【小説】リセマラブックマーカー 〜栞side〜

 岡林 栞(オカバヤシ シオリ)の人生が恋愛まみれになったのは偶然でも何でもなかった。
まだ小学生の頃の栞は放課後毎日のように北校舎の螺旋階段を天辺まで登って小学校の図書室に通いつめ、いつも『吉田とし全集』の何巻かを読んで過ごしていた。
そんなある日の事、彼女が丁度全集の『サルピナ』という物語を読んでいた時、ステンドグラスの花模様のしおりがページの間にはさまっているのを見つけ、律儀にも貸出カウンターの先生に見せたところ、誰の物かも分からない古い物だからそのままはさんでおくか、君が貰ってくれてもいいと言われ、何となく貰ってしまったのだ。
それが何という事か、何と何と、自分自身の恋愛についてのみやり直しを無限に可能にする奇跡のしおり、リセマラブックマーカーだったのである。

 とはいっても、初めはそれはただの古びたしおりに過ぎなかった。
それがリセマラブックマーカーになったのは、ある晩こんな夢を見てからの事だったと思う。
夢に現れたしょぼくれたセールスマンを名乗る男。
このしおりを初めて手にしたお客様にチュートリアルに伺っていると言い、チュートリアルが何なのか訊ねた栞に「使い方の説明な」と答えると、確認の為彼女のしおりを見せるよう言った。
そして、受け取ったしおりを見て「恋愛か」とがっかりしたようにつぶやくと、いきなりまくし立て始めたのである。
「お前さんはいい拾い物をした。これはリセマラブックマーカー。
しおりの形の人生矯正器具だ。
お前さんが納得する結果が出るまで、何度でも同じ運命の瞬間に戻ってやり直しが出来る。
但し、しおりにはそれぞれリセット出来るカテゴリーが決められていて、薔薇模様は恋愛をやり直せる。
わしなら真っ平だが女のお前さんには良かったかもしれんな。
さて使い方だが、まず専用の本を1冊用意する。
どんな本でもいいが但し最低でも32ページ以上ページがある物を用意し、32ページ以降のどのページでもいいからしおりをはさんだら、お前さんの毛根がついた髪の毛も1本同じページにはさんでおく。
で、恋愛絡みのやり直したい事があれば寝る前にしおりと髪の毛をその月のやり直したい日と同じ数のページにはさんで寝る。
ま、起きたらやり直したい日の朝に戻っているという訳だな」
 栞があっけにとられポカンとするのに気づいて苦笑すると、
「やってみれば分かる」と、別のしおりをスーツの胸ポケットに差し込んでいたメモ帳のような物を開けてはさみ、自分の髪の毛を1本抜いて栞にも髪の毛を抜くよう言って、しおりの上に二人の髪を一緒にはさんでメモ帳を一旦閉じ、しばらく待ちながら、
「使いたい時すぐ使えるように暇な時にこの前準備は済ませておく方がいいぞ」と苦笑いする。
そしてもう一度メモ帳のしおりのページを開けると髪としおりを取って違うページにはさみ、メモ帳を閉じると。
栞の目の前でパチンと指を鳴らしてみせた。
一瞬目の前が真っ白になる。
 次の瞬間、「……使い方の説明な」という声が聞こえた。
栞がまじまじと顔を見ると、
「な、さっきチュートリアルの説明したとこに戻ってきたろ!?」と男は苦笑いして言い、
「わしらは説明するより10分前に戻ってきたけどわしが言った使い方の説明はお前さん覚えているだろ?」
栞がうなずくと、
「で、わしもお前さんも社員手帳にしおりと髪の毛をはさんでこうなったのも分かるだろ?」
再びうなずくと、
「髪の毛をしおりとはさんだ者はリセット前の結果を覚えたままリセットしたい時間に戻れる。前の結果が失敗した理由を覚えていれば今度は上手くやり直せるだろ?」
あまり理解せぬまま(何か凄い)と思いながら差し出された自分の薔薇のしおりを受け取って彼女は又々うなずくのだった。
 さて、それに満足したかのように男もうなずいたところで夢の記憶は途切れたのである。


 これがただの夢ではなかった事は、栞が望み行動し初めて明らかになった事だ。
だから後悔はしていない。
していない、が、しおりを使う事無くただ運命に任せたままの方が結局いいように人生が進んだかもしれないと、大人になってから考える事はあった。
それでもどんな人生も様々な選択の連続で作られているのであり、栞の場合、その選択の機会が他人より少し、いや割と多かったというだけなのだと思う。

 それが吉と出たかどうかは機会があればまたお話し出来ればと思うが、今回の結論として、どんなに数奇な人生もある程度の大人ならば本人が何の選択もしないできた人生は無いはずだという事だ。
人の一生は欲望と運命に支配されるという説はあるが、欲望に従うのか抗うのか何かに昇華させるのかの選択により結果は変わるし、運命は選択次第で変わったりする。
だから、選択とは人の持つ根元的な能力であり、それを自由にリセットする超能力があったら果たして本当に幸せになるのか、それを知りたい。

さて、栞は幸せになれるのや否や?
        続く?
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【小話】紳士のメタモルフォーゼ

 あの時━━
幼稚園児の息子・康政に何故父親がお爺ちゃんなのかを尋ねられた美代子は、咄嗟にこんな言い訳をした事を死ぬまで悔やむはめになるのだ。
「多分ね、先にうんと頑張って立派なお医者さんにならなきゃ駄目だったから結婚出来なかったのかしらね。でもそれでお母さんはお父さんのお嫁さんになれたのですよ」
息子は幼稚園でお爺ちゃん先生の子供とからかわれ続けてそんな事を訊いたらしい。
だが本当は美代子もまだその頃は理由は知らない事だった。
まだその頃は…


 康政は今では両親共無くして、有名無実に近い鬼嫁だけが家族だが、本当はもっと母は長生きすると思っていたのだった。
そりゃ父が亡くなってからもう20年は経つのだから母だって亡くなってもおかしくないと思うかもしれない。
だが、いきなりある朝亡くなっていた時、母はまだ63歳だったのだ。
やはりちょっと早い方ではないだろうか。
若い人なら63歳はお婆さんに感じるかもしれないが、康政の母はその歳になっても何故だか少女めいているように康政には見えていたのだ。
それはきっと年寄りの父とまだ16歳の時に結婚したからかもしれない。
いつも少女の立場だったせいで大人びるチャンスをとうとう失ってしまったのではないだろうか?
 対する父親という人は、康政の記憶では最初からお爺さんだった印象しかない。
康政が5歳の時にもとにかくどうにも年寄り臭くて、後で考えたら母が嫁いだ16の時に確か51歳だったそうだから、母25歳の子の彼が5歳なら母より35歳も上の父はその時もう65歳にもなっていたのだから間違いなく年寄りでいいはずだ。
 そんな異常な両親の記憶が康政に普通の人生を歩みたいと思わせたように思う。
康政は医者を目指さなかった。
企業相手の事務用品メーカーに大学を卒業してすぐ就職し、今もそのままそこで働く。
 しかしそうも普通を望む康政が、母が生きている内はまるで結婚しようとしなかったのは何故なのか?
予想はついたかもしれないが、それこそが母が居たからなのである。
康政の家には少女めいた女主人が君臨する。
これが康政にとっての普通だった。
最初からお爺ちゃん(にしか思えない)と大人げない母が、彼にとっての“普通”の家族だったから、お爺ちゃんは早くに亡くなっても母がいれば普通だったので、新しい家族が必要とは思わないできたのである。
母も変化は望まなかったから。
それが母があっけなく亡くなった事で、彼はやっと新しい家族を作る気持ちになったという訳だった。
で、来たのが鬼嫁な訳だが、優しい女性ではなかったにしても、母のように子供っぽくないところは彼の好みに合っていた。


最近、康政はずっと避けてきた『不思議の国のアリス』のアリスのフィギュアを普通よりも小さいものだからと自分を納得させて、とうとうゲーセンで獲ってきてしまった。
だが、箱を明けて組み立てる勇気は無く、書斎の机の1番奥に自分の目に入らないようにしまったままになっている。
けれど実はそれがここにある事それだけなのに、彼にとっては本当に大切な事なのだ。
彼のアリス(母)は箱にしまったまま、何も損なわれないようにしまってある、それで彼は深い安心を得ているのである。
 もし彼が気づく事があれば恐らく嫌悪したろうが、それは彼の父親が母と結婚してから何年も母と同衾(ドウキン)せずにいた事と同じ理由だ。
父親は損なわれていない少女の母を愛でた。
そして大人の女に見えるようになってから関係を変えたのである。


 康政の母になってから美代子は夫を『お父さん』と呼ぶようになった。
それを夫は嫌がらずむしろ喜んでいるようだったので子煩悩な人だと思っていたが、康政を妊娠したと分かった後は1度も夫婦の営みがなかったのを思うにつけ、年々違うのだろうと思うようになった。
歳のせいではなく、きっと…
 それ以上ははっきりさせたくなかった。
だから息子には最期まで、ひたすら立派な人だったと語り続けたのである。


 けれど、康政は確かに父と母の半分ずつを受け継いだかもしれないが、鬼嫁との結婚で今の自分になったと思っている。
父のように立派でも、母のように無邪気でも無いが、こうして普通に生きている。
中身がどうでも外で普通に振る舞えたら何も問題無いと思う。
そんな考え方がそもそも父親譲りなのだが、康政は決して認めようとはしないだろう。
康政は父親よりも正常であると信じたいのだ!
           了

【小話】『紳士の妖精さんはセクシーダイナマイト』

「これ、獲り過ぎてさあ。康政好きだろ、こういうの」と押し付けられた康政は、いつもの淡い笑みを浮かべ礼を言い帰途についたが、書斎に入ったところで力尽きたように貰った箱を投げだしていた。
「あの美しい思い出が台無しになってしまう」
康政は頭を抱え、ウーウーうなった。
そして忌々しげに明るいパッケージを睨むと、拾ってゴミ箱に投げ入れた。
「これじゃ駄目だ!」
康政はうめいた。

あれは特別な時間だった。康政はゲーセンに登場した日に薄くないカラーリングの方のピーターパンの妖精を獲ってきたのだ。
そして、組み立ててやり、父の廃院の庭に連れて出て、自信満々の小娘を見下ろしながら、思いきり革靴で踏みにじった後、その場に埋めて帰ってきた。
それは康政の心のドロドロしたものをすっきりと洗い流してくれた一種の儀式であり、彼の中では誰にも内緒の美しい思い出となっていた。
康政は深く考えないでいるけれど、セックスですっきりするのと、そう大差ないものなのかもしれない。
人は健康である為に心に溜まった澱(おり)を何処かで払い(祓い?)落としながら生きていると思う。
それは意識的にせよ、無意識でにせよである。
康政は職場では穏やかなイエスマンで通っている。
人間は妄想の助けがあれば、相当過激な憂さ晴らしも、罪悪感なしに犯罪した気分にもなれる便利な生き物である。
こんな事を表立って言おうものならば世の女性は、自分には身に覚えの無い感情だと思い込んでいるものだから、総じて『変態』か『サイコ野郎』と相手を糾弾しかねないけれど、心にいびつさがかけらも無い人間なんて本当に存在するだろうか?


などという物思いは置いといて、康政にとってティンカーベルはもう葬った1人でなければならない。
もう1人やってこられては、妖精殺しのほの暗い蜜の味がたちまち陳腐な虚構に落ちぶれてしまう。
妄想がリアルが押し寄せてつまらなくなる経験は、かなりむなしいものだ。
嘘っぱち? いいじゃないか。
誰にも迷惑はかけてない。
本当の事、リアルだけが全てのいい事だとは限らない。


なので、結局鬼嫁に恐る恐る新しいティンカーベルを見せてみたら、案の定珍しくお気に召したようなのであげておいた。
これで新しいティンカーベルは鬼嫁のティンカーベルという事になり、彼の中の妄想が力を取り戻してくれる。
こうして廃院の庭には踏みにじられた小娘の遺体が、書斎には大事な小さな太った彼だけの妖精(赤の女王)が鎮座し続ける日常が戻ってきた。
グラマラスな彼の妖精の女王はいつまでも彼に1人ぼっちで監禁されていればいい。
そうすれば康政は完全に幸せでいられるのだ。
            了

【小話】紳士は悪女を飼育したい?

康政はほくほくしながら、今日ゲーセンで獲ったディズニーのワールドコレクタブルフィギュア、所謂ワーコレを1つ、コレクションケースの棚の空けていたセンターの場所に箱から出して慎重に並べた。
奇妙な事にコレクションケースの棚の他のケースも空で、これから増やすところなのかもしれないが、たった1つヴィランズコレクションの『赤の女王』が置かれたさまは空き家にモンスターの風情で、せっかくのコレクションの1つめが『不思議の国のアリス』の主役たるアリスではないのがまさに不思議の国といった感じだった。
コレクションケースの棚がずらり並ぶこの書斎と呼ぶ小部屋だけが康政が自分の為に勝ち取ったものだが、彼にはこの部屋があるだけで何の不満も無いのである。
書斎を1歩出れば家中全てを鬼嫁に占拠されようが、ここにいれば彼の王国なのだった。

しばらく書斎を堪能して、部屋を出た康政は、しっかり鍵をしめてから鬼嫁の機嫌を損ねる前に風呂とカップ麺の食事を済ませて、カップ麺の容器と使った割り箸はコンビニの袋に入れて袋の持ち手をしっかり縛り、小さな白い風船にして書斎に持ち帰った。
面倒事を避ける為だ。
明日出勤の時に持って出てJRのごみ箱に捨てればいい。
鬼嫁は彼の出すごみを容赦しないから。
元々母と康政が2人で暮らしていた父の廃病院の奥の屋敷だが、母が亡くなり、優しい女性と穏やかな暮らしをする事にして縁あって一緒になった女は家に入るやいなや立派な鬼嫁になり、彼女が捨てる前に持ち出せた母の小さな宝物だけは書斎にこっそり避難させたが、その他は服も写真も何もかも捨てられてしまった。
でも康政はまだ幸せでいられた。
彼には自分だけの書斎があったから!


康政の書斎に最初のフィギュア、『赤の女王』が来てから1ヶ月が経った。
太った体でふんぞり返っている小さな女王が、家来もなく家具も財産も無い、秘密も持てない透明なコレクションケース(=小部屋)に閉じ込められているというシチュエーションに、康政はどうにもゾクゾクせずにはいられなかった。
毎日そんな事で興奮している男を大概の女は気味悪がるだろうが、お楽しみは書斎に閉じ込められてあるから問題無い。

多くの女は現実が満たされる事を望む生き物だが、
男の多くが妄想で満足し得る豊かな内世界を持っているのかもしれない。

ちなみに、康政の母の宝物は書斎で母の死後1年半生きていた。
今は庭に埋まっているが、母の宝物は形を変えて康政の宝物として今も書斎にある。
それら康政の宝物、ぼんやりした黒サバ猫の写真の束はいずれも晩年の物だけだが、母の宝物が死んでも、康政の宝物にこうして形を変えてこれからもあり続けていくのである。
恐らく彼ならそれらの写真で、在りし日の老いた黒サバ猫を思い出して幸せに感じる事で満足出来るだろう。
女達が新しい猫を必要とするのとは違って。

ふと思ったのだが、ひょっとしたらあの鬼嫁を赤の女王のフィギュアのような状況に陥らせる妄想で、康政は鬼火のような情熱をたぎらせているのかもしれない。
康政がそれを妄想にとどめておく事をせつに望みたいものである。
ゾクゾクする妄想も現実になってしまえば恐ろしく陳腐なものである事を彼が知っていてくれればいいと思う。
割と女性は男達の恐るべき妄想力や内世界に無関心な気がする。
が、しかしそれは仕方がないのかもしれない。

女にはいつも現実が見えてしまっているのだから。
妄想は現実の前には価値がなくなって、内世界は無に帰してしまう。

どちらがいいとかではない。
ただそれぞれが違っている。

           了 

クマシエルの小説キャラを3DSのMiiで作ってみた

クマシエルが以前に書いた小説『そして今日環状線で』の登場人物で、かなり気に入っていたキャラ、トキトモ君と平泉を任天堂3DS内蔵ゲーム『Miiスタジオ』でMiiというアバターにしてみました
Miiのアバター作りが最近のマイブームで、他にもアニメ『K』や『ノラガミ』、『黒子のバスケ』『ソードアート・オンライン』のキャラのMiiを今までに作りましたよ
で、思いついて今度は自分の小説の登場人物のMiiなのですね
次は『うちの母が宇宙の被捕食者だった件』のMiiも作ってみようかななんて思ったりしますよん 
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