か苦しそうに言ったみたいな)
「いいわ、言ったげる」
だが、問いただしている時間は無い。
砂名はさっさと片付ける事にした。
「『あなたの想いに感謝します』」
 急に体があまりにも痛くて砂名は気が遠くなった。
 痛い! 痛い! 痛…
「………ぉぃ、大丈夫か?」
(やめて、大きい声出さないで)
「おい!」
(誰? あなた…)
 砂名に覆い被さるように若い男がいた。
というか声が大き過ぎる。
「すまん! やはり俺様が間違っていた。今すぐ人に戻すよう願え。恐らく願いは叶えられる」
 男の声は大きくて理解出来ない。
それよりも目を開けてすぐ目に入った自分の鞄が何でこんなに大きいのかが不思議でならなかった。
「早くしろ! 早く願うんだ!」
(うるさい)
(? 声が… 出ない)
 砂名は何かが起きた事に気づいた。
(何が…?)
 急に背中が何かむずむずする。
 力を入れると背後でブオーッと風がたち、浮遊感と共に実際に浮き上がっていた。
(えーっ?)
何これ楽しーい!
砂名は何か滅茶苦茶爽快な気分になってきた。
このまま何処までも飛んでいきたい。
頭の中には今それしか無くなっていた。
いや、もう何も考えなくてもいいや、とにかく何処までも行っくぞーっ!!!
「こら待てっ!」
 その時、ギューンと何かがプレッシャーをかけてきた。
そしてグワンとよく分からないけど引き戻されてしまった。
(やだー! わたしは行くんだーっ!)と声無く叫んだけど無駄だった。
「おいお前、聞くんだ!」頭が回らない砂名に白い小さなやつが何やら必死そうに言う。
「良く聞け『あなたの想いに感謝します』」
 ボンッ!
 いきなり! 全てが戻ってきた。
 砂名は人の姿を取り戻し、目の前にはさっきまで同様白い小さな鳥がいて、さっき見たように思う若い男は居なくなっていた。
 いったい何が起こったんだろう?
砂名の勘違いでなければ、鳥の呪いを解く方法と言われてその通りしたら、凄く体が痛くなり、そこから最後、記憶が殆ど無かった。
        続く