クマシエル
【小話】『紳士の妖精さんはセクシーダイナマイト』
2017/11/02 12:50
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「これ、獲り過ぎてさあ。康政好きだろ、こういうの」と押し付けられた康政は、いつもの淡い笑みを浮かべ礼を言い帰途についたが、書斎に入ったところで力尽きたように貰った箱を投げだしていた。
「あの美しい思い出が台無しになってしまう」
康政は頭を抱え、ウーウーうなった。
そして忌々しげに明るいパッケージを睨むと、拾ってゴミ箱に投げ入れた。
「これじゃ駄目だ!」
康政はうめいた。

あれは特別な時間だった。康政はゲーセンに登場した日に薄くないカラーリングの方のピーターパンの妖精を獲ってきたのだ。
そして、組み立ててやり、父の廃院の庭に連れて出て、自信満々の小娘を見下ろしながら、思いきり革靴で踏みにじった後、その場に埋めて帰ってきた。
それは康政の心のドロドロしたものをすっきりと洗い流してくれた一種の儀式であり、彼の中では誰にも内緒の美しい思い出となっていた。
康政は深く考えないでいるけれど、セックスですっきりするのと、そう大差ないものなのかもしれない。
人は健康である為に心に溜まった澱(おり)を何処かで払い(祓い?)落としながら生きていると思う。
それは意識的にせよ、無意識でにせよである。
康政は職場では穏やかなイエスマンで通っている。
人間は妄想の助けがあれば、相当過激な憂さ晴らしも、罪悪感なしに犯罪した気分にもなれる便利な生き物である。
こんな事を表立って言おうものならば世の女性は、自分には身に覚えの無い感情だと思い込んでいるものだから、総じて『変態』か『サイコ野郎』と相手を糾弾しかねないけれど、心にいびつさがかけらも無い人間なんて本当に存在するだろうか?


などという物思いは置いといて、康政にとってティンカーベルはもう葬った1人でなければならない。
もう1人やってこられては、妖精殺しのほの暗い蜜の味がたちまち陳腐な虚構に落ちぶれてしまう。
妄想がリアルが押し寄せてつまらなくなる経験は、かなりむなしいものだ。
嘘っぱち? いいじゃないか。
誰にも迷惑はかけてない。
本当の事、リアルだけが全てのいい事だとは限らない。


なので、結局鬼嫁に恐る恐る新しいティンカーベルを見せてみたら、案の定珍しくお気に召したようなのであげておいた。
これで新しいティンカーベルは鬼嫁のティンカーベルという事になり、彼の中の妄想が力を取り戻してくれる。
こうして廃院の庭には踏みにじられた小娘の遺体が、書斎には大事な小さな太った彼だけの妖精(赤の女王)が鎮座し続ける日常が戻ってきた。
グラマラスな彼の妖精の女王はいつまでも彼に1人ぼっちで監禁されていればいい。
そうすれば康政は完全に幸せでいられるのだ。
            了



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