クマシエル
【小説】リセマラブックマーカー 〜栞side〜
2018/02/04 23:54
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 岡林 栞(オカバヤシ シオリ)の人生が恋愛まみれになったのは偶然でも何でもなかった。
まだ小学生の頃の栞は放課後毎日のように北校舎の螺旋階段を天辺まで登って小学校の図書室に通いつめ、いつも『吉田とし全集』の何巻かを読んで過ごしていた。
そんなある日の事、彼女が丁度全集の『サルピナ』という物語を読んでいた時、ステンドグラスの花模様のしおりがページの間にはさまっているのを見つけ、律儀にも貸出カウンターの先生に見せたところ、誰の物かも分からない古い物だからそのままはさんでおくか、君が貰ってくれてもいいと言われ、何となく貰ってしまったのだ。
それが何という事か、何と何と、自分自身の恋愛についてのみやり直しを無限に可能にする奇跡のしおり、リセマラブックマーカーだったのである。

 とはいっても、初めはそれはただの古びたしおりに過ぎなかった。
それがリセマラブックマーカーになったのは、ある晩こんな夢を見てからの事だったと思う。
夢に現れたしょぼくれたセールスマンを名乗る男。
このしおりを初めて手にしたお客様にチュートリアルに伺っていると言い、チュートリアルが何なのか訊ねた栞に「使い方の説明な」と答えると、確認の為彼女のしおりを見せるよう言った。
そして、受け取ったしおりを見て「恋愛か」とがっかりしたようにつぶやくと、いきなりまくし立て始めたのである。
「お前さんはいい拾い物をした。これはリセマラブックマーカー。
しおりの形の人生矯正器具だ。
お前さんが納得する結果が出るまで、何度でも同じ運命の瞬間に戻ってやり直しが出来る。
但し、しおりにはそれぞれリセット出来るカテゴリーが決められていて、薔薇模様は恋愛をやり直せる。
わしなら真っ平だが女のお前さんには良かったかもしれんな。
さて使い方だが、まず専用の本を1冊用意する。
どんな本でもいいが但し最低でも32ページ以上ページがある物を用意し、32ページ以降のどのページでもいいからしおりをはさんだら、お前さんの毛根がついた髪の毛も1本同じページにはさんでおく。
で、恋愛絡みのやり直したい事があれば寝る前にしおりと髪の毛をその月のやり直したい日と同じ数のページにはさんで寝る。
ま、起きたらやり直したい日の朝に戻っているという訳だな」
 栞があっけにとられポカンとするのに気づいて苦笑すると、
「やってみれば分かる」と、別のしおりをスーツの胸ポケットに差し込んでいたメモ帳のような物を開けてはさみ、自分の髪の毛を1本抜いて栞にも髪の毛を抜くよう言って、しおりの上に二人の髪を一緒にはさんでメモ帳を一旦閉じ、しばらく待ちながら、
「使いたい時すぐ使えるように暇な時にこの前準備は済ませておく方がいいぞ」と苦笑いする。
そしてもう一度メモ帳のしおりのページを開けると髪としおりを取って違うページにはさみ、メモ帳を閉じると。
栞の目の前でパチンと指を鳴らしてみせた。
一瞬目の前が真っ白になる。
 次の瞬間、「……使い方の説明な」という声が聞こえた。
栞がまじまじと顔を見ると、
「な、さっきチュートリアルの説明したとこに戻ってきたろ!?」と男は苦笑いして言い、
「わしらは説明するより10分前に戻ってきたけどわしが言った使い方の説明はお前さん覚えているだろ?」
栞がうなずくと、
「で、わしもお前さんも社員手帳にしおりと髪の毛をはさんでこうなったのも分かるだろ?」
再びうなずくと、
「髪の毛をしおりとはさんだ者はリセット前の結果を覚えたままリセットしたい時間に戻れる。前の結果が失敗した理由を覚えていれば今度は上手くやり直せるだろ?」
あまり理解せぬまま(何か凄い)と思いながら差し出された自分の薔薇のしおりを受け取って彼女は又々うなずくのだった。
 さて、それに満足したかのように男もうなずいたところで夢の記憶は途切れたのである。


 これがただの夢ではなかった事は、栞が望み行動し初めて明らかになった事だ。
だから後悔はしていない。
していない、が、しおりを使う事無くただ運命に任せたままの方が結局いいように人生が進んだかもしれないと、大人になってから考える事はあった。
それでもどんな人生も様々な選択の連続で作られているのであり、栞の場合、その選択の機会が他人より少し、いや割と多かったというだけなのだと思う。

 それが吉と出たかどうかは機会があればまたお話し出来ればと思うが、今回の結論として、どんなに数奇な人生もある程度の大人ならば本人が何の選択もしないできた人生は無いはずだという事だ。
人の一生は欲望と運命に支配されるという説はあるが、欲望に従うのか抗うのか何かに昇華させるのかの選択により結果は変わるし、運命は選択次第で変わったりする。
だから、選択とは人の持つ根元的な能力であり、それを自由にリセットする超能力があったら果たして本当に幸せになるのか、それを知りたい。

さて、栞は幸せになれるのや否や?
        続く?
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