クマシエル
【小説再録】『Hachidori-Honey(前編)』
2019/05/18 23:34
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《幼い頃、友達のリエちゃんとよくした遊び―妖精ごっこ♪
リエちゃんが花の妖精だから、自分はいつも果物の妖精だった。
でも遊んでる内に果物の妖精の方がかなり楽しい(ただの空想だが何とメロンも桃も食べ放題だ!)のに気がついて、結局はいつもリエちゃんより余程楽しんでいたような気がする。
花の妖精も果物の妖精も羽根があり飛べる事になっていたが、もしどちらかの妖精が羽根が無い事になっていたらきっと大喧嘩になっていただろう。
それぐらい自分たちは飛べるようになりたかった。
毎年飽きもせず『鳥人間コンテスト』を観ていたのは誰かが夢を実現するかもしれない、そんなわくわく感からだったのではないだろうか?
だからいつだって空想でも羽根を持っていたのはわたし達の方だった。
貴方ではなく━━━》


 通勤ラッシュと無縁の暮らしをしたかった、といつも思いながら、電車の乗り換えの度にじたばたする、その繰り返し。
 甘木砂名の人生は、その殆どがそれで出来ていたといってもいいかもしれないぐらい彼女はいつも急いでいた。
 どうしても砂名はいつもぎりぎりなのである。
余裕を持った覚えは今まで1度としてないぐらい、人生常にじたばたして過ぎている感じだった。
 だから今朝も━━
JRの普通電車が三ノ宮に停まるやいなや阪急に乗り込む為に猛ダッシュ、ところが不意に何かが聞こえ立ち止まっていた。
 それがブーンという羽音だったからかもしれない。
近くに虫がいたんだろで済ませればいい。
このくそ忙しいのにどうでもいいのに。
 辺りを見回したが別段気になるものもなく、急がねばと気を取り直して駆け出そうとした砂名の前を何かが突っ切っていくとそれは線路に飛び込んだ。
「危ない!」
砂名が降りたのと反対側のホームに丁度電車が入ってきた。
今何かが飛び込んだ上を電車が行く。
 何か小さいものだけどきっとひかれてしまったに違いないと、ぎゅっと目をつぶった砂名がそーっと目を開けると、はたして何か白いものが線路の上からこちらを向いた。
今目が、合った?
小さいから違うかもだけど。
そしてすーっとこちらへ上がって来られてしまって…
「ぎゃーっ! 来ないで」
「来ないでだと、失礼な!」
 (ん?)
話しかけられたけど。
「無視するな!」
と言ったのは目の前の白い蛾でしょうか?
まさか!
「おい、お前!」
まさかのまさか?
「蛾がしゃべった?」
「誰が蛾だ! このハハキギに向かって」
「やっぱり蛾っ!」
 砂名は頭のおかしい者を見る幾多もの視線にさらされているのも気にせずに、唖然として叫んでいた。
「無礼者! 俺様は新倉ノ宮箒木(ハハキギ)親王だ。今時の名前より長過ぎるようだからの、箒木親王と呼ぶがよいぞ」
「いやいや、呼ばないでしょう、じゃなくて」
 砂名はそこではたと気がついた。
ぎりぎり出勤の途中だった。
「もう、何でもいいから! じゃ」
 無かった事にして砂名は駆け出した。
遅刻に比べれば今の変な事は全くどうでもいい事だ。
タッタッター
シュタッ
プシュッ
 間に合う最後の便に何とか滑り込むやいなや阪急マルーンの車体が発車し、砂名は安心の吐息をついた。
「何じゃ、忙しい奴よの」
「ぎゃーっ!」
 砂名は絶叫していた。
満員の車内で砂名の周りからサッと人が離れた。
 砂名の目の前では白い塊がホバリングしながら砂名の視界にロックオンしている。
(あれ?)と彼女は思った。
何だか蛾じゃなくて虫ってより何か…
「鳥?」にしては小さいけど。
「おう、蛾ではないぞ」と得意げに。
(にしても真っ白で物凄い小さいこの鳥、何ていう種類なのかな)
「喜べ! このきらきらしき俺様を見る事が出来た女、俺様の望みを叶えてくれたらお前の望みも叶えてやるぞ!」
 鳥は器用にもホバリングしながらふんぞり返って言い放つ。
砂名は珍しいものを見るようにしげしげと見て、はーっと大きく息をついた。
「どうした? 嬉し過ぎて感動したか」
 それを聞いて砂名はまたため息をつく。
いい加減にして欲しかった。
砂名がこんな朝から狂人と思われているのに他人事だと思って!
お気楽な鳥と違ってこちらは今から1日働かなきゃなのに、朝からもう散々だ!


 だからその後は目の前に居ても一切無視してやった。
驚いた事にやがて鳥は砂名の肩にとまってきておとなしくなったので、蒸し返したくもないしほっといた。
ニシキタ(西宮北口)で電車を降りて今津線で1駅、職場のある町に着く。
 あとは職場の老健までダッシュするだけと思っていたら、鳥がまた顔の前でホバリングして頑張り始めた。
「難しい事ではない。今すぐ俺様の願いを叶えれば解放してやる。約束するぞ!」
「ああもう!」最終的に砂名の負けだった。
あまりにもしつこ過ぎた。
「で、何をしろって?」
「俺様にかけられた呪いを解け! 前の契約者が男の自分には無理だが次は女と契約したらすぐ解いてくれると言った」
      続く
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